5.5. 金銀も持あまつて迷惑
頭は一年物衣をぬけばむかしに替る事なし源五兵衞と名にかへりて山中の梅暦う
か/\と精進の正月をやめて二月はじめつかたかごしまの片陰にむかしのよしみの人
を頼てわづかなる板びさしをかりてしのび住ひ何か渡世のたよりもなく源五兵衞親の
家居に行て見しに人手に賣かはりて兩替屋せし天秤のひゞき絶て今は軒口に味噌のか
んばんかけしなど口惜くながめすぎて我見しらぬ男にたよりて此あたりにすまれし源
五右衞門といへる人はとたづねけるに申傳へしを語初はよろしき人なるが其子に源五
兵衞といへる有此國にまたなき美男又なき色好八年此かたにおよそ千貫めをなくなし
てあたら浮世に親はあさましく其身は戀より捨坊主になりけると也世にはかゝるうつ
けも有ものかなすゑ/\語りくにそいつめがつらを一目みたい事といへば其皃爰にあ
る物とはづかしく編笠ふか/\とかたぶけやうやう宿に立歸り夕は灯も見ず朝の割木
絶てさりとはかなしく人の戀もぬれも世のある時の物ぞかし同し枕はならべつれども
夜かたるべき言葉もなく明れば三月三日童子草餅くばるなど鶏あはせさま%\の遊興
ありしに我宿のさびしさ神の折敷はあれど鰯もなし桃の花を手折て酒なき徳利にさし
捨其日も暮て四日なほうたてし互に世をわたる業とて都にて見覺し芝居事種となりて
俄に皃をつくり髭戀の奴の物まね嵐三右衞門がいきうつしやつこの/\とはうたへと
も腰さだめかね源五兵衞どこへ行さつまの山へ鞘が三文下緒か二文中は檜木のあらけ
なき聲して里/\の子共をすかしぬおまんはさらし布の狂言奇語に身をなし露の世を
おくりぬ是を思ふに戀にやつす身人をもはぢらへず次第にやつれてむかしの形はなか
りしをつらき世間なれば誰あはれむかたもなくておのづからしほれゆくむらさきの藤
のはなゆかりをうらみ身をなげきけふをかぎりとなりはてし時おまん二親は此行方た
づね侘しにやう/\さがし出してよろこぶ事のかず/\菟角娘のすける男なればひと
つになして此家をわたせとあまたの手代來りて二人をむかひかへればいづれもよろこ
びなして物數三百八十三の諸の鎰を源五兵衞にわたされける吉日をあらため藏ひらき
せしに判金貳百枚入の書付の箱六百五十小判千兩入の箱八百。銀十貫目入の箱はかび
はへて下よりうめく事すさまじ牛とらの角に七つの壼あり蓋ふきあがる程今極め一歩
錢などは砂のごとくにしてむさし庭藏みれば元渡りの唐織山をなし伽羅掛木のごとし
さんごしゆは壹匁三十目迄の無疵の玉千貳百三十五柄鮫青磁の道具かぎりもなく飛鳥
川の茶入かやうの類ごろつきてめげるをかまはず人魚の鹽引めなうの手桶かんたんの
米から杵浦嶋か包丁箱辨才天の前巾着福録壽の剃刀多門天の枕鑓大黒殿の千石どをし
ゑびす殿の小遣帳覺えがたし世に有ほとの万寶ない物はなし源五兵衞うれしかなしく
是をおもふに江戸京大坂の太夫のこらず請ても芝居銀本して捨ても我一代に皆になし
がたし何とぞつかひへらす分別出ず是はなんとした物であらう