University of Virginia Library

五月過ぐるまで時鳥の鳴かざりければ

相連れて旅かしつらん時鳥合歡の散るまで聲のせざるは

刈羽郡妙法寺妙見峠にて

かすみ立つ沖見の嶺岩つつじ誰が織りそめしから錦かも

青き扇に養老の瀧の白玉を注ぎて形とせるを見て

養老の瀧の白玉とめおきて君がよはひの有りかずにせん

さ月の頃由之が方よりおこせたる歌「我が宿の軒の菖 蒲を八重葺かばうき世のさがをけだしよぎんかも」のかへし

八重葺かば又もひまをばとめもせんみすすぎ川へもちて捨てませ

光枝うしの身まかりし頃時鳥を聞きて

夏山をこえて鳴くなる時鳥聲のはるけきこの夕べかも

時鳥いたくな鳴きそさらでだに草の庵は淋しきものを
いづちへか鳴きて行くらん時鳥さ夜ふけ方にかへるさの道
ほととぎすしきりに鳴くと人は言へど我れはきかずもなりにける かも
旅人にこれを聞けとやほととぎす血に鳴く涙かわかざりけり

旅人にの歌、「郭公は不如歸と鳴くなり旅人は六道 輪廻の衆生」と自註がある。

時鳥なが鳴く聲をなつかしみ此の日暮しつ其の山のべに
あしびきの國上の山の時鳥よそに聞くよりあはれなりけり
あしびきの國上の山を今もかも鳴きて越ゆらん山ほととぎす
時鳥きかずなりけり此の頃は日にけにしげきことのまぎれに
しのび音をいづこの空にもらすらん待つま久しき山ほととぎす
ほととぎす我がごと山にはふりてん戀しき毎に音づれはせよ
あしびきの國上の山をこえ來れば山時鳥をちこちに鳴く
草の庵にひとりしぬればさ夜更けて太田の森に鳴くほととぎす
水鳥の鴨の羽色の青山のこぬれさらずてなく時鳥
聲たてて鳴け時鳥こと更にたづね來れる心知りなば
あしびきの國上の山の時鳥今をさかりとふりはへて鳴く
青山の木ぬれたちくき時鳥鳴く聲聞けば春はすぎけり
浮雲の身にしありせば時鳥しばなく頃はいづこに待たん
國上山松風凉し越え來れば山時鳥をちこちに鳴く
國上山しげる梢の戀しとて鳴きて越ゆらん山時鳥
世の中をうしともへばか時鳥木がくれてのみ鳴きわたるなり
夏山をわがこえ來れば時鳥こぬれたちくき鳴き羽ぶく見ゆ
み山べを辿りつつ來し時鳥木の間立ちくき鳴きはふる見ゆ
ひさがたの雨にぬれつつ時鳥鳴く聲聞けば昔おもほゆ
ひとりぬる旅寢のゆかのあかときに歸れとや鳴く山時鳥
夏衣たちて著ぬれどみ山べはいまだ春かもうぐひすの鳴く
時鳥空ゆく聲のなつかしみ寐さへうかれて昔思はる
ほととぎす我がすむ宿は多かれど今宵の蛙まづめづらしも
早苗ひく乙女を見ればいその上古りにし御代の思ほゆるかも
手もたゆく植うる山田の乙女子がうたの聲さへややあはれなり
この頃はさ苗とるらし我が庵は形を繪にかき手向けこそすれ
苗々と我が呼ぶ聲は山こえて谷のすそこえ越後田うゑのうた
ひさがたの雨もふらなんあしびきの山田の苗のかくるるまでに
あしびきの山田のをぢがひねもすにいゆきかへらひ水運ぶ見ゆ
我れさへも心もとなし小山田の山田の苗のしをるる見れば
五月雨の晴れ間に出でてながむれば青田凉しく風わたるなり
さ月の雨まなくし降ればたまぼこの道もなきまで千草はひにけり
五月雨の雲間をわけて我が來れば經よむ鳥と人はいふらん
さ苗とる山田の小田の乙女子がうちあぐるうたのこゑのはるけさ
卯の花の咲きのさかりは野積山雪をわけ行く心地こそすれ
山かげの垣ねに咲ける卯の花は雪かとのみぞあやまたれける
わくらばに訪ふ人もなき我が宿は夏木立のみ生ひしげりつつ
夏草のしげりにしげる我が宿は狩りとだにやも訪ふ人はなし
わくらばに人も訪ひ來ぬ山里は梢に蝉の聲ばかりして
我が庵は森の下庵いつとても青葉のみこそ生ひしげりつつ
この宿に我れ來て見れば夏木立しげりわたりぬ雨のとぎれに
みあへする物こそなけれ小がめなる蓮の花を見つつしのばせ
秋萩の咲くを遠みと夏草の露をわけ/\訪ひし君はも
あしびきの山のしげみを戀ひつらん我れも昔のおもほゆらくに
おしなべて緑にかすむ木の間よりほのかに見ゆる弓張の月
待たれにし花は何時しか散りすぎて山は青葉になりにけるかな
蓬のみしげりあひぬる我が宿は尋ぬる人も路まよふらし
深見草今を盛りに咲きにけり手折るも惜しし手折らぬも惜し
朝夕の露のなさけの秋近み野べの撫子咲きそめにけり
夏草は心のままにしげりけり我れ庵せんこれの庵に
八木山の木かげ凉しく木を折るは神の惠と今は思はん
朝露にきほひて咲ける蓮ばの麈にはしまぬ人のたふとさ
今人の往くさ來るさのみをさけず持てるうちははこれにあらずや
さす竹の君がたまひしさ百合根のそのさゆりねのあやにうましと
あさもよし君がたまへしさ百合根を植ゑてさへ見しいやなつかし み