University of Virginia Library

第六

三下リ歌

みさき踊がしゆんだる程に。親仁出て見やばゞんつ。ばゞんつれて親仁出 て見やばゞんつ。


ナヲス

麥かつ


フシ

音の在郷歌。



所も名におふ山崎の小百性。與市兵衞が埴生の住家。今は早の勘平が。浪々の身 の隱れ里。女房おかるは


スヱ

寢亂し。髪取上んと櫛箱の。あかつきかけて戻らぬ夫。待間もとけし投嶋田。 ゆふにいはれぬ身の上を誰にか。つげの水櫛に。髪の色艶すきかへし。品よくしやん と結立しは。


フシ

在所に惜き姿なり。



母の齡も杖つきの。野道とぼ/\立歸り。



ヲヽ娘髪結つたか。美しうよう出來た。イヤもふ在所はどこもかも麥秋時分でい そがしい。今も藪際で若い衆が麥かつ歌に。親仁出て見やばゞんつれてとうたふを聞。 親父殿の遲いが氣にかゝり。在郷迄いたれどようなふ影も形も見へぬ。サイナこりや まあどふして遲い事じや。わし一走見て來やんしよ。イヤなふ若い女の一人あるくは いらぬ事。殊にそなたはちいさい時から。在所をあるく事さへ嫌ひで。鹽冶樣へ御奉 公にやつたれど。どふでも草深い所に縁が有やら戻りやつたが。勘平殿と二人居やれ ばおとましい顏も出ぬ。ヲヽかゝ樣のそりや知た事。すいた男と添のじや物。在所は おろか貧しい暮しでも苦にならぬ。やんがて盆に成てと樣出て見やかゝんつ。



かゝんつれてといふ歌の通。



勘平殿とたつた二人。踊見にいきやんしよ。



お前も若い時覺があろと指合くらぬぐはら娘。


フシ

氣もわさ/\と見へにける。



何ぼ其樣に面白おかしういやつても。心の中はの。イヱ/\濟でござんす。主の 爲に祇園町へ。勤奉公に行は兼て覺悟のまへなれど。



年寄てとゝ樣の世話やかしやんすがそりやいやんな。



少身者なれど兄も鹽冶樣の御家來なれば。外の世話する樣にもないと。



親子咄しの


フシ

中道傳ひ。



駕をかゝせて急くるは祇園町の一文字や。爰じや/\と門口から。與市平衞殿内 にかと云つゝはいれば。



是はマア/\遠い所を。ソレ娘たばこ盆。



お茶上ましやと親子して。槌でおいへをはく人やの亭主。



扨夕べは是の親父殿もいかゐ太義。別條なう戻られましたか。ヱヽ扨は親仁殿と 連立て來はなされませぬか。是はしたり。お前へいてから今において。ヤア戻られぬ か。ハテめんよふな。ハア若稻荷前をぶら付て彼玉殿につまゝりやせぬかの。コレ此 中爰へ見にきて極た通。お娘の年も丸五年切。給銀は金百兩。さらりと手を出た。是 の親仁がいはるゝには。今夜中に渡さねばならぬ金有ば。今晩證文を認め。百兩の金 子お借なされて下されと。涙をこぼしての頼故。證文の上で半金渡し。殘りは奉公人 と引かへの契約。何が其五十兩渡すと悦んで戴。ほた/\いふて戻られたはもふ四つ でも有ふかい。夜道を一人金持ていかぬものと留ても聞ず戻られたが。但は道に イヱ/\寄しやる所はなふかゝ樣。ない共/\。殊に一時も早 うそなたやわしに金見せて。悦ばさふ迚いきせきと戻らしやる筈じやに合點がいかぬ。 イヤこれ合點のいくいかぬはそつちの穿鑿。こちはさがりの金渡して。奉公人連てい のと。



懷より金取出し跡金の五十兩。是で都合百兩。



サア渡す受取しやれ。お前夫でも親仁殿の戻られぬ中はなふかる。わがみはやら れぬ。ハテぐず/\と埓の明ぬ。コレぐつ共すつ共いはれぬ與市兵衞の印形。證文が 物いふ。けふから金で買切た體。一日違へばれこ宛違ふ。 地 どふでかふせざ濟まいと手を取て引立る。マア/\待てと取付母親突退はね退。 無體に駕へ押込/\舁上る門の口。鐵砲に蓑笠打かけ戻りかゝつて見る勘平。つか/ \と内に入。



駕の内なは女房共こりやマアどこへ。ヲヽ勘平殿よい所へよう戻つて下さつたと。



母の悦び其意を得ず。



どふでも深い譯があろ。母者人女房共。



樣子聞ふとおいゑの眞中。どつかとすはれば文字の亭主。



ヲウ扨はこなたが奉公人の御亭じやの。譬夫でも何でも。號の夫などゝ脇より違 亂妨申者無之候と。親仁の印形有からはこちらには構はぬ。早う奉公人を受取ふ。 ヲヽ聟殿合點が行まい。兼てこなたに金の入樣子娘の咄しで聞た故。



どふぞ調へて進ぜたいと。いふた計で一錢の宛もなし。



そこで親父殿のいはしやるには。ひよつとこなたの氣に女房賣て金調ようと。よ もや思ふてゞは有まいけれど。若二親の手前を遠慮して居やしやるまい物でもない。いつそ此與市兵衞が聟殿にしらさず娘を賣ふ。まさ かの時は切取するも侍のならひ。女房賣ても恥にはならぬ。お主の益に立る金。調へ ておましたらまんざら腹も立まいと。きのふから祇園町へおり極めにいて今に戻らつ しやれぬ故。親子案じて居る中へ親方殿が見へて。夕べ親仁殿に半金渡し。跡金の五 十兩と引かへに娘を連ていのふといふてなれど。親仁殿に逢ての上と譯をいふても聞 入ず。今連ていなしやる所どふせうぞ勘平殿。是は/\先以て舅殿の心づかひ忝い。 したがこちにもちつとよい事があれ共夫は追て親父殿も戻られぬに女房共は渡されま い。とはなぜに。ハテいはゞ親也判がゝり。尤夕べ半金の五十兩渡されたでも有ふけ れど。イヤこれ京大阪を俣にかけ。女護嶋程奉公人を抱る一文字や。渡さぬ金を渡し たといふて濟物かいの。まだ其上に慥な事が有てや。是の親仁が彼五十兩といふ金を。 手拭ひにぐる/\と卷て懷に入らるゝ。そりやあぶない是に入て首にかけさつしやれ と。おれがきて居る此一重物の嶋のきれで拵へた金財布借たれば。やんがて首にかけ て戻られう。ヤア何と。こなたが着て居る此嶋の切の金財布か。ヲヽてや。あの此嶋 でや。何と慥な證據で有ふが。



聞よりはつと勘平が肝先にひしとこたへ。傍邊に目を配袂の財布見合せば。寸分 違はぬ糸入嶋なむ三寶。扨は夕べ鐵砲で打殺したは舅で有たか。ハアはつと我胸板を 二つ玉で打ぬかるゝよりせつなき思ひ。とはしらずして女房。



コレこちの人そは/\せずと。やる物かやらぬ物か。分別して下さんせ。ヲヽ成 程。ハテもふあの樣に慥にいはるゝからはいきやらずば成まいか。アノとつ樣に逢い でもかへ。イヤ/\親父殿にもけさちよつと逢つたが戻りは知れまい。フウそんなり やとつ樣に逢てかへ。



夫ならそふと云もせでかゝ樣にもわしにも。案じさしてばつかりといふに文字も 圖に乘て。



七度尋て人疑へじや。親仁の有所の知たのでそつちもこつちも心がよい。まだ此 上にも四の五の有ばいや共にでんどざた。マア/\さらりと濟でめでたい。お袋も御 亭も六條參りしてちと寄しやれ。サア/\駕に早うのりや。アイ/\これ勘平殿もふ 今あつちへ行ぞへ。年寄た二人の親達。どふでこな樣のみんな世話。取わけてとつ樣 はきつい持病。氣を付て下さんせと。



親の死目を露しらず。頼むふびんさいぢらしさ。いつそ打明有の儘。咄さんにも 他人有と


スヱテ

心を。いためこたへ居る。



ヲヽ聟殿。夫婦の別れ暇乞がしたかろけれど。そなたに未練な氣も出よかと思ふ ての事であろ。イヱ/\なんぼ別れても。ぬしの爲に身を賣ば悲しうも何共ない。わ しやいさんで行かゝ樣。したがとゝ樣に逢ずに行のが。ヲヽ夫も戻らしやつたらつゐ 逢にいかしやろぞいの。煩はぬ樣に灸すへて。息才な顏見せにきてたも。鼻紙扇もな けりや不自由な。何にもよいか。とばついて怪我仕やんなと。



駕に乘迄心を付さらばや。さらば。何の因果で人並な娘を持。 此悲しいめを見る事じやと。齒を喰しばり泣ければ。娘は駕にしがみ付。泣をしらさ じ聞さじと聲をも。立ずむせかへる。



情なくも駕舁上


フシ

道をはやめて急行。



母は跡を見送り/\。アヽよしない事いふて娘も嘸悲しかろ。



ヲヽこな人わいの。親の身でさへ思ひ切がよいに。女房の事ぐづ/\思ふて。煩 ふて下さんな。此親父殿はまだ戻らしやれぬ事かいのふ。こなた逢たといはしやつた の。アヽ成程。そりやマアどこらで逢しやつて。どこへ別れていかしやつた。されば 別れた其所は。鳥羽か伏見か淀竹田と。



口から出次第めつぱう彌八。種が嶋の六狸の角兵衞。所の狩人三人連。親父の死 骸に蓑打きせて戸板に乘。どや/\と内に入。



夜山仕舞て戻りがけ是の親父が殺されて居られた故。狩人仲間が連てきたと。



聞よりはつと驚く母。何者の所爲。コレ聟殿殺したやつは何者じや敵を取て下さ れのふ。



コレ親父殿/\と。



よべどさけべど


フシ

其かひも泣より。外の事ぞなき。



狩人共口々に。



ヲヽお袋悲しかろ。代官所に願ふて詮義して貰はしやれ。



笑止/\と打連て


フシ

皆々我家へ立歸る。


フシ

母は涙の。隙よりも勘平が傍へ指寄て。



コレ聟殿。よもや/\/\/\とは思へ共合點がいかぬ。なんぼ以前が武士じや 迚。舅の死目見やしやたつたら。恟りも仕やる筈。こなた道で逢た時。金受取はさつ しやれぬか。親父殿が何といはれた。サアいはつしやれ。サア何と。どふも返事は有 まいがの。ない證據はコレ。



爰にと勘平が懷へ手を指入て引出すは。さつきにちらりと見て置た此財布。



コレ血の付て有からは。こなたが親父を殺したの。イヤ夫は。夫はとは。ヱゝわ ごりよはなふ。隱しても隱されぬ天道樣が明らかな。親父殿を殺して取た。其金にや 誰にやる金じや。ムウ聞へた身貧な舅娘を賣た其金を。中で半分くすねて置て。皆や るまいかと思ふて。コリヤ殺して取たのじやな。今といふ今迄も。律義な人じやと思 ふて。欺されたが腹が立つはいやい。ヱヽ爰な人でなし。あんまりあきれて涙さへ出 ぬはいやい。



なふいとしや與市兵衞殿。畜生の樣な聟とはしらず。どふぞ元の侍にしてやりた いと。年寄て夜もねずに京三界をかけあるき。珍材を投打て世話さしやつたも。却て こなたの身の怨と成たるか。



飼かふ犬に手をくはるゝと。ようも/\此樣にむごたらしう殺された事じや迄。 コリヤ爰な鬼よじやよ。とさまをかへせ。親父殿を生て戻せやいと。



遠慮會釋もあら男の。たぶさを掴で引寄/\擲付。づだ/\に切さいなんだ迚是 で何の腹がゐよと。恨の數々くどき立


スヱ

かつぱとふして。泣居たる。



身の誤りに勘平も。五體に熱湯の汗を流し。疊に喰付天罰と。


フシ

思ひ知たる折こそ有れ。



深編笠の侍二人早の勘平在宿をしめさるか。原郷右衞門千崎彌五郎御意得たしと 音なへば。折惡けれ共勘平は。腰ふさぎ脇挾で出迎ひ。



コレハ/\御兩所共に。見苦しき埴生へ御出忝しと。頭をさぐれば郷右衞門。



見れば家内に取込も有そふな。イヤもふ瑣細な内證事。お構 なく共いざ先あれへ。



然らば左樣に致さんとずつと通り座につけば。二人が前に兩手をつき。



此度殿の御大事にはづれたるは。拙者が重々の誤り。申ひらかん詞もなし。何卒 某が科御赦しを蒙り。亡君の御年忌。諸家中諸共相勤る樣に御兩所の御執成



偏に頼奉ると


フシ

身をへり下り述ければ。



郷右衞門取あへず。



先以其方貯なき浪人の身として。多くの金子御石牌料に調進せられし段。由良助 殿甚かんじ入れしが。石牌を營は亡君の御菩提。殿に不忠不義をせし其方の金子を以 て。御石牌料に用ひられんは。御尊靈の御心にも叶ふまじと有て。金子は封の儘相戻 さると。



詞の中より彌五郎懷中より金取出し。勘平が前に指置ば。はつと計に氣も轉動母 は涙と諸共に。



コリヤ爰な惡人づら。今といふ今親の罰思ひ知つたか。皆樣も聞て下され。親父 殿が年寄て後生の事は思はず。聟の爲に娘を賣り。金調へて戻らしやるを待ぶせして。 あの樣に殺して取た金じや物。天道樣がなくばしらず。なんで御用に立物ぞ。



親殺しのいき盗人に。罰を當て下されぬは。神や佛も聞へぬ。



あの不孝者おまへ方の手にかけて。なぶり殺しにして下され。



わしや腹が立はいのと。


スヱ

身を投。ふして泣居たる。



聞に驚き兩人刀追取。弓手馬手に詰かけ/\。彌五郎聲をあらゝげ。



ヤイ勘平。非義非道の金取て。身の料の詫せよとは云ぬぞよ。わがやうな人非人 武士の道は耳に入まい。親同然の舅を殺し金を盗んだ重罪人は。 大身鑓の田樂ざし。拙者が手料理ふるまはんと。



はつたとにらめば郷右衞門。



かつしても盗泉の水を呑ずとは義者のいましめ。舅を殺し取たる金。亡君の御用 金に成べきか。生得汝が不忠不義の根性にて調へたる金を推察有て。つき戻されたる 由良助の眼力天晴/\。去ながら。ハア情なきは此事世上に流布有て。鹽冶判官の家 來早の勘平。非義非道を行ひしといはゞ。汝計が恥ならず。亡君の御恥辱としらざる かうつけ者。左程の事の辨へなき汝にてはなかりしが。いかなる天魔が見入しと。



するどき眼に涙をうかめ事をわけ理をせむれば。たまりて勘平。諸肌押ぬぎ脇指 を。ぬくより早く腹にぐつと突立。



アヽいづれもの手前面目もなき仕合。拙者が望叶はぬ時は切腹と兼ての覺悟。我 舅を殺せし事亡君の御恥辱とあれば一通り申ひらかん。兩人共に聞てたべ。夜前彌五 郎殿の御目にかゝり。別れて歸るくら紛れ山越猪に出合。二つ玉にて打留。かけ寄て さぐり見れば。猪にはあらで旅人。なむ三寶過たり。藥はなきかと懷中をさがし見れ ば。財布に入たる此金。道ならぬ事なれ共天より我にあたふる金と。直にはせ行彌五 郎殿に彼の金を渡し。立歸つて樣子を聞ば。打留たるは我舅。金は女房賣た金。



かほど迄する事なす事。いすかの觜程違ふといふも。武運に盡たる勘平が。身の 成行推量有と


スヱ

血走眼に無念の涙。



子細を聞より彌五郎ずんど立上り。死骸引上打返しムウ/\と疵口改め。



郷右衞門殿是見られよ。鐵砲疵に似たれ共。是は刀でゑぐつた疵。ヱヽ勘平早ま りしと。



いふに手負も見て恟り。


フシ

母も驚く計り也。



郷右衞門心付。



イヤコレ千崎殿。アヽ是にて思ひ當つたり。御自分も見られし通。是へ來る道端 に。鐵砲受たる旅人の死骸。立寄見れば斧定九郎。強慾な親九太夫さへ。見限つて勘 當したる惡黨者。身の彳なき故に。山賊すると聞たるが疑もなく勘平が。舅を討たは きやつが業ヱヽそんなりや。あの親父殿を殺したは。外の者でござりますかへ。ハア はつと。



母は手負に縋り。



コレ手を合して拜ます。年寄の愚痴な心から恨いふたは皆誤り。



こらへて下され勘平殿。必死で下さるなと。泣詫れば顏ふり上。



只今母の疑ひも。我惡名も晴たれば。是を冥途の思ひ出とし。跡より追付舅殿。 死出三途を伴はんと。



突込刀引廻せばアゝ暫く/\。



思はずも其方が舅の敵討たるは。いまだ武運に盡ざる所。



弓矢神の御惠にて。一功立たる勘平。息の有中郷右衞門が密に見する物有と。



懷中より一卷を取出し。さら/\と押ひらき。



此度亡君の敵。高師直を討取んと神文を取かはし。一味徒黨の連判かくのごとし と。



讀も終らず苦痛の勘平。其姓名は誰々成ぞや。



ヲヽ徒黨の人數は四十五人。汝が心底見屆たれば。其方を指加へ一味の義士四十 六人。是を冥途の土産にせよと。



懷中の矢立取出し姓名を書記。



勘平血判



心得たりと腹十もんじにかき切。臟腑を掴でしつかと押。



サア血判仕た。アヽ忝や有がたや。我望達したり。母人歎い て下さるな。舅のさいごも。女房の奉公も。反古にはならぬ此金。一味徒黨の御用金 と。



いふに母も涙ながら。財布と倶に二包二人が前に指出し。



勘平殿の魂の入た此財布。



聟殿じやと思ふて。敵討の御供に


フシ

連てござつて下さりませ。


フシ

ヲヽ成程尤也と郷右衞門金取納め。



思へば/\は此金は嶋の財布の紫摩黄金佛果を得よと云ければ。



アヽ佛果とは穢はし死ぬ/\。魂魄此土にとゞまつて。敵討の御供すると。



云聲も早四苦八苦。母は涙にかきくれながらナフ勘平殿。此事を娘にしらし。せ めて死目に逢してやりたい。



イヤ/\/\親のさいごは格別。勘平が死だ事必しらして下さるな。お主の爲に 賣たる女房。此事聞てぶ奉公せば。お主に不忠するも同然。只其儘に指置れよ。サア 思ひ置事なしと。



刀の鋒咽にぐつと指貫き


フシ

かつぱとふして息絶たり。



ヤアもふ聟殿は死しやつたか。



扨も/\世の中におれが樣な因果な者が又と一人有ふか。親父殿は死しやる頼に 思ふ聟を先立。いとしかはいの娘には生別れ。年寄た此母が一人殘つて是がマア。何 と生て居られふぞ。



コレ親父殿與市兵衞殿。



おれも一所に連ていて下されと。取付ては泣さけび。又立上つてコレ聟殿。母も 倶にと縋付ては伏沈。あちらでは泣こちらでは泣。わつと計にどふど伏。聲をはかり に


フシ

歎しは目も當。られぬ次第なり。



郷右衞門つつ立上り。



ヤアこれ/\老母。歎るゝは理りなれ共。勘平がさいごの樣 子。大星殿に委語り。入用金手渡しせば滿足あらん。



首にかけたる此金は。聟と舅の七々日。四十九日や五十兩。合て百兩百ケ日の追 善供養跡懇に弔はれよさらば/\。おさらばと見送る涙見返る涙涙の。浪の立返る人 も。はかなき 三重。