假名手本忠臣藏 (Kanadehon Chushingura) | ||
第九
地風雅でもなく。しやれでなく。しやうことなしの山科に。由良助が佗住居。祇園 の茶屋にきのふから雪の夜明し朝戻り。牽頭中居に送られて酒が。ほたへる雪こかし 雪はこけいで雪こかされ。仁體捨し遊びなり。
詞
旦那。申旦那。お座敷の景ようござります。お庭の藪に雪持てなつた所。とんと 繪にかいた通。けうといじやないかのふお品。サア此景を見て。外へはどつちへもい きたうはござりますまいがな。ヘツ朝夕に見ればこそ有住吉の。岸の向ひの淡路嶋山 といふ事しらぬか。自慢の庭でも内の酒は呑ぬ/\。ヱヽ通らぬやつ/\。サア/\ 奧へ/\
地
奧はどこにぞお客が有と。先に立て飛石の。詞もしどろ足取も
ヲクリ
しどろに。見ゆる酒機嫌。お戻りそふなと女房のお石が輕う汲で出る茶屋の 茶よりも氣の端香。お寒からふと悋氣せぬ詞の鹽茶醉醒し。
地
一口呑で跡打明。
詞
ヱヽ奧無すいなぞや/\。折角面白ふ醉た酒醒せとは。アヽヽアヽ降たる雪かな。
文彌詞
いかに余所のわろ達が嘸悋氣とや見給ふらん。
地
それ雪は打綿に似て飛で中入と成。
詞
奧はかゝ樣といへばとつと世帶染といへり。
地
加賀の二布へお見舞の
ナヲス詞
遲いは御用捨。伊勢海老と盃。穴の稻荷の玉垣は。朱ふなけ れば信がさめるといふ樣な物かい。ヲイこれ/\/\。こぶら返りじや足の大指折た /\。おつとよし/\。
地
次手にかうじやと足先で。
詞
アヽこれほたへさしやんすな嗜しやんせ。さゝが過るとたはゐがない。
地
ほんに世話でござらふのと
フシ
物やはらかにあいしらふ。
地
力彌心得奧より立出。
詞
申/\母人。親父樣は御寢なつたか。
地
是上られいと指出す親子が所作を塗分ても。下地は同じ桐枕。ヲヽヲヽ應は夢現。
詞
イヤもふ皆いにやれ。ハイ/\/\。そんならば旦那へ宜しう。
地
若旦那ちと御出を目遣ひで
フシ
いに際わるう歸りける。
地
聲聞へぬ迄行過させ。由良助枕を上。
詞
ヤア力彌。遊興に事寄丸めた此雪。所存有ての事じやが何と心得たぞ。ハツ雪と 申物は。降時には少の風にもちり。輕い身でござりませう共。あのごとく一致して丸 まつた時は。嶺の雪吹に岩をも碎く大石同然。重いは忠義。其重い忠義を思ひ丸めた 雪も。餘り日數を延過してはと思召ての。イヤ/\。由良助親子。原郷右衞門など四 十七人連判の人數は。ナ皆主なしの日かげ者。日かげにさへ置ば解ぬ雪。せく事はな いといふ事。爰は日當り奧の小庭へ入て置。螢を集め雪を積も學者の心長き例。女共。 切戸内から明てやりやれ。
地
堺への状認めん。
詞
飛脚が來たらばしらせいよ。アイ/\。
地
間の切戸のうち。雪こかし込戸を立る
ヲクリ
襖[utaChushin] 引立入にける。
地
人の心の奥深き山科の隱れ家を。尋て爰にくる人は。加古川 本藏行國が女房となせ。道の案内の乘物をかたへに待せ只一人。刀脇指さすがげに行 義亂さず。
フシ
庵の戸口。
詞
頼ませう。/\といふ聲に。
地
襷はづして飛で出る。昔の奏者今のりん。
フシ
どうれといふもつかふど成。
詞
ハツ大星由良助樣お宅は是かな。左樣ならば加古川本藏が女房となせでござりま す。誠に其後は打絶ました。ちとお目にかゝりたい樣子に付遙々參りましたと。傳ら れて下されと
地
いひ入させて表の方。
フシ
乘物是へと舁寄させ。
地
娘爰へと呼出せば。谷の戸明て鶯の梅見付たるほゝ笑顏
ヲクリ
まぶかに。着たる帽子の内。
詞
アノ力彌樣のお屋敷はもふ爰かへ。
フシ
わしや恥しいと媚かし。
地
取ちらす物片付て。先お通りなされませと。下女が傳へる口上に。
詞
駕の者皆歸れ。
地
御案内頼ますといふもいそ/\娘の小浪。
フシ
母に付添座に直れば。
地
お石しとやかに出向ひ。
詞
是は/\。お二方共ようぞや御出。とくよりお目にもかゝる筈。お聞及びの今の 身の上。
地
お尋に預りお恥しい。
詞
あの改まつたお詞。お目にかゝるは今日初めなれど。先達て御子息力彌殿に。娘 小浪を言号致したからは。お前也わたしなり。
地
[aiyakeChushin] 同士御遠慮には及ばぬ事。
詞
是は/\悼入御挨拶。殊に御用しげい本藏樣の奥方。寒空といひ思ひがけない御 上京。となせ樣はとも有小浪御寮。嘸都珍らしからふ。祇園清水知恩院。大佛樣御ら うじたか。金閣寺拜見あらばよい傳が有ぞへと。
地
心置なき挨拶に。只あい/\も口の内。
フシ
帽子まばゆき風情なり。
地
となせは行義改めて。
詞
今日參る事餘の義にあらず。是成娘小浪言号致して後。御主人鹽冶殿不慮の義に 付。由良助樣。力彌樣。御在所もさだかならず。
地
移りかはるは世のならひ。かはらぬは親心とやかくと聞合せ。
詞
此山科にござる由承はりました故。此方にも時分の娘早うお渡し申たさ。近比押 付がましいが。夫も參る筈なれど出仕に隙のない身の上。此二腰は夫が魂。是をさせ ば則夫本藏が名代と。わたしが役の二人前。由良助樣にも御意得まし。祝言させて落 付たい。
地
幸けふは日がらもよし。御用意なされ
フシ
下さりませと相述る。
詞
是は思ひも寄ぬ仰。折惡う夫由良助は他行。去りながら若宿におりましてお目に かゝり申さふならば。御深切の段千万忝う存まする。言号致した時は。故殿樣の御恩 に預り。御知行頂戴致し罷有故。本藏樣の娘御を貰ませう。然らばくれふと云約束は 申たれ共。只今は浪人。人つかひ迚もござらぬ内へ。いかに約束なれば迚。大身な加 古川殿の御息女。世話に申挑燈に釣鐘釣合ぬは不縁のもと。ハテ結納を遣はしたと申 ではなし。どれへ成と外々へ。御遠慮なう遣はされませと申さるゝでござりませうと。
地
聞てはつとは思ひながら。
詞
アノまあお石樣のおつしやる事。いかに卑下なされう迚。本藏と由良助樣。身上 が釣合ぬとな。そんならば申ませう。手前の主人は小身故。家老を勤る本藏は五百石。 鹽冶殿は大名。御家老の由良助樣は千五百石。すりや本藏が知 行とは。千石違ふを合點で言号はなされぬか。只今は御浪人。本藏が知行とは皆違ふ てから五百石。イヤ其お詞違ひまする。五百石は扨置。一萬石違ふても。心と心が釣 あへば大身の娘でも嫁に取まい物でもない。ムヽこりや聞所お石樣。心と心が釣合ぬ とおつしやるは。どの心じやサア聞ふ。主人鹽冶判官樣の御生害。御短慮とは云なが ら。正直を元するお心より發し事。それに引かへ師直に金銀を以て媚諂ふ。追蹤武士 の禄を取本藏殿と。二君に仕へぬ由良助が大事の子に。
地
釣合ぬ女房は持されぬと。聞もあへず膝立直し。
詞
諂ひ武士とは誰が事。樣子によつては聞すてられぬそこを赦すが娘のかはひさ。 夫に負るは女房の常。
地
祝言有ふが有まいが。言号有からは天下晴ての力彌が女房。
詞
ムヽ面白い。女房ならば夫がさる。力彌にかはつて此母がさつた。
地
/\と云放し。心隔の唐紙を
フシ
はたと。引立入にける。
地
娘はわつと泣出し。折角思ひ思はれて言号した力彌樣に。逢せてやろとのお詞を 便に思ふてきた物を。姑御のどうよくに。
詞
さられる覺はわたしやない。
地
母樣どふぞ詫言して。祝言させて下さりませと
スヱ
縋り。歎けば母親は。娘の顏をつく%\と。打ながめ/\。親の慾目かしらね 共。本にそなたの器量なら。十人並にもまさつた娘。よい聟をがなと詮義して言号し た力彌殿。尋できたかいもなう。聟にしらさずさつたとは。義理にもいはれぬお石殿 姑去は心得ぬ。
詞
ムヽ/\扨は浪人の身のよるべなう筋目を云立。有徳な町人 の聟に成て。義理も。法も忘れたな。ナフ小浪。今いふ通の男の性根。さつたといふ を面當ほしがる所は山々。外へ嫁入する氣はないか。コレ大事の所泣ず共しつかりと 返事仕や。
地
コレどふじや。/\と。尋る親の氣は張弓。アノ母樣の胴慾な事おつしやります。 國を出る折とゝ樣のおつしやつたは。浪人しても大星力彌。行義といひ器量といひ。 仕合な聟を取た。貞女兩夫に今目ず。
サハリ
譬夫に別れても又の夫を設なよ。主有女の不義同然。必々寢覺にも殿御大事 を忘るゝな。由良助夫婦の衆へ孝行盡し夫婦中。睦じい迚あじやらにも。悋氣ばしし て
ナヲスフシ
さらるゝな。
地
案ぜうか迚隱さずと[kaiChushin] 任に成たら早速に。しらせてくれとおつしやつ たをわたしやよう覺て居る。去れていんでとゝ樣に。苦に苦をかけてどふいふてどふ 云譯が有ふ共。力彌樣より外に余の御殿。わしやいや/\と一筋に
フシ
戀を立ぬく心根を。
地サハリ
聞に絶兼母親の。涙一途に突詰し。覺悟の刀拔放せば。母樣是は何事と押 とめられて顏を上。
詞
何事とは曲がない。今もそなたがいふ通。一時も早う祝言させ。初孫の顏見たい と。娘に甘いは爺のならひ。
地
悦んでござる中へまだ祝言もせぬ先に。去れて戻りました迚どふ連ていなれふぞ。 といふて先に合點せにや
フシ
仕樣。もやうもないわいの。
地
殊にそなたは先妻の子。わしとはなさぬ中じや故およそにしたかと思はれては。 どふも生ては居られぬ義理。此通を死だ跡で爺御へ云譯してた もや。
詞
アノ勿體ない事おつしやります。殿御に嫌はれわたしこそ死べき筈。
地
生てお世話に成上に苦を見せまする不孝者。母樣の手にかけてわたしを殺して下 さりませ。去れても殿御の内爰で死れば本望じや。早う殺して下さりませ。
詞
ヲヽヲよういやつたでかしやつた。そなた計殺しはせぬ。此母も三途の友。そな たをおれが手にかけて。母も追付跡から行。
地
覺悟はよいかと立派にも涙。とゞめて立かゝり。
詞
コレ小浪。アレあれを聞きや。表に虚無僧の尺八。鶴の巣籠。
地
鳥類でさへ子を思ふに科もない子を手にかけるは。因果と因果の寄合と。思へば 足も立兼て。ふるふ拳を漸に。ふり上る刄の下。尋常に座をしめ手を合せ。
詞
なむあみだ佛と。
地
唱る中より御無用と。聲かけられて思はずも。たるみし拳尺八も
フシ
倶に。ひつそとしづまりしが。
詞
ヲヽそふじや。今御無用ととゞめたは。虚無僧の尺八よな。助たいが山々で。無 用といふに氣おくれし。未練なと笑はれな。
地
娘覺悟はよいかやと又ふり上る又吹出す。とたんの拍子に又御無用。
詞
ムヽ又御無用と止たは。修行者の手の内か。ふり上た手の中か。イヤお刀の手の 中御無用。[segareChushin] 力彌に祝言させう。ヱヽそふいふ聲はお石樣。
地
そりや眞實か誠かと尋る襖の内よりも。
ウタイ
あひに相生の。松こそめでたかりけれと。
地
祝義の小謠白木の小西方。
フシ
目八分に携出。
詞
義理有中の一人娘。殺さふと迄思ひ詰たとなせ樣の心底に。小浪殿の貞女。志がいとをしささせにくい祝言さす其かはり。世の常ならぬ嫁の盃。
地
請取は此三方。
フシ
御用意あらばと指置ば。
地
少は心休りて拔たる刀鞘に納め。
詞
世の常ならぬ盃とは。引出物の御所望ならん。此二腰は夫が重代。刀は正宗。指 添は浪の平行安。家にも身にもかへぬ重寶。
地
是を引出と皆迄云さず。
詞
浪人と侮て價の高い二腰。まさかの時に賣拂へといはぬ計の聟引出。御所望申は 是ではない。ムヽそんなら何が御所望ぞ。此三方へは加古川本藏殿の。お首を乘て貰 たい。ヱヽそりや又なぜな。御主人鹽冶判官樣。高師直にお恨有て。鎌倉殿で一刀に 切かけ給ふ。其時こなたの夫加古川本藏。其座に有て抱留。殿を支た計に御本望も遂 られず。敵は漸薄手計。殿はやみ/\御切腹。口へこそ出し給はね。其時の御無念は。 本藏殿に憎しみがかゝるまいか。有まいか。家來の身として其加古川が娘。あんかん と女房に持樣な力彌じやと。思ふての祝言ならば。此三方へ本藏のしらが首。いやと 有ばどなたでも。首を並る尉と嫗。それ見た上で盃させう。サヽサアいやか。
地
應かの返答をと。尖き詞の理屈詰。親子ははつと。
フシ
指うつぶき途方に。くれし折からに。
詞
加古川本藏が首進上申。お受取なされよと。
地
表に扣し薦僧の。笠脱捨てしづ/\と内へはいるは。
詞
ヤアお前はとゝ樣。本藏樣。
地
爰へどふして此形は。合點がいかぬこりやどふじやと咎る女房。
詞
ヤアざは/\と見ぐるしい。始終の子細皆聞た。そち達にし らさず爰へ來た樣子は追て。先だまれ。其元が由良助殿御内證お石殿よな。今日の時 宜かくあらんと思ひ。妻子にもしらせず。樣子を窺ふ加古川本藏。案に違はず拙者が 首。聟引出にほしいとな。ハヽヽヽヽ。いやはやそりや侍のいふ事。主人の怨を報は んといふ所存もなく。遊興に耽り大酒に性根を亂し。放埓成身持日本一のあほうの鏡。 蛙の子は蛙に成。親に劣ぬ力彌めが大だはけ。うろたへ武士のなまくらはがね。此本 藏が首は切ぬ。馬鹿盡すなと踏碎く。
地
破三方のふち放れ。こつちから聟に取ぬちよこざいな女めと云せも果ず。
詞
ヤア過言なぞ本藏殿。浪人の錆刀切るか切ぬか鹽梅見せう。不祥ながら由良助が 女房。
地
望む相手じやサア勝負。/\/\と裾引上。長押にかけたる鑓追取突かゝらんず 其氣色。是は短氣なマア待てととゞめ隔る女房娘。
詞
邪魔ひろぐなとあらけなく。右と左へ引退る。間もあらせず突かくる。鑓のしほ 首引掴。もぢつて拂へば身を背け。諸足ぬはんとひらめかす。はむねをけつて蹴上れ ば。拳放れて取落す。
地
鑓奪はれじと走寄。腰際帶際引掴。どふど打付動かせず。膝にひつ敷強氣の本藏。 しかれてお石が無念の齒がみ。親子ははあ/\
フシ
あやぶむ中へ。
地
かけ出る大星力彌。捨たる鑓を取手も見せず本藏が。馬手のあばら弓手へ通れと 突通す。うんと計にかつぱとふす。コハ情なやと母娘
スヱ
取付。歎くに目もかけず。とゞめさゝんと取直す。
詞
ヤア待力彌早まるなと。
地
鑓引留て由良助手負に向ひ。
詞
一別以來珍らしゝ本藏殿。御計略の念願とゞき。聟力彌が手にかゝつて。嘸本望 でござらふのと。
地
星をさいたる大星が。詞に本藏目を見開き。
詞
主人の欝憤を晴さんと此程の心づかひ。遊所の出合に氣をゆるませ。徒黨の人數 は揃ひつらん。思へば貴殿の身の上は。本藏が身に有べき筈。當春鶴が岡造營の砌。 主人桃井若狹助。高師直に恥しめられ。以の外憤り。某を密に召れ。まつかう/\の 物語。明日御殿にて出くはせ。一刀に討留ると思ひ詰たる御顏色。
地
とめてもとまらぬ若氣の短慮。
詞
小身故に師直に。賄賂薄きを根に持て。恥しめたると知たる故。主人にしらせず 不相應の金銀衣服臺の物。師直へ持參して。心に染ぬ諂ひも主人を大事と存るから。 賄賂課せあつちから誤つて出た故に。切に切れぬ拍子ぬけ。主人が恨もさらりと晴。
地
相手かはつて鹽冶殿の。難義となつたは則其日。
詞
相手死ずば切腹にも及ぶまじと。抱とめたは思ひ過した本藏が。
地
一生の誤りは娘が難義としらがの此首。聟殿に。
フシ
進ぜたさ。
詞
女房娘を先へ登し。媚諂ひしを身の科にお暇を願ふてな。道をかへてそち達より 二日前に京着。若い折の遊藝が益にたつた四日の内。こなたの所存を見ぬいた本藏。 手にかゝれば恨を晴。約束の通此娘。
地
力彌に添せて下さらば未來永劫御恩は忘れぬ。
詞
コレ手を合して頼入。
地
忠義にならでは捨ぬ命。子故に捨る親心推量有由良殿といふも涙にむせ返れば。 妻や娘は有にもあられず。本にかうとは露しらず死おくれた計 に。お命捨るはあんまりな。冥加の程が恐ろしい。赦して下され父上と
スヱ
かつぱとふして。泣さけぶ。
地
親子が心思ひやり。大星親子三人も。
フシ
倶にしほれて居たりしが。
地
ヤア/\本藏殿。君子は其罪を惡んで其人を惡まずといへば。縁は縁恨は恨と。 格別の沙汰も有べきにと嘸恨に思はれんが。所詮此世を去人。底意を明て見せ申さん と。
地
未前を察して奧庭の障子さらりと引明れば。雪を束て石塔の五輪の形を二つ迄。 造立しは大星が。
フシ
成行果を顯はせり。
地
となせはさかしく。
詞
ムヽ御主人の怨を討て後。二君に仕へず消るといふお心のあの雪。力彌殿も其心 で娘を去たのどうよくは。御不便餘つてお石樣。恨だがわしや悲しい。となせ樣のお つしやる事。玉椿の八千代迄共祝はれず。後家に成嫁取た。
地
此樣なめでたい悲しい。
フシ
事はない。
詞
かういふ事がいやさに。むごうつらういうたのが。嘸憎かつたでござんしよなふ。 イヽヱイナ。わたしこそ腹立まゝ。町人の聲に成て義理も法も忘れたかといふたのが。 恥しいやら悲しいやらどふも顏が上られぬお石樣。となせ樣。氏も器量を勝れた子何 として此樣に。
地
果報拙い生れやと
フシ
聲も。涙にせき上る。
地
本藏あつき涙をおさへ。ハツアヽ嬉しや本望や。
詞
呉王を諫めて誅せられ。辱を笑ひし呉子胥が忠義は取に足ず。忠臣の鑑とは唐土 の豫讓。日本の大星。昔より今に至る迄。唐と日本にたつた二人。
地
其一人を親に持。力彌が妻に成たるは。女御更衣に備はるよ り。百倍勝つてそちが身は武士の娘の手柄者。手柄な娘が聟殿へ。お引の目録進上と 懷中より取出すを。力彌取て押戴披き見ればコハいかに。目録ならぬ師直が屋敷の案 内一々に。玄關長屋侍部屋。水門物置柴部屋迄繪圖にくはしく書付たり。由良助はつ と押戴。
師
ヘツヱ有難し/\。徒黨の人數は揃へ共。敵地の案内知ざる故發足も延引せり。 此繪圖こそは孫呉が秘書。我爲の六とう三略。
地
兼て夜討と定めたれば。繼梯子にて塀を越忍び入には椽側の。雨戸はづせば直に 居間。爰をしきつてかう攻てと
フシ
親子が悦び。
地
手負ながらもぬからぬ本藏。
詞
イヤ/\夫は僻事ならん。用心嚴しき高師直。障子襖は皆尻ざし。雨戸に合栓合 樞。こぢてはづれずかけやにて。こぼたば音して用意せんかそれいかゞ。
地
ヲヽ夫にこそ術あれ。
詞
凝ては思案にあたはずと遊所よりの歸るさ。思ひ寄たる前栽の雪持竹。雨戸をは づす我工夫。
地
仕樣を爰にて見せ申さん
ヲクリ
と庭に。折しも雪ふかくさしもに強き大竹も雪の重さに。ひいはりとしはり し竹を。引廻して鴨居にはめ。雪にたはむは弓同然。
詞
此ごとく弓を拵へ弦を張。鴨居と敷居にはめ置て。一度に切て放つ時は。
地
まつ此樣にと。積つたる枝打はらへば雪ちつて。のびるは直成竹の力。鴨居たは んでみぞはずれ。障子殘らずばた/\/\。本藏苦しさ打忘れ。ハヽアしたり/\。
詞
計略といひ義心といひ。ケ程の家來を持ながら了簡も有べ きに。
地
あさきたくみの鹽冶殿。口おしき行跡やと。悔を聞に御主人の御短慮成御仕業。 今の忠義を戰場のお馬先にて盡さばと。思へば無念に閉ふさがる。胸は七重の門の戸 を洩るは涙計也。
地
力彌はしづ/\おり立て父が前に手をつかへ。
詞
本藏殿の寸志により。敵地の案内知たる上は。泉州堺の天河屋義平方へも通達し。 荷物の工面仕らんと聞もあへず何さ/\。山科に有事隱れなき由良助。人數集めは人 目有。一先堺へ下つて後あれから直に發足せん。其方は母嫁となせ殿諸共に。跡の片 付諸事萬事何もかも。心殘りのなき樣に。ナ。ナ。
地
コリヤあすの夜舟に下るべし。我は幸本藏殿の忍び姿を我姿と。けさ打かけて編 笠に。恩を戴く報謝がへし未來の迷ひ晴さん爲。
詞
今宵一夜は嫁御寮へ。舅が情の
地
れんぼ流し。歌口しめして立出れば。兼て覺悟のお石が歎。御本望をと計にて名 殘惜さの山々をいはぬ心の
フシ
いぢらしさ。
地
手負は今を知死期時。とゝ樣申とゝ樣とよべど。こたへぬだんまつま。親子の縁 も玉の緒も切て一世の。
フシカヽリ
うき別れわつと泣母泣娘。倶に死骸に向ひ地の。回向念佛は戀無常。出 行足も立とまり。六字の御名を笛の音に。
詞
なむあみだ佛。
地
なむあみだ是や尺八ぼんのふの枕ならぶる追善供養。閨の契りは一夜ぎり心。殘 して。
三重
[utaChushin] 立出る
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