5.1. 連吹の笛竹息の哀や
世に時花哥源兵衞といへるはさつまの國かごしまの者なりしがかゝる田舎には稀
なる色このめる男なりあたまつきは所ならはしにして後さがりに髪先みじかく長脇差
もすぐれて目立なれども國風俗是をも人のゆるしける明暮若道に身をなしよは/\と
したる髪長のたはふれ一生しらずして今ははや廿六歳の春とぞなりける年久しくふび
んをかけし若衆に中村八十郎といへるにはしめより命を捨て淺からず念友せしに又あ
るまじき美皃たとへていはゞひとへなる初櫻のなかばひらきて花の物云風情たり有夜
雨の淋しく只二人源五兵衞住なせる小座敷に取こもりつれ吹の横笛さらにまたしめや
かに物の音も折にふれては哀さもひとしほなり窓よりかよふ嵐は梅がかほりをつれて
振袖に移くれ竹のそよぐに寐鳥さわぎてとびかふ音もかなしかりき灯おのづからに影
ほそく笛も吹をはりていつよりは情らしくうちまかせたる姿して心よく語し言葉にひ
とつ/\品替て戀をふくませさりとはいとしさまさりてうき世外なる欲心出來て八十
郎形のいつまでもかはらで前髪あれかしとぞ思ふ同じ枕しどけなく夜の明がたになり
ていつとなく眠れば八十郎身をいためて起しあたら夜を夢にはなし給ふといへり源五
兵衞現に聞て心さだまりかねしに我に語給ふも今宵をかぎりなりしに何か名殘に申た
まへる事もといへば寐耳にも悲しくてかりにも心掛りなりひとへあはぬさへ面影まぼ
ろしに見えけるにいかに我にせかすればとて今夜かぎりとは無用の云事やと手を取か
はせばすこしうち笑て是非なきはうき世定がたきは人の命といひ果ず其身はたちまち
脉あがりて誠のわかれとなりぬ是はと源五兵衞さわぎて忍びし事も外にして男泣にど
よめは皆/\たち寄さま%\藥あたへける甲斐なく萬事のこときれてうたてし八十郎
親もとにしらせければ二親のなげきかぎりなし年月したしくましましける中なれば八
十郎がさい期何かうたがふまでもなしそれからそれ迄菟角は野邊へおくりて其姿を其
まゝ大龜に入て萌出る草の片蔭に埋ける源五兵衞此塚にふししづみて悔とも命すつべ
きより外なくとやかく物思ひしがさても/\もろき人かなせめては此跡三とせは吊ひ
て月も日も又けふにあたる時かならず爰に來て露命と定むべき物をと野墓よりすくに
もとゞりきりて西圓寺といへる長老に始を語心からの出家となりて夏中は毎日の花を
つみ香を絶さず八十郎ぼだいをとひて夢のごとく其秋にもなりぬ垣根朝皃咲そめ花又
世の無常をしらせける露は命よりは間のあるものぞとかへらぬむかしをおもひけるに
此ゆふぐれはなき人の來る玉まつる業とて鼠尾草折しきて瓜なすびをかしげにえだ大
豆かれ%\にをりかけ燈籠かすかに棚經せはしくむかひ火に麻がらの影きえて十四日
のゆふま暮寺も借錢はゆるさず掛乞やかましく門前は踊太皷ひゞきわたりて爰もまた
いやらしくなりて一たび高野山へのこゝろざし明れば文月十五日古里を立出るより墨
染はなみたにしらけて袖は朽けるとなり