University of Virginia Library

神無月の頃旅人の蓑一つ著たるが門に立ちて物乞ひけ れば、古ぎぬぬぎて取らす。さて其の夜嵐のいと寒く吹きたりければ

誰が里に旅ねしつらんぬばだまの夜半の嵐のうたて寒きに

にぎたへを人の贈りければ

ひさがたの雪氣の風はなほ寒しこけの衣に下がさねせん

こたへ

ひさがたの時雨の雨にそぼちつつ來ませる君をいかにしてまし

み阪越えしてゆく人によみてつかはす

雪とけにみさかを越さば心してたどり越してよ其の山阪を

さ夜ふけてあらしのいたう吹きたりければ

山かげの草の庵はいとさむし柴をたきつつ夜を明かしてん
世をそむく苔の衣はいとせまし柴を燒きつつ夜をあかしてん

霜月十日ばかりの程

草の庵に寢ざめてきけばあしびきの岩根におつるたきつせの音

禪師の君久しく痢病をわづらひたまひて今は頼み少し と聞き驚きまゐらせて、しはすの二十日あまり五日の日鹽ねり坂を凌ぎてまうでしを、 いといたう喜び給ひて此の雪にはいかでとのたまひしかば「さす竹の君を思ふと海士 のつむ鹽ねり坂の雪ふみて來つ」御返し(由之の日記良寛臨終のころ)

心なきものにもあるか白雪は君が來る日に降るべきものか

いかにして君ゐますらん此の頃は雪げの風の日々に寒きに
岩室の田中の松を今日見れば時雨の雨にぬれつつ立てり
石瀬なる田中に立てる一つ松時雨の雨にぬれつつたてり
古を思へば夢か現かも夜は時雨の雨を聞きつつ
いひ乞はんま柴やこらん苔清水時雨の雨の降らぬまにまに
この岡につま木こりてんひさがたのしぐれの雨の降らぬまぎれに
飯乞ふと里にも出でずこの頃は時雨の雨の間なくし降れば
はら/\と降るは木の葉の時雨にて雨を今朝聞く山里の庵
時雨の雨間なくし降れば我が宿は千々の木のはにうづもれぬらん
越に來てまだ越なれぬ我れなれやうたて寒さの肌にせちなる
たまさかに來ませる君をさ夜嵐いたくな吹きそ來ませる君に
谷の聲峰の嵐をいとはずばかさねて辿れ杉のかげ道
草枕旅ねしつればぬばだまの夜半のあらしのうたて寒きに
夜は寒し苔の衣はいとせましうき世の民に何をかさまし
みぞれ降る日も限とて旅衣別るる袖をおくる浦風
さよ更けて風や霰の音聞けば昔戀しうものや思はる
さよ更けて風や霰の音すなり今やみ神の出で立たすらし
草の庵にねざめて聞けばひさがたの霰とばしるくれ竹の上に
夜もすがら草の庵に我れおれば杉の葉しぬぎ霰降るなり
今よりはふる里人の音もあらじ峰にも尾にも積る白雪
白雪は幾重も積れもろこしのむろの高根をうつさんとぞ思ふ
かきくらし降る白雪を見るごとにむろの高根の音おもほゆ
おしなべて山にも野にも雪ふりぬ消えざるをりは粉に似てあるべ し
飯乞ふと里にも出でずなりにけり昨日も今日も雪のふれれば
さよ更けて高根のみ雪つもるらし岩間にたきつ音だにもなし
この夕べ岩間の瀧津音せぬは高根のみ雪積るなるらし
埋み火もややしたしくぞなりにけるをちの山べに雪やふるらん
軒も庭も降り埋めける雪のうちにいや珍らしき人の音づれ
山かげのまきの板屋に音はせねど雪のふる夜は寒くこそあれ
山かげのまきの板屋に音はせねど雪の降る日は空にしるけり
み雪ふる片山かげの夕暮は心さへにぞ消えぬべらなり
我が宿の淺茅おしなみふる雪の消なばけぬべき我が思かな
み山びの雪ふりつもる夕ぐれは我が心さへけぬべくおもほゆ
冬がれのすすき尾花をしるべにてとめて來にけり柴の庵に
ひさがたの雪野に立てる白鷺はおのが姿に身をかくしつつ
柴の戸の冬の夕べのさびしさをうき世の人にいかでかたらん
山住みの冬の夕べの淋しさをうき世の人は何とかたらん
ひさがたの天きる雪のふる日には杉の下庵思ひやれ君
くつなくて里へも出でずなりにけりおぼしめしませ山住の身を
木の葉のみ散りに散りしく宿なれば又來ん折は心せよ君
白雪の日毎に降れば我が宿はたづぬる人のあとさへぞなき
我が宿は越のしら山冬ごもり行き來の人のあとかたもなし
我がいほは國上山もと冬ごもり行き來の人のあとさへぞなき
わが宿はこしの山もと冬ごもり氷も雪も雲のかかりて
今よりはつぎて白雪つもらまし道ふみわけて誰れか訪ふべき
ひさがたの雪ふみわけて來ませ君柴の庵に一夜かたらん
み山びに冬ごもりする老の身を誰れか訪はまし君ならずして
雪の夜に寢ざめて聞けば雁がねも天つみ空をなづみつつ行く
友呼ばふ門田の雁の聲きけばひとりや淋し物や思はる
あしびきの山田の田ゐに鳴く鴨の聲きく時ぞ冬は來にける
風まぜに雪は降りけりいづくより我がかへるさの道もなきまで
小夜更けて門田のくろに鳴く鴨の羽がひの上に霜やおくらん
日はくれて濱邊を行けば千鳥なくどうとは知らず心細さよ
夜を寒み門田のくろに居る鴨のいねがてにする頃にぞありける
冬ながらよの春よりもしづけきは雪にうもれし越の山里
冬の空結ぶ柳のいとながく千とせの春に逢ふを待たばや
世の中にかかはらぬ身と思へども暮るるは惜しきものにぞありけ る
村ぎもの心かなしもあらたまの今年の今日も暮れぬと思へば
いと早き月日なりけりいと早く年は暮れけり我れ老いにけり
今よりはいくつねればか春は來ん月日よみつつまたぬ日はなし
をしめども年は限となりにけり吾が思ふことのいつか果てなん
今朝はしもおし來る水のこほれるにこの里人も漕ぎぞわづらふ
この里は鴨つく島か冬されば往き來の道も舟ならずして
いかにせん窪地の里の冬さればを舟もゆかず橇もゆかねば
むらぎもの心をやらん方もなしいづこの里も水のさやぎに