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五の四

 「 ( ) ( しゃア ) く余州を ( ) うぞる、十う万ン余騎の敵イ、なんぞおそれンわアれに、 鎌倉 ( かまくーら ) ア男児ありイ」

 と足拍子踏みながらやって来しさっきの水兵、目早く縁側にたたずめる ( あか ) リボンを見つけて、紅リボンがしきりに手もて口をおおいて見せ、 ( かしら ) ( ) り手を振りて見せるも委細かまわず「 ( ねえ ) さま姉さま」と走り寄り「何してるの?」と問いすがり、姉がしきりに ( かしら ) をふるを「何? 何?」と問うに、紅リボンは顔をしかめて「いやな人だよ」と思わず声高に言って、しまったりと言い顔に肩をそびやかし、

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[11]
※々 ( そうそう ) に去り行きたり。

 「ヤアイ、逃げた、ヤアイ」

 と叫びながら、水兵は父の書斎に入りつ。来客の顔を見るよりにっこと笑いて、ちょっと ( かしら ) を下げながらつと父の ( ひざ ) にすがりぬ。

 「おや 毅一 ( きい ) さん、すこし見ないうちに、また大きくなったようですね。毎日学校ですか。そう、算術が甲? よく勉強しましたねエ。近いうちにおとうさまやおかあさまと伯母さンとこにおいでなさいな」

 「 ( みい ) はどうした? おう、そうか。そうら、伯母様がこんなものをくださッたぞ。うれしいか、あはははは」と菓子の ( びん ) を見せながら「かあさんはどうした? まだ客か? 伯母様がもうお帰りなさる、とそう言って来い」

  ( ) で行く子供のあと見送りながら、主人中将はじっと水色眼鏡の顔を見つめて、

 「じゃ幾の事はそうきめてどうか 角立 ( かどだ ) たぬように――はあそう願いましょう。いや実はわたしもそんな事がなけりゃいいがと思ったくらいで、まあやらない方じゃったが、浪がしきりに言うし、自身も 懇望 ( こんもう ) しちょったものじゃから――はあ、そう、はあ、はあ、何分願います」

 語半ばに ( はい ) り来し子爵夫人 繁子 ( しげこ ) 、水色眼鏡の ( かた ) をちらと見て「もうお帰りでございますの? あいにくの来客で――いえ、今帰りました。なに、また慈善会の相談ですよ。どうせ物にもなりますまいが。本当に 今日 ( きょう ) はお 愛想 ( あいそ ) もございませんで、どうぞ 千鶴子 ( ちずこ ) さんによろしく――浪さんがいなくなりましたらちょっとも遊びにいらッしゃいませんねエ」

 「こないだから少し加減が悪かッたものですから、どこにもごぶさたばかりいたします――では」と信玄袋をとりておもむろに立てば、

 中将もやおら ( たい ) を起こして「どれそこまで運動かたがた、なにそこまでじゃ、そら 毅一 ( きい ) ( みい ) も運動に行くぞ」

  ( ) づるを送りし夫人繁子はやがて居間の安楽椅子に腰かけて、慈善会の趣意 ( がき ) を見ながら、駒子を手招きて、

 「駒さん、何の話だったかい?」

 「あのね、おかあさま、よくはわからなかッたけども、何だか幾の事ですわ」

 「そう? 幾」

 「あのね、川島の 老母 ( おばあさん ) がね、リュウマチで肩が痛んでね、それでこのごろは大層気むずかしいのですと。それにね、幾が ( ねえ ) さんにね、姉さんのお 部屋 ( へや ) でね、あの、奥様、こちらの御隠居様はどうしてあんなに 御癇癪 ( ごかんしゃく ) が出るのでございましょう、本当に奥様お ( つろ ) うございますねエ、でもお年寄りの事ですから、どうせ ( なが ) い事じゃございません、てね、そんなに言いましたとさ。本当にばかですよ、幾はねエ、おかあさま」

 「どこに行ってもいい事はしないよ。困った ( ばあ ) じゃないかねエ」

 「それからねエ、おかあさま、ちょうどその時縁側を 老母 ( おばあさん ) が通ってね、すっかり聞いてしまッて、それはそれはひどく ( おこ ) ってね」

 「 ( ばち ) だよ!」

 「怒ってね、それで姉さんが心配して、 飯田町 ( いいだまち ) の伯母様に相談してね」

 「伯母様に!?」

 「だッて姉さんは、いつでも伯母様にばかり何でも相談するのですもの」

 夫人は 苦笑 ( にがわら ) いしつ。

 「それから?」

 「それからね、おとうさまが幾は別荘番にやるからッてね」

 「そう」と額をいとど曇らしながら「それッきりかい?」

 「それから、まだ聞くのでしたけども、ちょうど 毅一 ( きい ) さんが来て――」