University of Virginia Library

1.5. 命のうちの七百兩のかね

何事も知ぬが佛おなつ清十郎がはかなくなりしとはしらずとやかく物おもふ折ふ し里の童子の袖引連て清十郎ころさばおなつもころせとうたひける聞ば心に懸ておな つそだてし姥に尋ければ返事しかねて泪をこぼすさてはと狂乱になつて生ておもひを さしようよりもと子共の中にまじはり音頭とつてうたひける皆々是をかなしくさま% \とめてもやみがたく間もなく泪雨ふりてむかひ通るは清十郎ではないか笠がよく似 たすげ笠がやはんはゝのけら/\笑ひうるはしき姿いつとなく取乱して狂出ける有時 は山里に行暮て草の枕に夢をむすべば其まゝにつき%\の女もおのづから友みたれて 後は皆/\乱人となりにけり清十郎年ころ語し人どもせめては其跡殘しおけとて草芥 を染し血をすゝき尸を埋みてしるしに松柏をうゑて清十郎塚といひふれし世の哀は是 ぞかしおなつは夜毎に此所へ來りて吊ひける其うちにまざ/\とむかしの姿を見し事 うたがひなしそれより日をかさね百ケ日にあたる時塚の露草に座して守り脇指をぬき しをやう/\引とゞめて只今むなしうなり給ひてようなしまことならば髪をもおろさ せ給ひすゑ/\なき人をとひ給ふこそぼたいの道なれ我/\も出家の望といへばおな つこゝろをしづめみな/\が心底さつしてともかくもいづれもがさしづはもれじと正 覺寺に入て上人をたのみ十六の夏衣けふより墨染にして朝に谷の下水をむすびあげ夕 に峯の花を手折夏中は毎夜手灯かゝげて大經のつとめおこたらず有難びくにとはなり ぬ是を見る人殊勝さまして傳へきく中將姫のさいらいなるべしと此庵室に但馬屋も發 心おこりて右の金子仏事供養して清十郎を吊ひけるとや其比は上方の狂言になし遠國 村/\里/\迄ふたりが名を流しける是ぞ戀の新川舟をつくりておもひをのせて泡の あはれなる世や