University of Virginia Library

第三


足利左兵衞督直義公。關八州の管領と新に建し御殿の結構。大名小名美麗を餝る 公裝束。鎌倉山の星月夜と袖を烈る御馳走に。お能役者は裏門口。表御門はお客人御 饗應の役人衆。正七つ時の御登城


フシ

武家の威光ぞ耀ける。



西の御門の見付の方。ハイ/\/\といかめしく。挑燈てらし入來るは。武藏守 高師直。權威を顯すは鼻高々。花色模樣の大紋に。胸に我慢の立烏帽子。家來共を役 所/\に殘し置。下部僅に先を拂はせ。主の威光の召おろし。鶴の眞似する鷺坂伴内。 肩臂いからし申お旦那。



今日の御前表も上首尾/\。鹽冶で候の。イヤ桃井で候のと。日比はとつぱさつぱとどしめけど。行義作法は狗を。家根へ上た樣で去と は/\腹のかは。イヤ夫に付兼々鹽冶が妻かほよ御前。いまだ殿へ御返事致さぬ由。 お氣にはさへられな。器量はよけれど氣が叶はぬ。何の鹽冶づれと。當時出頭の師高 樣と。ヤイ/\聲高に口利な。主有かほよ。度々歌の師範に事寄。くどけ共今に叶ぬ。 則彼が召使かるといふこしもと新參と聞。きやつをこま付頼で見ん。扨まだ屑が有。 かほよが誠にいやならば。夫鹽冶に子細をぐはらり打明る。所を云ぬは樂しみと。



四ツ足門のかたかげに主從點頭咄し合


フシ

折もあれ。



見付に扣へし侍あはたゞしく走出。



我々見付のお腰かけに扣へし所へ。桃井若狹助家來加古川本藏。師直樣へ直に御 目にかゝらん爲。早馬にてお屋敷へ參つたれ共早御登城。是非御意得奉らんと。家來 も大勢召連たる體。



いかゞ計ひ申さんやと聞より伴内騒出し。



今日御用の有師直樣へ。直に對面とは推參也。



某直談と走行を。



待/\伴内子細は知た。一昨日鶴が岡にての意趣ばらし。我手を出さず本藏めに 云付。此師直が威光の鼻をひしがん爲。ハヽヽヽ伴内ぬかるな



七つにはまだ間もあらん。是へ呼出せ仕廻てくれん。成程/\家來共氣をくばれ と。主從刀の目釘をしめし。手ぐすね引て


フシ

待かけ居る。



詞に隨ひ加古川本藏。衣紋繕ひ悠々と打通り。下部に持せし進物共。師直が目通 にならべさせ


フシ

遙。さがつて蹲り。



ハア憚りながら師直樣へ申上奉る。此度主人若狹助。尊氏將 軍より御大役仰付られ下さる段。武士の面目身に餘る仕合。若輩の若狹助。何の作法 も覺束なく。いかゞあらんと存る所に。師直樣万事御師範を遊ばされ。諸事を御引廻 し下され候故。首尾能御用相勤るも全主人が手柄にあらず。皆師直樣の御執成と。主 人を始奥方一家中。我々迄も大慶此上や候べき。去によつて近比左少の至に候へ共。 右御禮の爲一家中よりの送り物。お受遊ばされ下さらば。生前の面目一入願奉る。



則目録御取次と伴内に指出せばふしぎそふにそつと取押開き。



目録一つ卷物卅本黄金三十枚若狹助奥方。一つ黄金廿枚家老加古川本藏。同十枚 番頭同十枚侍中。



右の通と讀上れば。師直は明た口ふさがれもせずうつとりと。主從顏を見合せて。 氣ぬけの樣にきよろりつと。祭の延た六月の晦日見るが如くにて。


フシ

手持ぶさたに見へにける。



俄に詞改て。



是は/\/\悼入たる仕合。伴内こりやどふした物。ハテ扨々。ハアお辭宜申さ ばお志背くといひ。第一は大きなぶ禮。ヱヽ式作法を教るも。こんな折にはとんとこ まる。ナニものじやは。イヤハヤ本藏殿。何の師範致す程の事もないが。兎角マア若 狹助殿は器用者。師範の拙者及ばぬ/\。コリヤ伴内進物共皆取納め。ヱヽ不行義な。 途中でお茶さへ得進ぜぬと。



手の裏返す挨拶に本藏が胸算用してやつたりと猶も手をつき。



最早七つの刻限早お暇。殊に今日は猶公の御座敷。彌主人の義御引廻し頼存ると。



立んとする袂をひかへ。



ハテゑいわいの。貴殿も今日の御座敷の座並。拜見なされぬか。イヤ倍臣の某御 前の恐。大事ない/\。此の師直が同道するに。誰がくつといふ者ない。殊に又若狹 助殿も。何ぞれかぞれ小用の有物。ひらに/\すゝめられ。



然らば御供仕らん。



御意を背は却て無禮。 地 先おさきにと跡に付。金で頬はる算用に。主人の命も買て取。二一天作そろばん の。けたを違ぬ白鼠。忠義忠臣忠孝の。道は一筋眞直に


フシ

打連御門に入にける。


フシ

程もあらさず入來るは。鹽冶判官高定。是も家來を殘し置。乘物道に立させ。譜 代の侍早の勘平。朽葉小紋の新袴。ざは/\ざはつく御門前。



鹽冶判官高定登城成と音なひける。門番罷出。先程桃井樣御登城遊ばされ御尋。 只今又師直樣御越にて御尋。早御入と相述る。ナニ勘平最早皆々御入とや。



遲なはりし殘念と。勘平一人御供にて


フシ

御前へこそは急行。



奧の御殿は御馳走の。連謠の聲播磨がた。



高砂の浦に着にけり/\。


ナヲス地

うたふ聲々門外へ。


フシ

風が持くる柳かげ。其柳より風俗は。まけぬ所體の。


小ヲクリ

十八九松の。緑の細眉もかたいやしきに物馴し。きどく帽子の後帶。供の奴が挑 燈は


フシ

鹽冶が家の紋所。



御門前に立休らひ。



コレ奴殿。やがてもふ夜も明る。こなた衆は門内へは叶はぬ。爰からいんで休ん でやと。



詞に隨ひナイ/\と。


フシ

供の下部は歸りける。



内を覗て勘平殿は何してぞ。どふぞ逢たい用が有と。見廻す折から後かげ。ちら と見付。



おかるじやないか。勘平樣逢たかつたにようこそ/\。ムヽ合點の行ぬ夜中とい ひ。供をも連ず只一人。さいなあ。爰迄送りし供の奴は先へ歸した。わし獨殘りしは。 奧樣からのお使。どふぞ勘平に逢て此文箱。判官樣のお手に渡し。お慮外ながら此返 歌をお前のお手から直に師直樣へ。お渡しなされ下さりませと傳へよ。しかし。お取 込の中間違ふまい物でなし。マア今宵はよしにせうとのお詞。地 わたしはお前に逢 たい望。何の此歌の一首や二首。お屆なさるゝ程の間のない事は有るまいと。つゐ一 走に走つてきた。


フシ

アヽしんどやと吐息つく。



然らば此文箱旦那の手から師直樣へ渡せばよいじや迄



どりや渡してこふ待て居いといふ中に門内より。



勘平/\/\判官樣が召まする。勘平/\。ハイハイ/\只今それへ。



ヱヽせはしないと


フシ

袖ふり切て行跡へ。



鯲ふむ足付鷺坂伴内。



何とおかる戀の智惠は又格別。勘平めとせゝくつて居る所を。勘平/\旦那がお 召と呼だはきついか/\。師直樣がそもじに頼たい事が有とおつしやる。我等はそ樣 にたつた一度。



君よ/\と抱付を突飛し。



コレみだらな事遊ばすな式作法のお家に居ながら狼藉千万。あたぶ作法なあた不 行義と。



突退れば夫は難面。くらがり紛れにつゐちよこ/\と。手を取爭ふ其中に。



伴内樣/\師直樣の急御用。伴内樣/\と。



奴二人がうろ/\眼玉で是はしたり伴内樣。



最前から師直樣が御尋。式作法のお家に居ながら。女を捕へ あた不行義な。あたぶ作法と。



下部が口々ヱヽ同じ樣に何ぬかすと。


フシ

頬ふくらして連立行。



勘平跡へ入かはり。



何と今の働見たか。伴内めが一ぱいくらふてうせおつた。おれが來て旦那が呼し やるといふと。おけ古いとぬかすが面倒さに。奴共に酒飮せ。古いと云さぬ此術。 ハヽヽヽまんまと首尾は仕課た。サア其首尾序にな。



ちよつと/\手を取ば。



ハテ扨はづんだマアまちやいの。何いはんすやら。何の待事が有ぞいなア。もふ 頓て夜が明るわいな。



ぜひに/\にぜひなくも下地は好也御意はよし。



夫でも爰は人出入。



奧は謠の聲高砂。



せうこんによつてこしをすれば


ナヲス詞

アノ謠で思ひ付た。



イサ腰かけでと手を引合打連て行。



脇能過て御樂屋に鼓の調太鼓の音。天下泰平繁昌の壽祝ふ直義公。御機嫌


フシ

なゝめならざりける。



若狹助は兼て待師直遲しと御殿の内。奧を窺ふ長袴の紐しめくゝり氣配し。己師 直眞二つと刀のこゐ口息を詰。


フシ

待共しらぬ



師直主從遠目に見付。



是は/\ 若狹助殿。扨々お早い御登城。イヤハヤ我折ました。我等閉口々々。 イヤ閉口序に貴殿に言譯致し。お詫申事が有と。



兩腰くはらりと投出し。



若狹助殿。改めて申さねばならぬ一通。日外鶴が岡で。拙者が申た過言。ヲヽお 腹が立たで有ふ尤じや。がそこをお詫。其時はどふやらした詞の間違でつゐ申た。我 等一生の麁忽。武士がコレ手をさげるまつぴら/\。假令其元が物馴たお人なりやこ そ。外々のうろたへ者で見さつしやれ。此師直眞二つこはや/ \。有やうは其節貴殿の後かげ。手を合して拜ましたアハヽヽ。アヽ年寄とやくたい /\。年にめんじて御免/\。是さ/\武士が刀を投出し手を合す。是程に申のを聞 入ぬ貴公でもないはさ。兎角幾重にも誤り/\。伴内倶々に。



お詫/\と。金がいはする追從とは夢にもしらぬ若狹助。力身し腕も拍子拔。今 更拔にぬかれもせず。ねたば合せし刀の手前指うつむきし思案顏。小柴のかげには本 藏が。 またゝきもせず。


フシ

守りゐる。



ナニ伴内此鹽冶はなぜ遲い。若狹助殿とはきつい違ひ。扨々不行義者。今におい て頬出しせぬ。主が主なれば家老で候とて。諸事に細心の付やつが獨もない。いざ/ \若狹殿御前へ御供致そ。サアお立なされ。サアササア師直め誤つておるぞ。コリヤ 爰なすゐめ/\。すゐ樣め。イヤ若狹助最前から。ちと心惡うござる。マア先へ。何 とした/\腹痛か。コレサ伴内お背/\。お藥しんじよかな。イヤ/\夫程にもござ らぬ。然らば少の内おくつろぎ。御前の首尾は我等がよい樣に申上る。伴内一間へ御 供申せと



主從寄てお輦に迷惑ながら若狹助。是はと思へどぜひなくも奧の一間へ入ければ。 アヽもふ樂じやと。本藏は。天を拜し地を拜し。


フシ

お次の間にぞ扣へ居る。



程もあらさず鹽冶判官。御前へ通る長廊下師直呼かけ遲し/\。



何と心得てござる。今日は正七つ時と。先刻から申渡したでないか。成程遲なは りしは不調法去ながら。御前へ出るはまだ間もあらんと。



袂より文箱取出し。



最前手前の家來が。貴公へお渡し申くれよ。則奧かほよ方より參りしと。



渡せば受取成程/\。



イヤ其元の御内室は扨々心がけがござるは。手前が和歌の道に心を寄るを聞。添 削を頼と有。



定て其事ならんと押ひらき。



さなきだに。おもきが上のさよ衣。わがつまならぬつまな重ねそ。ハア是は新古 今の歌。此古歌に添削とはムヽ。



/\と思案の内。我戀の叶はぬ驗。扨は夫に打明しと思ふ怒をさあらぬ顏。



判官殿。此歌御らうじたで御ざらふ。イヤ只今見ました。ムヽ手前が讀のを。 アヽ貴殿の奥方はきつい貞女でござる。ちよつと遣はさるゝ歌が是じや。つまならぬ つまな重ねそ。アヽ貞女/\。ア其元はあやかり物。登城も遲なはる筈の事。内に計 へばり付てござるによつて。御前の方はお構ないじやと。



當こする雜言過言。あちらの喧嘩の門違とは。判官さらに合點行ず。むつとせし が押しづめ。



ハヽヽヽ是は/\。師直殿には御酒機嫌か。御酒參つたの。いつもらしやつた。 イヤいつ呑ました。御酒下されても呑いでも。勤る所は急度勤る。貴公はなぜ遲かつ たの。御酒參つたか。イヤ内にへばり付てござつたか。貴殿より若狹助殿アヽ格別勤 られます。イヤ又其元の奥方は貞女といひ。御器量と申。手跡は見事。御自慢なされ。 むつとなされなうそはないはさ。今日御前にはお取込。手前迚も同前。其中へ鼻毛ら しい。イヤ是は手前が奧が歌でござる。夫程内が大切なら御出 御無用。惣體貴樣の樣な。内に計居る者を。井戸の鮒じやといふ譬が有。聞ておかし やれ。彼鮒めが僅三尺か四尺の井の内を。天にも地にもない樣に思ふて。不斷外を見 る事がない。所に彼井戸がへに釣瓶に付て上ります。夫を川へ放しやると。何が内に 計居る奴じやによつて。悦んで途を失ひ。橋杭で鼻を打て。即座にびり/\/\/\ と死ます。貴樣も丁ど鮒と同じ事ハヽヽヽ


地フシ

と出ほうだい。



判官腹にすへ兼。



こりやこなた狂氣めさつたか。イヤ氣が違ふたか師直。シヤこいつ。武士をとら へて氣違とは。出頭第一の高師直。ムヽすりや今の惡言は本性よな。くどい/\。又 本性なりやどふする。



ヲヽかうすると拔討に。眞向へ切付る眉間の大疵。是はと沈む身のかはし。烏帽 子の頭二つに切。又切かゝるを拔つくゞりつ逃廻る折もあれ。お次に扣へし本藏走出 て押とゞめ。



コレ判官樣御短慮と。



抱とむる其隙に師直は。舘をさしてこけつ轉びつ逃行ば。己師直眞二つ。放せ本 藏放しやれとせり合内。舘も俄に騒出し。家中の諸武士大名小名。押へて刀もぎ取る やら。師直を介抱やら上を下へと。


三重

[utaChushin] 立さはぐ。



表御門裏御門。兩方打たる舘の騒動挑燈ひらめく大さはぎ。早の勘平うろ/\眼 走歸つて裏御門。碎よ破よと打たゝき大聲上。



鹽冶判官の御内早の勘平主人の安否心元なし爰明てたべ



早く/\と


フシ

呼はつたり。



門内よりも聲高々。



御用あらば表へ廻れ爰は裏門。成程裏門合點。表御門は家中 の大勢早馬にて寄付れず。喧嘩の樣子は何と/\。喧嘩の次第相濟だ。出頭の師直樣 へ慮外致せし科によつて。鹽冶判官は閉門仰付られ。網乘物にてたつた今



歸られしと聞よりハアなむ三寶。お屋敷へと走かゝつてイヤ/\/\。閉門なら ば舘へは猶歸られじと行つ。戻りつ思案最中。こしもとおかる道にてはぐれヤア勘平 殿。



樣子は殘らず聞ました。



こやり何とせうどふせうと


スヱ

取付。歎くを取て突退。



ヱヽめろ/\とほへ頬。コリヤ勘平が武士は捨つたはやい。



もふ是迄と刀の柄コレ待て下され。



こりやうろたへてか勘平殿。ヲヽうろたへた。是がうろたへずに居られふか。主 人一生懸命の場にも有合さず剩。囚人同前の網乘物お屋敷は閉門。其家來は色にふけ り御供にはづれしと人中へ。兩腰さして出られふか爰を放せマヽヽヽ待て下さんせ。 尤じや道理じやが。其うろたへ武士には誰がした。皆わしが心から死る道ならおまへ よりわたしが先へ死ねばならぬ。今お前が死だらばたが侍じやと譽まする。爰をとつ くりと聞分てわたしが親里へ一先來て下さんせ。とゝ樣もかゝ樣も在所でこそ有たの もしい人。もふかう成た因果じやと思ふて女房のいふ事も。聞て下され勘平殿と


スヱ

わつと計に。泣しづむ。



そふじや尤そちは新參なれば委細の事は得しるまい。お家の執權大星由良助殿。 いまだ本國より歸られず。歸國を待てお詫せん。サア



一時成共急がんと身拵へする所へ。



鷺坂伴内家來引連かけ出。



ヤア勘平うぬが主人判官師直樣へ慮外を働き。かすり疵負し科によつて屋敷は閉 門。追付首が飛は知た事。サア腕廻せ。



連歸つてなぶり切覺悟ひろげとひしめけば。



ヤアよい所へ鷺坂伴内。己一羽で食たらねど。勘平が腕の細ねぶか。料理鹽梅く ふて見よ。



イヤ物ないはせそ家來共畏つたと兩方より。捕たとかゝるをまつかせとかいくぐ り。兩手に兩腕捻上はつし。


フシ

/\と蹴返せば。



替つて切込切先を刀の鞘にて丁ど受。廻つてくるを鐺と柄にてのつけにそらし。 四人一所に切かゝるを右と左へ一時に。でんがく返しにばた/\/\と打すへられ。 皆ちり%\に行跡へ。伴内いらつて切かくる引ぱづしそつ首握り。大地へどうどもん どり打せしつかと踏付。



サアどふせうとこつちの儘。突ふか切ふか



なぶり殺しとふり上ぐる刀に縋て。



コレ/\そいつ殺すとお詫の邪魔。



もふよいわいなと留る間に足の下をばこそ/\と。尻に尾のない鷺坂は。命か ら%\


フシ

逃て行。



ヱヽ殘念/\去ながら。きやつをばらさば不忠の不忠。一先夫婦が身を隱し時節 を。待て願ふて見ん。最早明六つ東がしらむ横雲に。ねぐらを離れ飛からす。かはい /\の女夫連道は。急げど跡へ引。主人の御身いかゞぞとあんじ。行こそ


三重

[utaChushin] 浮世なれ