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第十一


柔能剛をせいし弱能強をせいするとは。張良に石公が傳へし秘法なり。鹽冶判官 高定の家臣。大星由良助是を守つて。既に一味の勇士四十餘騎獵船に取乘て。苫ふ か%\と稻村が崎の油斷を頼にて。


フシ

岸の岩根に漕寄て。


コハリ

先づ一番に打上るは。大星由良助義金。二番目は原郷右衞門。第三番目は大 星力彌。


ナヲス

跡に續て竹森喜多八片山源太。先手跡舟段々に烈を亂さず


コハリ

立出る。奥山孫七次田五郎。着たる羽織の合印。いろはにほへと


フシ

と立ならぶ。



勝田早見遠の森。音に聞へし片山源五。大鷲源吾かけやの大槌引さげ/\。



吉田岡崎ちりぬるをわか手は小寺立川甚兵衞。不破前原深川彌次郎。



得たる半弓手挾で。上るは川瀬忠太夫


フシ

空に輝く。大星瀬平。よたれ。そつねならむうゐの。奥村岡野小寺が嫡子。中 村矢島牧平賀やまけふこえて。朝霧の


フシ

立並びたる蘆野や菅野。



千葉に村松村橋傳治。鹽田赤根は長刀構へ。


江戸

中にも磯川十文字。遠松杉野三村の次郎。木村は用意の繼梯子。千崎彌五郎


ナヲス

堀井の彌惣。同彌九郎遊所の酒にゑひもせぬ。


コハリ

由良助が智略にて八尺計の大竹に。弦をかけてぞ持たりける。後陣は矢間十 太郎。遙跡より


ナヲス

身を卑下し。出るは寺岡平右衞門。假名實名袖印


フシ

其數四十六人なり。



鎖袴に黒羽織忠義の胸當。出揃ふ。げに忠臣のかな手本義心の手本義平が家名。



天と河との合詞忘るな兼ての云合。矢間千崎小寺の面々。[segareChushin] 力彌を 始とし表門より入/\/\。郷右衞門と某は裏門より込入て。



相圖の笛を吹ならば時分はよしと乘込よ。取べき首は只一つと。由良助に下知せ られ怒の眼一時に。舘を遙に睨付裏と表へ。


三重

[utaChushin] 別れ行。


フシ

かくとはしらず。



高武藏守師直は。由良助が放埓に心もゆるむ油斷酒。藝子遊女に舞諷はせ。藥師 寺を上客にて身の程しらぬ大騒。果はざこ寢の不行義に前後もしらぬ寢入ばな。非常 を守る番人の


フシ

柝のみぞ殘りける。



表裏一度に手筈を極め。矢間千崎不敵の二人。表門に忍び寄内の樣子を窺へば。 夜廻りと思しき柝遠音をさせば能折と。例の嗜む繼梯子。高塀に打かけ/\雲井迄も とさゝがにの登課せた塀の屋根。早柝の近付音ひらりとおりるを見付し番人。スハ何 者とかけ寄を取て引ぷせ高手小手。よい案内と息をとめ繩先腰に引かけて。柝奪ひか つちかち。役所/\を打廻り窺ひ廻るぞ。


フシ

不敵なる。



早裏門に呼子の笛。時分はよしと兩人は。柝合せて天河と。貫の木はづして大門 をくはらりとひらけば力彌を始め。杉野木村三村の一黨我も/\と込入て。見れば一 面雨戸のかため父が教し雪折は。爰ぞと下知して丸竹に。絃をかけたを雨戸の鴨居。 敷居にはさんで一時に。ひいふう三つの拍子にてかけたる弦をてうど切ば。鴨居はあ がり敷居はさがり雨戸はづれてばた/\/\。そりや乘込と天河の


フシ

聲ひゞかして亂入る。



スハ夜討ぞと松明挑燈裏門よりも込入て。一方は郷右衞門一方は由良助。床几に かゝつて下知をなす。小勢なれ共寄手は今宵必死の勇者。秘術 を盡せば由良助



餘の者に目なかけそ只師直を討取と。



郷右衞門諸共に八方に下知すれば。はやりをの若者共もみ立/\。


三重

[utaChushin] 切結ぶ。



北隣は仁木播磨守南隣は石堂右馬の丞。兩隣より何事かと家の棟に武者を上


フシ

挑燈星のごとくにて。



ヤア/\御屋敷騒動の聲太刀音矢叫び事さはがしく。狼藉か盗賊か。



但非常の沙汰なるか。承り屆けよと。主人申付られしと


フシ

高らかに呼はつたり。



由良助取あへず。



是は鹽冶判官が家來の者共。主君の怨を報はん爲。四十餘人の者共が千變萬化の 戰ひ。かく申は大星由良助原郷右衞門。尊氏御兄弟へお恨なし。元來兩隣仁木石堂殿 へ何の遺恨も候はねば。率爾致さん樣もなし。火の用心は堅く申付たれば。是以て御 用心に及ばぬ事。只穩便に捨置れよ。夫迚も隣家の事聞捨ならず加勢あらば。力なく 一矢仕らんと高聲に答たり。



兩家の人々聞屆御神妙/\。我人主人持たる身は尤斯こそ有べけれ。御用あらば 承はらん挑燈引と一時に。靜返つて扣へける。



一時計の戰ひに寄手は僅二三人。薄手を負たる計にて敵の手負は數しれず。され 共大將師直とおぼしき者もなき所に。足輕寺岡平右衞門。舘の内を飛廻り。



部屋%\は勿論上は天井下は簀子。井の内迄鑓を入てさがせ共師直が行衞知ず。 寢間とおぼきし所を見れば。夜着蒲團の温り。此寒夜にさめざるは逃て間なしと覺へ たり。



表の方が氣づかはしとかけ行を。ヤレ平右衞門待々と。矢 間十太郎重行。師直を 宙に引立てコレ/\何れも。



柴部屋に隱れしを見付出して生捕しと。



聞より大勢花に露いき/\勇で由良助。



ヤレでかされた手柄/\。去ながらうかつに殺すな。假にも天下の執事職。殺す にも禮義有と。



請取て上座にすへ。



我々陪臣の身として。御舘へふん込狼藉仕るも主君の怨を報じたさ。慮外の程御 赦し下され。御尋常に御首を給はるべしと相述れば。



師直も遉のゑせ者わろびれもせず。ヲヽ尤々。



覺悟は兼てサア首取と。



油斷さして拔打にはつしと切引はづして腕捻上。



ハアヽしほらしき御手向ひ。サアいづれも。日比の欝憤此時と。



由良助が初太刀にて四十餘人が聲々に。浮木にあへる盲龜は是。三千年の優曇花 の花を見たりや嬉しやと。踊上り飛上り筐の刀で首かき落し。悦びいさんで舞も有。 妻を捨子に別れ老たる親を失ひしも。此首一つ見ん爲よけふはいか成吉日ぞと。首を 擲つ喰付つ一同にわつと嬉し


フシ

泣理り過て哀なり。



由良助は懷中より亡君の位牌を出し。床の間の卓に乘奉り。師直が首血潮を清め 手向申。兜に入し香をたき


フシ

さすつて。三拜九拜し。



恐ながら。亡君尊靈蓮性院見利大居士へ申上奉。



去御切腹の其折から。跡弔へと下されし九寸五分にて。師直が首かき落し。御位 牌に手向奉る。



草葉のかげにて御請取下さるべしと


スヱ

涙と。倶に禮拜し。



いさ/\御一人づゝ御燒香。先惣大將なれば御自分樣より。イヤ拙者より先 さきへ。矢間十太郎殿御燒香なされ。イヤ/\夫は存も寄ず。 いづれもの手前と申。御贔屓は却て迷惑。イヤ贔屓でござらぬ。四十人餘の衆中が師 直が首取んと。一身を拠中に貴殿一人。柴部屋より見付出し生捕になされたは。よく /\主君鹽冶尊靈の。お心に叶ひし矢間殿。お羨しう存る。何といづれも。御尤に存 まする。夫は何共。ハテ扨刻限が延ます。



然らば御免と


フシ

一の燒香。



二番目は由良殿。いさ御立とすゝむれば。



イヤまだ外に燒香の致し人有。そりや何者誰人と。



とへば大星懷中より碁盤嶋の財布取出し。



是が忠臣二番目の燒香。早の勘平がなれの果。其身は不義の誤りから一味同心も 叶はず。せめては石牌の連中にと女房賣て金調へ。其金故に舅は討れ金は戻され。詮 方なく腹切て相果し。其時の勘平が心嘸無念に有ふ口惜からふ金戻したは由良助が一 生の誤り。不便な最後を遂さしたと。片時忘れず肌放さず。今宵夜討も財布と同道。 平右衞門そちが爲には妹聟。



燒香させよと投やれば。ハヽヽヽヽはつと押戴/\。草葉のかげより嘸有がたう 存ましよ。冥加に餘る仕合と。財布を香爐の上に着。



二番の燒香早の勘平重氏と。



高らかに呼はりし。聲も涙に震はすれば。列座の人も殘念の


フシ

胸も。張裂計なり。



思ひがけなや人馬の音。山谷にひゞく攻太鼓


フシ

鬨をどつとぞ上にける。



由良助ちつ共騒がず。



扨は師直が一家の武士取かけしと覺たり。



罪つくりに何かせんと覺悟の所へ。桃井若挾助おくればせ にかけ付給ひ。



ヤア/\大星。今表門より攻かけたは。師直が弟師安。此所で腹切ては。敵に恐 れしと後代迄の譏。鹽冶殿の御菩提所光明寺へ立退べしと。



仰にはつと由良助。



いか樣最期を遂る共。亡君の墓の前。仰に從ひ立退申さん。御殿頼上ると。



いふ間もあらせずいづくに忍び居たりけん。藥師寺次郎鷺坂伴内。おのれ大星遁 さじと右往左往に討てかゝる。力彌すかさず請ながし/\。



暫時が内は討合しが。はづみを打てうつ太刀に。



袈裟にかけられ藥師寺最期。かはす二の太刀足切れ尾にもつがれず鷺坂伴内。其 儘息はたへにける。



ヲヽ手柄/\と稱美の詞。末世末代傳ふる義臣是もひとへに君が代の。久しき例 竹の葉の榮を。爰に書殘す