University of Virginia Library

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第二十
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20. 第二十

 「さて、其から御飯の時ぢや、膳には山家の香の物、生姜の漬けたのと、わかめを茹でたの、鹽漬の名も知らぬ蕈の味噌汁、いやなか/\人參と干瓢どころではござらぬ。

 品物は侘しいが、なか/\の御手料理、餓ゑては居るし、冥加至極なお給仕、盆を膝に構へて其上に肱をついて、頬を支へながら、嬉しさうに見て居たわ。

 縁側に居た白痴は誰も取合はぬ徒然に堪へられなくなつたものか、ぐた/\と膝行出して、婦人の傍へ其の便々たる腹を持つて來たが、崩れたやうに胡坐して、頻に恁う我が膳を視めて、指をした。

(うゝ/\うゝ/\。)

(何でございますね、あとでお食んなさい、お客樣ぢやあありませんか。)

 白痴は情ない顏をして口を曲めながら頭を掉つた。

(厭? 仕樣がありませんね、それぢや御一緒に召しあがれ。貴僧、御免を蒙りますよ。)

 私は思はず箸を置いて、

(さあ何うぞお構ひなく、飛んだ御雜作を頂きます。)

(否、何の貴僧。お前さん後程に私と一緒にお食べなされば可いのに。困つた人でございますよ。)とそらさぬ愛想、手早く同一やうな膳を拵へてならべて出した。

 飯のつけやうも効々しい女房ぶり、然も何となく奧床しい、上品な、高家の風がある。

 白痴はどんよりした目をあげて膳の上を睨めて居たが、

(彼を、あゝ、彼、彼。)といつてきょろ/\と四邊をみまはす。

 婦人は熟と瞻つて、

(まあ、可いぢやないか。そんなものは何時でも食られます、今夜はお客樣がありますよ。)

(うむ、いや、いや。)と肩腹を搖つたが、べそを掻いて泣出しさう。

 婦人は困じ果てたらしい、傍のものの氣の毒さ。

(孃樣、何か存じませんが、おつしやる通りになすつたが可いではござりませんか。私に氣扱は却つて心苦しうござります。)と慇懃にいうた。

 婦人は又た最う一度、

(厭かい、これでは惡いのかい。)

 白痴が泣出しさうにすると、然も怨めしげに流盻に見ながら、こはれ%\になつた戸棚の中から、鉢に入つたのを取り出して、手早く白痴の膳につけた。

(はい。)と故とらしく、すねたやうにいつて笑顏造。

 はてさて迷惑な、こりや目の前で黄色蛇の旨煮か、腹籠の猿の蒸燒か、災難が輕うても赤蛙の干物を大口にしやぶるであらうと、潜と見て居ると、片手に椀を持ちながら掴出したのは老澤庵。

 其もさ、刻んだのではないて、一本三ツ切にしたらうといふ握太なのを横啣へにしてやらかすのぢや。

 婦人はよく/\あしらひかねたか、盗むやうに私を見て颯と顏を赤らめて初心らしい、然樣な質ではあるまいに、羞かしげに膝なる手拭の端を口にあてた。

 なるほど此の少年はこれであらう、身體は澤庵色にふとつて居る。やがてわけもなく餌食を平らげて湯ともいはず、ふツ/\と大儀さうに呼吸を向ふへ吐くわさ。

(何でございますか、私は胸に支へましたやうで、些少も欲しくございませんから、又後程に頂きませう。)

 と婦人自身は箸も取らずに二ツの膳を片つけてな。」