University of Virginia Library

第七


花に遊ばゞ祇園あたりの色揃へ。東方南方北方西方。みだの淨土がぬりに塗立ぴ つかりぴか/\。光りかゞやくはくや藝子にいかなすいめも。現ぬかして。ぐどんど ろつくどろつくや


ワイワイノワイトサナヲス詞

誰頼ふ。亭主は居ぬか。亭主/\。是はいそがしいは。 どいつ樣じや。どなた樣じや。ヱ斧九太樣。御案内とはけうとい/\。イヤ初てのお 方を同道申た。きつう取込そふに見へるが。一つ上ます座敷が有か。ござります共。 今晩は彼由良大盡の御趣向で。名有色達を掴込。下座敷はふさがつてござりますれど。 亭座敷が明てござります。そりや又蜘の巣だらけで有ふ。又惡口を。イヤサよい年を して。女郎の蜘の巣にかゝらまい用心。コリヤきついは。下に置かれぬ二階座敷。ソ レ灯をともせ中居共。お盃おたばこ盆と。高い調子にかせかけて奧は騒の太鼓三味。



ナント伴内殿。由良助が體御らうじたか。九太夫殿。ありやいつそ氣違ひでござ る。段々貴樣より御内通有ても。あれ程に有ふとは。主人師直も存ぜず。拙者に罷登 て見屆。心得ぬ事あらば。早速にしらせよと申付ましたが。扨/\/\我もへんしも 折ましてござる。せがれ力彌めは何と致したな。こいつも折節此所へ參り倶に放埓。 指合くらぬがふしぎの一つ。今晩は底の底を捜見んと。心工を致して參つた。密々に お咄し申そふ。いざ二階へ。先々。然らばかうお出。


三下リ歌

じつは心に。思ひはせいで。あだな。ほれた/\の口先はいかゐ。つやで は有はいな。



彌五郎殿。喜多八殿。是が由良助殿の遊び茶屋。一力と申のでござる。コレサ平 右衞門。よい時分に呼出そふ。勝手に扣てお居やれ。畏りました。宜しう頼上ます。 誰ぞちよと頼たい。アイ/\どな樣じやへ。イヤ我々は由良殿に用事有て參つた。奧 へいていはふには。矢間十太郎。千崎彌五郎。竹森喜多八でござる。此間より節々迎 の人を遣はしますれ共。お歸りのない故。三人連で參りました。ちと御相談申さねば ならぬ義がござる程に。お逢なされて下されと急度申てくれ。夫は何共氣の毒でござ んす。由良樣は三日以來呑續。お逢なされてからたはゐは有まい。本性はないぞへ。 ハテ扨まあそふいふておくりやれ。アイ/\。彌五郎殿お聞なされたか。承はつて驚 入ました。初の程は敵へ聞する計略と存ましたが。いかふ遊びに實が入過まして。合 點が參らぬ。何と此喜多八が申た通。魂が入かはつてござらふ がの。いつそ一間へふん込。イヤ/\とくと面談致した上。成程。然らば是に待ませ ふ。手の鳴方へ/\/\。とらまよ。/\。由良おにやまたい/\。とらまへて酒呑 そ。/\。コリヤとらまへたは。サア酒々。銚子持/\。イヤコレ由良助殿。矢間十 太郎でござる。こりや何となさるゝ。なむ三寶仕舞た。ヲヽ氣の毒何と榮さん。ふし くた樣なお侍樣方。お連樣かいな。さあれば。お三人共こはい顏して。イヤコレ女郎 達。我々は大星殿に用事有て參つた。暫く座を立て貰たい。そんな事で有そな物。由 良樣奧へ行ぞへ。お前も早うお出。皆樣是にへ。由良助殿。矢間十太郎でござる。竹 森喜多八でござる。千崎彌五郎御意得に參つた。お目覺されませう。是は打揃ふてよ ふお出なされた。何と思ふて。鎌倉へ打立時候はいつ比でござるな。さればこそ。大 事の事をお尋なれ。丹波與作が歌に。



江戸三界へいかんして


ナヲス詞

ハヽヽヽ御免候へたはい/\。


三人

ヤア酒の醉本性違はず。性根が付ずば三人が。酒の醉を醒さしませうかな。ヤ レ聊爾なされまするな。憚ながら平右衞門めが。一言申上たい義がござります。暫く お扣下されませう。由良助樣。寺岡平右衞門めでござります。御機嫌の體を拜しまし て。いか計大悦に存奉ります。フウ寺岡平右とは。ヱヽ何でゑすか。前かど北國へお 飛脚にいかれた。足のかるい足輕殿か。左樣でござります。殿樣の御切腹を北國にて 承はりまして。なむ三寶と宙を飛で歸りまする道にて。お家も 召上られ。一家中ちり%\と。承つた時の無念さ。奉公こそ足輕なれ。御恩はかはら ぬお主の怨。師直めを一討と鎌倉へ立越。三ケ月が間非人と成て付狙ひましたれ共。 敵は用心嚴しく近寄事も叶ませず。所詮腹かつさばかんと存ましたが。國元の親の事 を思ひ出しまして。すご/\歸りました。所に。天道樣のおしらせにや。いづれも樣 方の一味連判の樣子承はりますると。ヤレ嬉しや有がたやと。取物も取あへず。あな た方の旅宿を尋。一向お頼申上ましたれば。出かしたういやつじや。お頭へ願ふてや ろとお詞にすがり。是迄推參仕りました。師直屋敷の。アこれ/\/\。ア其元は足 がるではなふて。大きな口がるじやの。何と牽頭持なされぬか。尤みたくしも。蚤の 頭を斧でわつた程無念な共存じて。四五十人一味を拵へて見たが。アあぢな事の。よ う思ふて見れば。仕損じたら此方の首がころり。仕負せたら跡で切腹。どちらでも死 ねばならぬ。といふは人參呑で首くゝる樣な物。殊に其元は五兩に三人扶持の足輕。 お腹は立られな。はつち坊主の報謝米程取て居て。命を捨て敵討せうとは。そりや青 のり貰ふた禮に。太々神樂を打樣な物。我等知行千五百石。貴樣とくらべると。敵の 首を斗舛ではかる程取ても釣合ぬ/\。所でやめた。ナ聞へたか。兎角浮世は


ヲンド

かうした物じや。つゝてん/\/\。


ナヲス詞

なぞと引かけた所はたまらぬ/\。是は由良助樣のお詞共覺 ませぬ。僅三人扶持取拙者めでも。千五百石の御自分樣でも。繋ました命は一つ。御 恩に高下はござりませぬ。押に押れぬはお家の筋目。殿の御名代もなされまする。 歴々樣方の中へ。見るかげもない私めが。指加へてとお願ひ申は。憚共慮外共。ほん の猿が人眞似。お草履を掴で成共。お荷物をかづいで成共さんじませう。お供に召連 られて。ナ申。コレ申/\。是はしたり寢てござるそふな。コレサ平右衞門。あつた ら口に風ひかすまい。由良助は死人も同然。矢間殿。千崎殿。モウ本心は見へました か。申合せた通計ひませうか。いか樣。一味連判の者共への見せしめ。いさいづれも と立寄を。



ヤレしばらくと平右衞門押なだめ傍に寄。



つく%\思ひ廻しますれば。主君にお別れなされてより。怨を報はんと樣々の艱 難。木にも萱にも心を置。人の譏無念をば。じつとこたへてござるからは。酒でもむ りに參らずば。是迄命も續ますまい。



醒ての上の御分別と。無理に押へて三人を。伴ふ一間は善惡の。明りを照す障子 の内かげを隱すや。


三重

[utaChushin] 月の入。



山科よりは一里半息を切たる嫡子力彌。内をすかして正體なき父が寢姿。起すも 人の耳近しと枕元に立寄て。轡にかはる刀の鍔音。鯉口ちやんと打鳴せば。むつくと 起てヤア力彌か。



こい口の音響せしは急用有てか。密に/\。只今御臺かほよ樣より。急のお飛脚 密事の御状。外に御口上はなかつたか。敵高師直歸國の願ひ叶ひ。近々本國へ罷歸る。 委細の義はお文との御口上。よし/\。其方は宿へ歸り。夜の 中に迎の駕いけ/\。



はつとためらふ隙もなく


フシ

山科さして引返す。



先樣子氣遣と状の封じを切所へ。



大星殿。由良殿。斧九太夫でござる。



御意得ませふと聲かけられ。



是は久しや/\。一年も逢ぬ内。寄たぞや/\。額に其皺のばしにお出か。アノ 爰な莚破めが。イヤ由良殿。大功は細瑾を顧ずと申が。人の譏も構はず遊里の遊び。 大功を立る基。遖の大丈夫末頼もしう存る。ホヲヽ是は堅いは/\。石火矢と出かけ た。去とてはおかれい。イヤア由良助殿とぼけまい。誠貴殿の放埓は。敵を討術と見 へるか。おんでもない事。忝い。四十に餘つて色狂ひ。馬鹿者よ。氣違よと。笑はれ ふかと思ふたに。敵を討術とは九太夫殿。ホヽウ嬉しい/\。スリヤ其元は。主人鹽 冶の怨を報ずる所存はないか。けもない事/\。家國を渡す折から。城を枕に討死と いふたのは。御臺樣への追從。時に貴樣が。上へ對して朝敵同然と。其場をついと立 た。我等は跡にト。しやちばつて居た。いかゐたわけの。所で仕廻は付ず。御墓へ參 つて切腹と。裏門からこそこそ/\。今此安樂なたのしみするも貴殿のおかげ。昔の よしみは忘れぬ/\。堅みをやめて碎おれ/\。いか樣この九太夫も。昔思へば信太 の狐。ばけ顯はして一獻くもふか。サア由良殿。久しぶりだお盃。又頂戴と會所めく のか。さしおれ呑むは。呑みおれさすは。てうど受おれ



肴をするはと傍に有合鮹肴。はさんで


フシ

ずつと指出せば。



手を出して。足を戴く鮹肴。



忝いと戴て喰んとする。手をじつととらへ。



コレ由良助殿。明日は主君鹽冶判官の御命日。取分逮夜が大切と申が。見ごと其 肴貴殿はくふか。たべる/\。但主君鹽冶殿が。鮹になられたといふ便宜が有たか。 ヱ愚痴な人では有。こなたやおれが浪人したは。判官殿が無分別から。スリヤ恨こそ 有精進する氣微塵もごあらぬ。お志の肴賞翫致すと。



何氣もなく。只一くちにあぢはふ風情。邪智深き九太夫も


フシ

あきれて。詞もなかりける。



扨此肴では呑ぬ/\。鶏しめさせ鍋燒させん。其元へ奧へお出。女郎共うたへ/ \と。



足下もしどろもどろの浮拍子。テレツク/\ツヽテン/\。



おのれ末社共。めれんになさで置べきかと騒に。まぎれ入にける。



始終を見屆鷺坂伴内。二階よりおり立ち。 詞九太夫殿子細とつくと身屆た。主の命日に精進さへせぬ根性で。敵討存もよらず。 此通主人師直へ申聞。用心の門をひらかせませう。成程最早御用心に及ばぬ事。コレ サまだこゝに。刀を忘れて置ました。ほんに誠に大馬鹿者の證據。嗜の魂見ましよ。 扨錆たりな赤鰯。ハヽヽヽヽ。彌本心顯はれ御安堵/\。ソレ九太夫が家來迎のかご。



はつと答て持出る。



サア伴内殿お召なされ。先づ御自分は老體ひらに/\。


フシ

然らば御免と乘移る。



イヤ九太殿。承はれば此所に。勘平が女房が勤ておると聞ました。貴殿には御存 ないか。九太夫殿。



/\といへど答へずコハふしぎと。駕の簾を引明れば。内に は手ごろの庭の飛石。



コリヤどふじや。九太夫の松浦さよ姫をやられたと。



見廻すこなたの椽の下より。



コレ/\伴内殿。九太夫がかごぬけの計略は。最前力彌が持參せし書翰が心元な し。樣子見屆跡よりしらさん。やはり我等が歸る體にて。貴殿は其駕にひつ添て。



合點/\と點頭合。駕には人の有體に


フシ

見せてしづ/\立歸る。


フシ

折に二階へ。勘平が妻のおかるは醉ざまし。はや里なれて吹風に。


フシ

うさをはらして居る所へ。



ちよといて來る。由良助共有ふ侍が。大事の刀を忘れて置た。つゐ取てくる其間 にかけ物もかけ直し。爐の炭もついでおきや。アヽそれ/\/\。こちらの三味線ふ みおるまいぞ。是はしたり。九太はいなれたそふな。


三下リ歌

父よ母よと泣聲聞ば。妻に鸚鵡の。うつせし言の葉。ヱヽ何じやいなおか しやんせ。


フシ

あたり見廻し。由良助。釣燈籠のあかりをてらし。讀長文は御臺より敵の樣子 こま/\と。女の文の跡やさき。


フシ

[koChushin] ではかどらず。よその戀よとうらやましくおかるは上より見おろせ ど。夜目遠目なり字性もおぼろ。思ひ付たるのべ鏡。


フシ 出して寫して讀取文章。下家よりは九太夫が。くりおろす文月かげ

に。すかし讀とは。神ならずほどけかゝりしおかるが玉笄。ばつたり落れば。下には はつと見上て後へ隱す文。椽の下には猶ゑつぼ。上には鏡のかげ隱し。



由良さんか。おかるか。そもじはそこに何してぞ。わたしや おまへにもりつぶされ。あんまりつらさの醉さまし。風にふかれて居るはいな。ムウ。 ハテなふ。よう風にふかれてじやの。イヤかる。ちと咄したい事が有。屋根越の天の 川で爰からはいはれぬ。ちよつとおりてたもらぬか。咄したいとは頼たい事かへ。ま あそんな物。廻つて來やんしよ。いや/\。段梯子へおりたらば。中居が見付て酒に せう。アヽどふせうな。アヽコレ/\幸爰に九つ梯子。



是をふまへておりてたもと。


フシ

小屋根にかければ。



此梯子は勝手が違ふて。ヲヽこは。どふやら是はあぶない物。大事ない/\。あ ぶないこはいは昔の事。三間づゝまたげても。赤かうやくもいらぬ年ばい。あほうい はんすな。舟にのつた樣でこはいわいな。道理で舟玉樣が見へる。ヲヽのぞかんすな いな。洞庭の秋の月樣をおがみ奉るじや。イヤモウそんなら下りやせぬぞ。おりざお ろしてやろ。アレ又惡い事を。やかましい生娘かなんぞのやうに。地 逆縁ながらと 後よりじつと。抱しめ


フシ

抱おろし



なんとそもじは御らふじたか。アイいゝゑ。見たであろ/\。アイなんじややら 面白そふな文。あの上から皆讀だか。ヲヽくど。ア身の上の大事とこそは成にけり。 何の事じやぞいな。何の事とはおかる。古いがほれた。女房に成てたもらぬか。おか んせうそじや。サうそから出た眞でなければ根がとげぬ。おふといや/\。イヤいふ まい。なぜ。お前のはうそから出た眞じやない。實から出た嘘じや。おかる受出そふ。 ヱヽ。うそでない證據に。今宵の内に身受せう。ムウいやわし には。間夫が有なら添してやろ。そりやマアほんかへ。侍冥利。三日成共圍ふたらそ れからは勝手次第。ハアヽ嬉しうござんすといはしておいてわらをでの。いや直に亭 主に金渡し。今の間に埓さそふ。氣遣せずと待てゐや。そんなら必待て居るぞへ。金 渡してくる間。どつちへもいきやるな。女房じやぞ。夫もたつた三日。それ合點。忝 ふござんす。


三下リ歌

世にも因果な者ならわしが身じや。かはい男に。いくせの思ひ。ヱヽなん じやいなおかしやんせ。忍びねになくさよちどり。



奧でうたふも


フシ

身の上とおかるは。思案取々の。



折に出合平右衞門。



妹でないか。ヤア兄樣か。



恥しい所で逢ましたと顏を隱せば。



苦しうない。關東より戻りがけ。母人に逢てくはしく聞た。夫の爲お主の爲。よ く賣れたでかした/\。



そふ思ふて下さんすりやわしや嬉しい。



したがまあ悦んで下さんせ。思ひがけなう今宵受出さるゝ筈。夫は重疊。何人の お世話で。お前も御存の大星由良助樣のお世話で。何じや由良助殿に受出される。夫 は下地からの馴染か。何のいな。此中より二三度酒の相手。夫が有ば添してやろ。隙 がほしくば隙やろと。結構過た身請。扨は其方を。早の勘平が女房と。イヱしらずじ やぞへ。親夫の恥なれば。明して何の云ませう。ムウすりや本心放埓者。お主の怨を 報ずる所存はないに極つたな。イヱ/\これ兄樣。有ぞへ/\。高うはいはれぬ。



コレかふ/\とさゝやけば。



ムウすりや其文を慥に見たな。殘らず讀だ其跡で。互に見合す顏と顏。それから じやらつき出してつゐ身請の相談。アノ其文殘らず讀だ跡で。アイナ。ムウそれで聞 へた。妹とても遁れぬ命。



身共にくれよと拔打にはつしと切ば。



ちやつと飛のき。コレ兄樣。わしには何誤り。勘平といふ夫も有。急度二親有か らはこな樣の儘にも成まい。



請出されて親夫に。逢ふと思ふがわしやたのしみ。どんな事でも誤らふ。



赦して下んせ赦してと。手を合すれば。平右衞門。ぬき身を捨て


フシ

どうどふしひたんの涙にくれけるが。



可愛や妹何にもしらぬな。親與市兵衞殿は六月廿九日の夜。人に切れてお果なさ れた。ヤアそれはまあ。コリヤまだ恟りすな。請出され添ふと思ふ勘平も。腹切て死 だはやい。



ヤア/\/\それはまあほんかいの。コレのふ/\と取付いて


スヱ

わつと計に泣沈む。



ヲヽ道理/\。樣子咄せばながい事。おいたはしいは母者人。云出しては泣。思 ひ出しては泣。娘かるに聞したら泣死にするであろ。必いふてくれなとのお頼。いふ まいと思へ共。迚も遁れぬそちが命。其譯は。忠義一途に凝かたまつた由良助殿。勘 平が女房としらねば請出す義理もなし。元來色には猶ふけらず。見られた状が一大事 請出し差殺す。思案の底と慥に見へた。よしそふなうても壁に耳。外より洩ても其方 が科。密書を覗見たるが誤り殺さにやならぬ。人手にかきよより我手にかけ。大事を 知たる女。妹とて赦されずと。夫を功に連判の數に入てお供に 立ん。



少身者の悲しさは人に勝れた心底を。見せねば數には入られぬ。聞分て命をくれ 死でくれ妹と。事を分たる兄の詞。おかるは始終せき上/\。便のないは身の代を。 役に立ての旅立か。暇乞にも見へそな物と。恨でばかりおりました。勿體ないがとゝ 樣は非業の死でもお年の上。勘平殿は三十に成やならずに死るのは嘸悲しかろ口惜か ろ。逢たかつたで有ふのに。なぜ逢せては下さんせぬ。親夫の精進さへしらぬはわた しが身の因果。何の生ておりませう。お手にかゝらば嚊樣がおまへをお恨なされまし よ。自害した其跡で。首なりと死骸なりと。



功に立なら功にさんせ。



さらばでござる兄樣といひつゝかたな取上る。



やれまてしばしと



とゞむる人は由良助。はつと驚く平右衞門。おかるははなして殺してと。あせる をおさへて。



ホウ兄弟共見上た疑ひはれた。兄はあづまの供を赦す。妹はながらへて。未來の 追善。



サア其追善は冥途の供と。もぎ取刀をしつかと持添。



夫勘平連判には加へしかど。敵一人も討とらず。未來で主君に云譯有まじ。其言 譯はコリヤ爰にと。



ぐつと突込疊の透間。下には九太夫肩先ぬはれて七轉八倒。



それ引出せの。



下地より早く椽先飛おり平右衞門。朱に染だ體をば無二無三に引ずり出し。ヒヤ ア九太夫めハテよい氣味と引立て目通へ投付れば。起立せもせず由良助。たぶさを掴 でぐつと引寄。



獅子身中の虫とは儕が事。我君より高地を戴。莫大の御恩を 着ながら。敵師直が犬と成て。有事ない事よう内通ひろいだな。四十余人の者共は。 親に別れ子にはなれ。一生連添女房を君傾城の勤をさするも。亡君の怨を報じたさ。 寢覺にも現にも。御切腹の折からを思ひ出して無念の涙。



五臟六腑を


フシ

しぼりしぞや。



取わけ今宵は殿の逮夜。口にもろ/\の不淨をいふても。愼に愼を重る由良助に。 よう魚肉をつき付たなア。いやといはれずおうといはれぬ胸の苦しさ。三代相恩のお 主の逮夜に。咽を通した其時の心どの樣に有ふと思ふ。五體も一度に惱亂し。四十四 の骨々も碎る樣に有たはやい。



ヘヱヽ獄卒め魔王めと。土に摺付捻付て


スヱ

無念。涙にくれけるが。



コリヤ平右衞門。最前錆刀を忘置たは。こいつをばなぶり殺しといふしらせ。命 取ずと苦痛させよ。



畏たと拔より早く踊上り飛上り。切共僅二三寸。明所もなしに疵だらけ。のた打 廻つて。



平右殿。おかる殿。



詫してたべと手を合せ。以前は足輕づれ也と。目にもかけざる寺岡に


フシ

三拜するぞ見ぐるしき。



此場で殺さば云譯むつかし。くらひ醉たていにして。



館へ連よと羽織打きせ疵の口。隱れ聞たる矢間千崎竹森が。障子ぐはらりと引明。



由良助殿段々誤り入ましてござります。それ平右衞門。くらひ醉た其客に。加茂 川で水ざうすいをくらはせい。ハア。イケ