3.5. 身の上の立聞
あしき事は身に覺て博奕打まけてもだまり傾城買取あげられてかしこ皃するもの
なり喧くはしひけとる分かくし買置の商人損をつゝみ是皆闇がりの犬の糞なるべし中
にもいたづらかたぎの女を持あはす男の身にして是程なさけなき物はなしおさん事も
死ければ是非もなしと其通りに世間をすまし年月のむかしを思ひ出てにくしといふ心
にも僧をまねきてなき跡を吊ひける哀や物好の小袖も旦那寺のはたてんがいと成無常
の風にひるがへし更に又なげきの種となりぬされば世の人程だいたんなるものはなし
茂右衞門そのりちぎさ闇には門へも出さりしがいつとなく身の事わすれて都ゆかしく
おもひやりて風俗いやしげになし編笠ふかくかづきおさんは里人にあづけ置無用の
京
のぼり敵持身よりはなほおそろしく行に程なく廣沢あたりより暮/\になつて池に影
ふたつの月にもおさん事を思ひやりておろかなる泪に袖をひたし岩に數ちる白玉は鳴
瀧の山を跡になし御室北野の案内しるよしゝていそげば町中に入て何とやらおそろし
げに十七夜の影法師も我ながら我わすれて折/\胸をひやして住馴し旦那殿の町に入
てひそかに樣子を聞ば江戸銀のおそきせんさく若いもの集て頭つきの吟味もめん着物
の仕立ぎはをあらためける是も皆色よりおこる男ぶりぞかし物語せし末を聞にさてこ
そ我事申出しさても/\茂右衞門めはならびなき美人をぬすみおしからぬ命しんでも
果報といへばいかにも/\一生のおもひ出といふもありまた分別らしき人のいへるは
此茂右衞門め人間たる者の風うへにも置やつにはあらず主人夫妻をたぶらかし彼是た
めしなき惡人と義理をつめてそしりける茂右衞門立聞して慥今のは大文字屋の喜介め
が聲なり哀をしらずにくさけに物をいひ捨つるやつかなおのれには預り手形にして銀
八拾目の取替あり今のかはりに首おさへても取べしと齒ぎしめして立けれ共世にかく
す身の是非なく無念の堪忍するうちに又ひとりのいへるは茂右衞門は今にしなずにど
こぞ伊勢のあたりにおさん殿をつれて居るといのよい事をしをると語る是を聞と身に
ふるひ出て俄にさむく足ばやに立のき三条の旅籠屋に宿かりて水風呂にもいらず休け
るに十七夜代待の通しに十二灯を包て我身の事すゑ/\しれぬやうにと祈ける其身の
横しまあたご樣も何として助け給ふべし明れは都の名殘とて東山しのび/\に四条川
原にさがり藤田狂言つくし三番つゞきのはじまりといひけるに何事やらん見てかへり
ておさんに咄しにもと圓座かりて遠目をつかひもしも我をしる人もと心元なくみしに
狂言も人の娘をぬすむ所是さへきみあしくならび先のかた見ればおさん樣の旦那殿と
ましひ消てぢごくのうへの一足飛玉なる汗をかきて木戸口にかけ丹後なる里にかへり
其後は京こはがりき折節は菊の節句近付て毎年丹波より栗商人の來しが四方山の咄し
の次手にいやこなたのお内義樣はと尋けるに首尾あしく返事のしてもなし旦那にがい
皃してそれはてこねたといはれける栗賣重而申は物には似た人も有物かな是の奥樣に
みぢんも違はぬ人又若人も生うつしなり丹後の切戸邊に有けるよと語捨てかへる亭主
聞とがめて人遣し見けるにおさん茂右衞門なれば身うち大勢もよふしてとらへに遣し
其科のかれず樣々のせんぎ極中の使せし玉といへる女も同し道筋にひかれ粟田口の露
草とはなりぬ九月廿二日の曙のゆめさら/\さい後いやしからず世語とはなりぬ今も
淺黄の小袖の面影見るやうに名はのこりし