ヰタ・セクスアリス
森鴎外 (Ita sekusuarisu) | ||
*
十六になった。
僕はその頃大学の予備門になっていた英語学校を卒業して、大学の文学部に這入った。
夏休から後は、僕は下宿生活をすることになった。古賀や児島と毎晩のように 寄席 ( よせ ) に行く。一頃悪い癖が附いて寄席に行かないと寝附かれないようになったこともある。講釈に 厭 ( あ ) きて落語を聞く。落語に厭きて女義太夫をも聞く。寄席の帰りに腹が減って 蕎麦 ( そば ) 屋に這入ると、妓夫が 夜鷹 ( よたか ) を大勢連れて来ていて、僕等はその百鬼夜行の姿をランプの下に見て、覚えず 戦慄 ( せんりつ ) したこともある。しかし「仲までお安く」という車なぞにはとうとう乗らずにしまった。
多分生息子で英語学校を出たものは、児島と僕と位なものだろう。文学部に這入ってからも、三角同盟の制裁は依然としていて、児島と僕とは 旧阿蒙 ( きゅうあもう ) であった。
この歳は別に書く程の事もなくて暮れた。
ヰタ・セクスアリス
森鴎外 (Ita sekusuarisu) | ||