University of Virginia Library

〔太井川〕

そのつとめて、そこをたちて、しもつさのくにと、むさしとのさかひにてあるふとゐ がはといふがかみのせ、まつさとのわたりのつにとまりて、夜ひとよ、舟にてかつが つ物などわたす。

めのとなる人は、おとこなどもなくなして、さかひにてこうみたりしかば、はなれて べちにのぼる。いとこひしければ、いかまほしく思に、せうとなる人いだきてゐてい きたり。みな人は、かりそめのかりやなどいへど、風すくまじくひきわたしなどした るに、これはおとこなどもそはねば、いとてはなちに、あらあらしげにて、とまとい ふ物をひとへうちふきたれば、月のこりなくさしいりたるに、紅のきぬうへにきて、 うちなやみてふしたる、月かげさやうの人にはこよなくすきて、いとしろくきよげに て、めづらしとおもひてかきなでつゝうちなくをいとあはれに見すてがたくおもへど、 いそぎゐていかるゝ心地、いとあかずわりなし。おもかげにおぼえてかなしければ、 月のけうもおぼえず、くんじふしぬ。

つとめて、舟に車かきすへてわたして、あなたのきしにくるまひきたてて、をくりに きつる人々これよりみなかへりぬ。のぼるはとまりなどして、いきわかるゝほど、ゆ くもとまるも、みななきなどす。おさな心地にもあはれに見ゆ。