University of Virginia Library

3,2. してやられた枕の夢

男所帯も氣さんじなる物ながら。お内義のなき夕暮一しほ淋しかりき。爰に大經 師の何がし年久しくやもめ住せられける。都なれや物好の女もあるに品形すぐれてよ きを望ば心に叶ひがたし。詫ぬれば身を浮草のゆかり尋て。今小町といへる娘ゆかし く見にまかりけるに。過し春四條に關居て見とがめし中にも。藤をかざして覺束なき さましたる人。是ぞとこがれてなんのかのなしに縁組を取いそくこそをかしけれ。其 比下立賣烏丸上ル町に。しやべりのなるとて隱もなき仲人がゝ有。是をふかく頼樽の こしらへ。願ひ首尾して吉日をえらびておさんをむかへける。花の夕月の曙此男外を 詠もやらずして夫婦のかたらひふかく三とせが程もかさねけるに明暮世をわたる女の 業を大事に。手づからべんがら糸に氣をつくしすゑ%\の女に手紬を織せて。わが男 の見よげに始末を本とし。竈も大くべさせず小遣帳を筆まめにあらため。町人の家に 有たきはかやうの女ぞかし次第に榮てうれしさ限もなかりしに。此男東の方に行事有 て。京に名殘は惜めど身過程悲しきはなし思ひ立旅衣室町の親里にまかりて。あらま しを語しに我娘の留守中を思ひやりて萬にかしこき人もがな跡を預て表むきをさばか せ内證はおさんが心だすけにも成べしと。何國もあれ親の慈悲心より思ひつけて年を かさねてめし遣ひける茂右衞門といへる若きものを聟のかたへ遣しける此男の正直か うべは人まかせ額ちいさく袖口五寸にたらず髪置して此かた編笠をかぶらず。まして や脇差をこしらへず。只十露盤を枕に夢にも銀まうけのせんさくばかり明しぬ。折節 秋も夜嵐いたく冬の事思ひやりて。身の養生の爲とて茂右衞門灸おもひ立けるに腰元 のりん手かるく居る事をえたれば。是をたのみて。もぐさ數捻てりんが鏡臺に嶋のも めんふとんを折かけ。初一つ二つはこらへかねて。お姥から中ゐからたけまでも其あ たりをおさへて皃しかむるを笑ひし跡程煙つよくなりて。塩灸を待兼しに自然と居 落 して。脊骨つたひて身の皮ちゞみ苦しき事暫なれども。居手の迷惑さをおもひやりて 目をふさぎ齒を喰しめ堪忍せしを。りんかなしくもみ消して是より肌をさすりそめて。 いつとなくいとしやとばかり思ひ込人しれずこゝちなやみけるを後は沙汰しておさん 樣の御耳にいれどなほやめがたくなりぬ。りんいやしかるそだちにして物書事にうと く。筆のたよりをなげき久七が心覺ほどにじり書をうらやましく。ひそかに是をたの めば茂右衞門よ我物にしたがるこそうたてけれ。是非なく日數ふる時雨も僞のはじめ ごろおさん樣江戸へつかはされける御状の次手に。りんがちわ文書てとらせんとざ ら%\と筆をあゆませ茂のじ樣まゐる身よりとばかり引むすびて。かいやり給ひしを りんうれしく。いつぞの時を見合けるに見せよりたばこの火よといへ共折から庭に人 のなき事を幸に其事にかこつけ彼文を我事我と遣しにける茂右衞門もながな事はおさ ん樣の手ともしらず。りんをやさしきと計におもしろをかしきかへり事をして又渡し ける。是をよみかねて御きげんよろしき折ふし。奥さまに見せ奉ればおぼしめしより ておもひもよらぬ御つたへ此方も若いものゝ事なればいやでもあらず候へどもちぎり かさなり候へば取あげばゝがむつかしく候去ながら着物羽織風呂錢身だしなみの事共 を其方から賃を御かきなされ候はゝいやながらかなへてもやるべしとうちつけたる文 章去迚はにくさもにくし世界に男の日照はあるまじりんも大かたなる生付茂右衞門め 程成男をそもや持かねる事や有とかさねて又文にしてなげき茂右衞門を引なびけては まらせんとかず/\書くどきてつかはされける程に茂右衞門文づらより哀ふかくなり て始の程嘲し事のくやしくそめ/\と返事をして五月十四日の夜はさだまつて影待あ そばしけるかならず其折を得てあひみる約束いひ越ければおさん樣いづれも女房まじ りに聲のある程は笑てとてもの事に其夜の慰にも成ぬべしとおさんさまりんに成かは らせられ身を木綿なるひとへ物にやつしりん不斷の寐所に曉がたまで待給へるにいつ となく心よく御夢をむすび給へり下/\の女どもおさん樣の御聲たてさせらるゝ時皆 /\かけつくるけいやくにして手毎に棒乳切木手燭の用意して所/\にありしが宵よ りのさわぎに草臥て我しらず鼾をかきける七つの鐘なりて後茂右衞門

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下帯をときかけ
闇がりに忍び
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夜着の下にこ がれて、裸身をさし込
心のせくまゝに言葉かはしけるまでもなく
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よき事をしすまして
袖の移香しほらしやと又寐道具を引きせさ し足して立のきさてもこざかしき浮世やまだ今やなどりんが男心は有ましきと思ひし に我さきにいかなる人か
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物せし事ぞ
とおそろしく重てはい かな/\おもひとゝまるに極めし其後おさんはおのづから夢覺ておとろかれしかは
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枕はづれてしどけなく、帯はほどけて手元になく、鼻紙のわけも なき事に
心はづかしく成てよもや此事人にしれざる事あらじ此うへは身をすて 命かぎりに名を立茂右衞門と死手の旅路の道づれとなほやめがたく心底申きかせけれ ば茂右衞門おもひの外なるおもはく違ひのりかゝつたる馬はあれど君をおもへば夜毎 にかよひ人のとがめもかへりみず外なる事に身をやつしけるは追付生死の二つ物掛是 ぞあぶなし

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This part was circles in the Saikaku Zenshu published from Hakubunkan. It has been added to the etext from the Nihon Koten Bungaku Taikei.
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