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七の二

 去る七月十五日香港よりお仕出しのおなつかしき 玉章 ( たまずさ ) とる手おそしとくりかえしくりかえしくりかえし拝し上げ参らせ候 さ候えばはげしき暑さの ( おん ) さわりもあらせられず何より何より 御嬉 ( おんうれ ) しゅう存じ上げ参らせ候 この ( もと ) 御母上様御病気もこの節は大きにお快く何とぞ何とぞ御安心遊ばし候よう願い上げ参らせ候 わたくし事も毎日とやかくとさびしき日を送りおり参らせ候 お留守の事にも候えば何とぞ母上様の 御機嫌 ( ごきげん ) に入り候ようにと心がけおり参らせ候えども 不束 ( ふつつか ) の身は何も至り兼ね候事のみなれぬこととて何かと 失策 ( しくじり ) のみいたし誠に困り入り参らせ候 ただただ一日も早く ( おん ) 帰り遊ばし健やかなるお顔を拝し候時を楽しみに毎日暮らしおり参らせ候
 赤坂の方も何ぞかわり候事も 無之 ( これなく ) 先日より 逗子 ( ずし ) の別荘の方へ 一同 ( みなみな ) まいり加藤家も皆々 興津 ( おきつ ) の方へまいり東京はさびしきことに相成り参らせ候  ( いく ) も一緒に逗子に ( まか ) り越し無事相つとめおり参らせ候  御伝言 ( おんことづけ ) の趣申しつかわし候ところ当人も涙を流して喜び申し候由くれぐれもよろしく ( おん ) 礼申し上げ候よう申し越し参らせ候
 わたくし事も今になりていろいろ勉強の足らざりしを ( うら ) み参らせ候 家政の事は女の本分なればよくよく心を用い候よう 平生 ( かねがね ) 父より戒められ候事とて宅におり候ころよりなるたけそのつもりにて ( ) 参らせ候えども何を申しても女のあさはかにそのような事はいつでもできるように思いいたずらに過ごし参らせ候より今となりてあの事も習って置けばよかりしこの事も忘れしと思いあたる事のみ多く困り入り参らせ候 英語の勉強も 御仰 ( おんおお ) せの ( こと ) 有之 ( これあり ) 候えばぜひにと心がけ参らせ候えども机の前にばかりすわり候ては母上様の 御思召 ( おぼしめし ) もいかがと存ぜられ今しばらくは何よりもまず家政のけいこに打ちかかり申したく何とぞ何とぞ ( ) しからず 思召 ( おぼしめし ) のほど願い上げ参らせ候
 誠におはずかしき事に候えどもどうやらいたし候節はさびしさ悲しさのやる瀬なく早く早く早く ( おん ) 目にかかりたく翼あらばおそばに飛んでも行きたく存じ参らせ候事も 有之 ( これあり ) 夜ごと日ごとにお写真とお ( ふね ) の写真を取り ( ) でてはながめ入り参らせ候 万国地理など学校にては何げなく 看過 ( みす ) ごしにいたし候ものの近ごろは忘れし地図など今さらにとりいでて今日はお ( ふね ) のこのあたりをや過ぎさせたまわん 明日 ( あす ) 明後日 ( あさって ) はと鉛筆にて地図の上をたどり居参らせ候 ああ男に生まれしならば水兵ともなりて始終おそば離れずおつき申さんをなどあらぬ事まで心に浮かびわれとわが身をしかり候ても日々物思いに沈み参らせ候 これまで何心なく目もとめ申さざりし新聞の天気予報など今 ( いま ) すあたりはこのほかと知りながら風など警戒のいで候節は実に実に気にかかり参らせ候 何とぞ何とぞお 尊体 ( からだ ) ( おん ) 大切に……(下文略)
浪より     
   恋しき
     武男様

     〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

(上略)近ごろは 夜々 ( よるよる ) ( おん ) 姿の夢に入り実に実に一日千秋の思いをなしおり参らせ候 昨夜もごいっしょに ( ふね ) にて伊香保に ( わらび ) とりにまいり候ところふとたれかが ( わたくし ) どもの間に立ち入りてお姿は遠くなりわたくしは ( ふね ) より落ちると見て ( おそ ) われ候ところを母上様に起こされようよう胸なでおろし参らせ候 愚痴と存じながらも何とやら気に相成りそれにつけても ( おん ) 帰りが待ち遠く存じ上げ参らせ候 何も何もお帰りの上にと 日々 ( にちにち ) 東の空をながめ参らせ候 あるいは行き違いになるや存ぜず候えどもこの状はハワイホノルル留め置きにて差し上げ参らせ候(下略)
    十月 日 浪より
   恋しき恋しき恋しき
     武男様
        御もとへ

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