University of Virginia Library

〔野邊の笹原〕

ひろびろとものふかきみ山のやうにはありながら、花紅葉のおりは、よもの山辺もな にならぬを見ならひたるに、たとしへなくせばき所の、庭のほどもなく、木などもな きに、いと心うきに、むかひなる所に、むめ、こうばいなどさきみだれて、風につけ て、

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かゝえ萬壽元年歟くる
につけても、すみなれしふるさ とかぎりなく思いでらる。

にほひくるとなりの風を身にしめてありしのきばのむめぞこひし き

その五月のついたちに、あねなる人、こうみてなくなりぬ。よそのことだに、おさな くよりいみじくあはれと思わたるに、ましていはむ方なく、あはれかなしとおもひな げかる。はゝなどはみなゝくなりたる方にあるに、かたみにとまりたるおさなき人々 を左右にふせたるに、あれたるいたやのひまより月のもりきて、ちごのかほにあたり たるが、いとゆゝしくおぼゆれば、そでをうちおほひて、いまひとりをもかきよせて、 思ぞいみじきや。

そのほどすぎて、しぞくなる人の許より、「むかしの人のかならずもとめてをこせよ とありしかば、もとめしに、そのおりはえ見いでずなりにしを、いましも人のをこせ たるが、あはれにかなしきこと」とて、かばねたづぬる宮といふ

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物がたりおこせたり。
まことにぞあはれなるや。返ごとに、

うづもれぬかばねをなににたづねけむこけのしたには身こそなり けれ

めのとなりし人、「いまはなににつけてか」など、なくなくもとありける所にか へりわたるに、

「ふるさとにかくこそ人はかへりけれあはれいかなるわかれなり けむ

むかしのかたみには、いかでとなむ思」などかきて、「

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すずり の水こほれば、
みなとぢられてとゞめつ」といひたるに、

かきながすあとはつらゝにとぢてけりなにをわすれぬかたみとか見む

といひやりたる返ごとに、

なぐさむる方もなぎさのはまちどりなにかうき世にあともとゞめむ

このめのと、はか所見て、なくなくかへりたりし、

のぼりけむのべは煙もなかりけむいづこをはかとたづねてか見し

これをききてまゝはゝなりし人、

そこはかとしりてゆかねどさきにたつなみだぞみちのしるべな り ける

かばねたづぬる宮をこせたりし人、

すみなれぬのべのさゝはらあとはかもなくなくいかにたづねわび けむ

これを見て、せうとは、その夜をくりにいきたりしかば、

見しまゝにもえし煙はつきにしをいかゞたづねし野べのさゝはら

雪の日をへてふるころ、よしの山にすむあまぎみを思やる。

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ゆきふれて
まれの人めもたえぬらむよし のの山のみねのかけみち

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萬壽元年二年歟かへるとし
、む月のつかさめしに、おや のよろこびすべきこと
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ありし、
かひなきつとめて、おなじ 心におもふべき人のもとより、「さりともと思つゝ、あくるをまちつる心もとなさ」 といひて、

あくるまつかねのこゑにもゆめさめて秋のもゝ夜の心地せしかな

といひたる返ごとに、

あか月をなににまちけむ思事なるともきかぬかねのをとゆへ
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NKBT reads かゝえ來る.
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NKBT reads 物がたりをおこせたり。.
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NKBT reads 硯の水の氷れば、.
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NKBT reads ゆきふりて.
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NKBT reads かへる年.
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NKBT reads ありしに、.