University of Virginia Library

第十


津の國と和泉河内を引受て。餘所の國迄舟よせる三國一の大湊。堺といふて人の 氣も賢き町に疵もなき。天河屋の義平迚金から金を設溜。見かけは輕く内證は重い暮 に重荷をば。手づから見世でしめくゝり大船の船頭。



是でてうど七竿。



請取ましたと指荷ひ。行も黄昏亭主はほつと。日和もよしよい出船と。いひつゝ たばこきせる筒。


フシ

すい付にこそ入にけれ。



家の世繼は今年四つもりは十九の丸額。親方よりも我遊び。



サア始りじや/\。面白い事/\。なき辨慶のしのだ妻。とうざい/\。


文彌フシ

爰に哀を。とゞめしは。此よし松にとゞめたり。



元來其身は父計。母は去れて。いなれたで。


フシ

泣辨慶と申なり。



コリヤ伊五よ。もふ人形廻しいや/\。嚊さんを呼でくれいやい。ソレ其樣にむ り云しやると。旦那樣にいふてこなはんも追出さすぞ。跡の月からおかまがわれて。 手代は手代で鼠の子か何ぞの樣に。目が明ぬといふて追出し。飯焚は大きな欠したと いふて隙やり。今ではこなはんと。わしと旦那はんと計。どふで此内を拔そけするの かして。ちよこ/\舟へ荷物が行。欠落するなら人形箱持ていこふぞや。イヤ人形廻 しよりおりやもふねたい。アレもふおれ迄をそゝのかす程にの。よござるはおれ が抱て寢てやろ。いやじや。なぜに。われには乳がない物おり やいやじや。アレ又無理いはしやる。こなたが女の子なら。乳よりよい物が有けれど。 何をいふても相聟同士。


フシ

是も涙の種ぞかし。



折節表へ侍二人誰頼ふ義平殿はお宿にかと。いふもひそめく内からつこど。



旦那樣は内に。我等。


サハリ

人形廻しでいそがしい。


ナヲス詞

用があらばはいつた/\。イヤ案内致さぬも無禮。原郷右衞門大星力彌。 密に御意得たいと申ておくりやれ。何じや腹へり右衞門。大喰食や。こりやたまらぬ アレ旦那樣大きなけないどが見へましたと。



叫ぶよし松引連て


フシ

奧へ入ば。



亭主義平。



又あほうめがしやなり聲と。



云つゝ出て。



ヱ郷右衞門樣力彌樣。サアまあ是へ。



御免有と座をしめて郷右衞門。



段々貴公のお世話故萬事相調ひ。由良助もお禮に參る筈なれ共。鎌倉へ出立も今 明日。何角と取込[segareChushin] 力彌を名代として失禮のお斷。是は/\御念の入た 義。急に發足とれば。何角お取込でござりませうに。成程郷右衞門殿の仰 の通。明早々出立の取込。自由ながら私に參りお禮も申。又お頼申た跡荷物も。彌今 晩で積仕廻か。お尋申せと申渡しましてござります。成程お誂の彼道具一まき。段々 大廻しで遣はし。小手脛當小道具の類は。長持に仕込以上七竿。今晩出船を幸船頭へ 渡し。殘るは竊挑燈鎖鉢卷。是は陸荷で跡より遣はす積りでござります。郷右衞門樣 お聞なされましたか。いかゐお世話でござりまする。いか樣主 人鹽冶公の御恩を受た町人も多ござれ共。天河屋の義平は。武士も及ばぬ男氣な者と。 由良殿が見込大事をお頼申されたも尤。併鑓長刀は格別。鎖かたびらの繼梯子のと申 物は常ならぬ道具。お買なさるゝにふしぎは立ませなんだかな。イヤ其義は。細工人 へ手前の所は申さず。手附を渡し金と引かへに仕る故。いづくの誰と先樣には存ませ ぬ。成程尤。次手に力彌めもお尋申ましよ。内へ道具を取込荷物の拵へ御家來中の見 る目はどふしてお忍びなされましたな。ホウ夫も御尤のお尋。此義を頼まれますると。 女房は親里へ歸し。召使は垂邪を付て。段々に隙遣はし。殘るはあほうと四つに成 [segareChushin] 。洩る筋はござりませぬ。扨々驚入ましてござりまする。其旨を親共 へも申聞して安堵させませう。郷右衞門殿お立なされませぬか。いか樣出達に心せき まする。義平殿お暇申ませう。然らば由良助樣へも。宜しう申聞しませう。おさらば。



さらばと引別れ


フシ

二人は旅宿へ立歸る。



表しめんとする所へ此家の舅大田了竹。



ヲツトしめまい宿にかと。



ずつと通つてきよろ/\眼。



是は親仁樣ようこそお出。扨此間は女房そのを養生がてら遣はし置。嘸お世話お 藥でも給まするかな。ア藥も呑まする食も喰ます。夫は重疊。イヤ重疊でござらぬ。 手前も國元に居た時は。斧九太夫殿から扶持も貰ひ相應の身代。今は一僕さへ召使は ぬ所へ。さしてもない病氣を養生さしてくれよと指越れたは。子細こそあらん。が夫 はとも有。生若い女不埓が有ては貴殿も立ず。身共も皺腹でも 切ねばならぬ。所で一つの相談。先世間は隙やり分。暇の状をおこしておいて。ハテ 何時でも爰の勝手に呼戻す迄の事。たつた一筆つい書て下されと。



輕ういふのも物工。一物有と知ながら。いやといはゞ女房を直に戻さん戻りては。 頼まれた人%\へ詞も立ずと取つ置つ思案する程。



いやかどふじや不得心なら此方にも。片時置れず戻すからは此了竹もにじり込。 へたばつて倶に攪いやか應かの返答と。



込付られて遉の義平。工に乘が口惜やと。思へどこちらの一大事見出されてはと かけ硯。取て引寄さら/\と。


フシ

書認め。



是やるからは了竹殿親でなし子でなし。重て足踏お仕やんな。底工有暇の状。弱 身をくふてやるが殘念。持ていきやれと投付れば。



手早く取て懷中し。



ヲヽよい推量。聞ば此間より浪人共が入込ひそめくより。そのめにとへ共しらぬ とぬかす。何仕出そふも知ぬ聟。娘を添して置が氣づかひ。幸去歴々から貰かけられ。 去状取と直に嫁入さする相談。一ぱいまいつて重疊/\。ホウ譬去状なき迚も子迄な したる夫を捨。外へ嫁入する性根なら心は殘らぬ勝手/\。ヲヽ勝手にするは親のこ うけ。今宵の内に嫁らする。ヤア細言はかずと早歸れと。



かたさき掴で門口より。外へ蹴出して跡ぴつしやり。ほう/\起て



コリヤ義平なんぼ掴でほり出しても。嫁らす先から仕拵へ金。温まつて蹴られた りや。どふやら疝氣が直つたと。



口は達者に足腰を撫つさすりつ逃ぼへに。


ヲクリ

つぶやき。[utaChushin] /\立歸る。



月の曇にかげ隱す隣家も寢入亥の刻過。此家をめがけて捕手の人數十手早繩腰挑 燈。灯かげ隱して窺ひ/\犬とおぼしき家來を招。耳打すれば指心得門の戸せはしく 打たゝく。誰じや。/\も及びごし。



イヤ宵にきた大舟の船頭でござる。舟賃の算用が違ふた。ちよつと明て下され。 ハテ仰山な僅な事であろあす來た/\。イヤ今夜うける舟。仕切て貰はにや出されま せぬと。



いふもこは高近所の聞へと。義平は立出何心なく門の戸を。明ると其儘捕た/\。 動くな上意と追立卷。コハ何故と四方八方。眼を配れば捕手の兩人。



ヤア何故とは横道者。儕鹽冶判官が家來大星由良助に頼れ。武具馬具を買調へ大 廻しにて鎌倉へ遣はす條。急召捕拷問せよとの御上意。遁れぬ所じや腕廻せ。是は思 ひも寄ぬお咎。左樣の覺聊なし。



定て夫は人違へといはせも立ず。



ヤアぬかすまい。爭はれぬ證據有。ソレ家來共。



はつと心得持來るは。宵に積だる莞莚荷の長持。見るより義平は心も空。ソレ動 かすなと四方の十手。其間に荷物を切解き。長持明んとする所を。飛かゝつて下部を 蹴退。蓋の上にどつかとすはり。



ヤア麁忽千萬。此長持の内に入置たは。去大名の奥方より。お誂のお手道具。お 具足櫃の笑ひ本。笑ひ道具の注文迄其名を記置たれば。明さしては歴々のお家のお名 の出る事。御覽有てはいづれものお身の上にもかゝりませうぞ。ヤア彌胡亂 者。中々大抵では白状致すまい。ソレ申合せた通。



合點でござると一間へかけ入。一子よし松を引立出。



サア義平。長持の内はとも有。鹽冶浪人一統に堅まり。師直を討密事の段々。儕 能しつつらん。有やうにいへばよし。いはぬと忽[segareChushin] が身の上。



コリヤ是を見よと拔刀。稚き咽に差付られ。はつとは思へど色も變ぜず。



ハヽヽヽヽ女童を責る樣に。人質取ての御詮義。天河屋の義平は男でござるぞ。 子に覊れ存ぜぬ事を。存たとは得申さぬ。曽て何にも存ぜぬ。しらぬ。知ぬといふか ら金輪ならく。憎しと思はゞ其[segareChushin] 。我見る前で殺した/\。テモ胴性骨 の太いやつ。管鑓鐵砲鎖かたびら。四十六本の印迄調へやつたる儕が。知ぬといふて いはしておこふか。白状せぬと一寸樣一分刻に刻むが何と。ヲヽ面白い刻れう。武具 は勿論。公家武家の冠烏帽子。下女小者が藁沓迄。買調へて賣が商人。それふしぎ迚 御詮義あらば。日本に人種は有まい。一寸試も三寸繩も。商賣故に取るゝ命。惜いと 思はぬサア殺せ。[segareChushin] も目の前突/\/\。



一寸試は腕から切か胸から裂か。肩骨背骨も望次第と。指付突付我子をもぎ取。 子に覊れぬ性根を見よと。しめ殺すべき其吃相。



ヤレ聊爾せまい義平殿。暫し/\と長持より。



大星由良助よし金。立出る體見て恟り。捕手の人%\一時に。十手捕繩打捨て


フシ

遙。さがつて座をしむる。



異義を正して由良助義平に向ひ手をつかへ。



扨々驚入たる御心底。



泥中の蓮。砂の中の金とは貴公の御事。さもあらんさもそ ふづと。見込で頼んだ一大事。此由良助は微塵聊。お疑ひ申さね共。



馴染近付でなき此人%\。四十人餘の中にも。天河屋の義平は生れながらの町人。 今にも捕られ詮義にあはゞ。いかゞあらん。何とかいはん。殊に寵愛の一子も有ば。 子に迷ふは親心と評義區々。案じに胸も休まらず。



所詮一心の定めし所を見せ。古傍輩の者共へ安堵させん爲。せまじき事とは存な がら右の仕合。麁忽の段はまつぴら/\。



花は櫻木。人は武士と申せ共。



いつかな/\武士も及ばぬ御所存。百萬騎の強敵は防共。左程に性根はすはらぬ 物。貴公の一心をかり受我々が手本とし。敵師直を討ならば譬。巖石の中に籠り。鐵 洞の内に隱るゝ共やはか仕損じ申べき。



人有中にも人なしと申せ共。町家の中にも有ば有物。



一味徒黨の者共の爲には。生土共。氏神共尊奉らずんば。御恩の冥加に。盡果ま せう。



靜謐の代には賢者も顯はれず。ヘヱヽ惜いかな


地フシ

悔しいかな。



亡君御存生の折ならば。一方の籏大將。一國の政道。お預け申た迚惜からぬ御器 量。



是に並ぶ大鷲文吾矢間重太郎を始め。小寺高松堀尾板倉片山等潰し眼を開かする。



妙藥名醫の心魂。有がたし/\とさすつて三拜人々も。ぶ骨の段眞平と疊に。頭 を摺付る。



ヤレ夫は御迷惑。お手上られて下さりませ。惣體人と馬には。乘て見よ添て見よ と申せば。お馴染ないお旁は氣づかひに思召も尤。私元は輕い者。お國の御用承はつ てより。經上つた此身代。判官樣の樣子承はつて倶に無念。何 卒此恥辱雪やうはないかと。りきんで見ても秦龜のじだんだ。及ばぬ事と存た所へ。 由良助樣のお頼こそ心得たと向ふ見ず。倶にお力付る計。



情ないは町人の身の上。手一合でも御扶持を戴ましたらば。此度の思し立。袖つ まに取付て成共お供申。いづれも樣へ息つぎの。茶水でも汲ませうに。



夫も叶はぬは。よく/\町人はあさましい物。是を思へばお主の御恩。刀の威光 は有がたい物。



それ故にこそお命捨らるゝ。御羨しう存まする。猶も冥途で御奉公。お序に義平 めが。志もお執成とあつき詞に人%\も。思はず涙催して奧齒噛割計也。



由良助取あへず。



今晩鎌倉へ出立。本望遂るも百日とは過すまじ。承はれば御内證迄省給ふ由重々 のお志。追付夫も呼返させ申さん。



御不自由も今暫く。


フシ

早お暇と立上る。



ヤレ申さばめで度旅立。いづれも樣へも御酒一つ。



いや夫は。ハテ扨祝ふて手打の蕎麥切。ヤ手打とは吉相。然らば大鷲矢間御兩人 は跡に殘。先手組の人%\は。郷右衞門力彌を誘ひ。佐田の森迄お先へ。



いざこなたへと亭主が案内。お辭義は無禮と由良助


ヲクリ

二人を。[utaChushin] 伴ひ入月と。


フシ

又出る月と。二つの輪の親と夫との中に立。


長地

おそのは一人挑燈くらき思ひも。子故の闇。あやなき門を打たゝき。



伊五よ/\と呼聲が。



寢耳にふつとあほうはかけ出。



おれ呼だは誰じや。化生の者か迷ひの者か。イヤそのじや爰明てくれ。そふいふても氣味が惡い。必ばあといふまいぞと。



云つゝ門の戸押ひらき。



ヱヽおゑさんかようごんしたの。一人あるきをするとナ。病犬が噛ぞへヲヽ犬に 成共かまれて死だら。今の思ひは有まいに。おりや去れたはいやい。どんな事になら んしたなア。旦那殿はねてか。イヽヱ。留守か。イヽヱ。何の事じやぞやい。何の事 やらわしもしらぬが。宵のくちに猫が鼠を取たかして。とつた/\と大勢來たが。ち やつとおれは蒲團かぶつたればつゐ寢入た。今其わろ達と奧で酒盛ざゞんざやつてゞ ござんす。ハテ合點のいかぬそふしてぼんはねたか。アイ是はようねてゞござんす。 旦那殿とねたか。イヽヱ。われとねたか。イヽヱ。つゐ一人ころりと。なぜ伽してね さしてくれぬ。夫でもわしにも旦那樣にも。乳がないといふて泣てばつかり。ヘヱヽ 可愛やそふであろ/\。



夫ばつかりがほんの事と


フシ

わつと泣出す門の口。空にしられぬ


フシ

雨の足かはく。袂もなかりける。



ヤイ/\伊五めどこにおると。



呼立出る主の義平。アイ/\爰にとかけ入跡。尻目にかけてたわけめが。



奧へいて給仕ひろげと。呵追やり門の戸を。さすを押へて。



コレ旦那殿。いふ事が有爰明て。



イヤ聞事もなしいふ事も。内證一つの畜生め。穢はしいそこのこふ。



イヤ親と一所でない證據。それ見て疑ひ晴てたべと。



戸の透よりも投込一通。拾ひ取間に付込女房。夫は書物一目見て。



コリヤ最前やつた暇の状。是戻してどふするのじや。どふ するとは聞へませぬ。親了竹が惡工は。常からよう知ての事。譬どの樣な事有迚。な ぜ隙状をくだんした。



持て戻ると嫁らすと。思ひも寄ぬ拵。嬉しい顏で油斷させ涕紙袋の去状を。盗で わしは逃て來ました。お前はよし松可愛ないか。去てあの子を繼母に。かける氣かい の胴慾なと。すがり歎けば。



ヤア其恨は逆ねぢ。此内をいなす折。云ふくめたを何と聞た。樣子有て其方に隙 やるでなし。暫の内親里へ歸つて居よ。舅了竹は。元九太夫が扶持人。



心とけねば子細はいはぬ。病氣の體にもてなし。起臥も自由にすな。櫛も取なと 云付やつたをなぜ忘れた。



さんばら髪で居者を。嫁にとろとは云ぬはやい。



何の儕がよし松がかはいかろ。



晝は一日あほうめが。だましすかせど夜に成と。嚊樣/\と尋おる。かゝは追付。 もふ爰へと。



だましてねさせどようねいらず。呵てねさそと擲付。こはい顏すりや聲上ず。



しく/\泣ておるを見ては。身ふしが碎てこたへらるゝ物じやない。



是を思へば親の恩子を持てしるといふ。不孝の罰と我身をば。悔んで夜と倶


フシ

泣明す。



夕べも三度抱上て。もふ連ていこ。抱ていこと。門口迄出たれ共。一夜で湛納す るでもなし。五十日隙どろやら。百日隔ておこふやら。知ぬ事に馴染しては。跡の難 義と五町三町。



ゆぶりあるいて擲付。ねさしてはそつとこかし。我肌付れば現にも。乳をさがし てしがみ付。わづかな間の別れでさへ。戀こがるゝ物一生を。引わけふとは 思はね共。



是非に及ばず暇の状。了竹へ渡せしを。内證にて受取ては。親の赦さぬ不義の科。 心よからず持て歸れ。是迄の縁。約束事。死だと思へば事濟むと。



切離よき男氣は。常をしる程


フシ

猶悲しく。



此家に居るとお前が立ず。内へいぬると嫁らにやならず。



悲しい者はわたし一人。



是が別れにならふも知ぬ。



よし松をおこしてちよつと逢して下さんせ。



イヤそれならぬ。今逢て今別るゝ其身。跡の思ひが猶不便な。



わけて今宵はお客も有。くど/\いはずと早くおいきやれ。夫でもちよつとよし 松に。



ハテ扨未練な。跡の難義を思はずやと。



むりに引立去状も。倶に渡して門先へ心強くも突出し。



子がかはゆくば了竹へ詫言立て春迄も。かくまひ貰はゞ思案もあらん。



それ叶はずば是限りと門の戸しめて内


フシ

に入。



ノウ夫が叶ふ程なれば。此思ひはござんせぬ。つれないぞや我夫。



科もない身を去のみか。我子に迄逢さぬは。あんまりむごい胴慾な。



顏見る迄はなんぼでも。いなぬ/\と門打たゝき。



情じや。慈悲じや。爰明て。



寢顏成共見せてたべ。コレ手を合せ拜ます。むごいわいのと


フシ

どふどふし前後。不覺に泣けるが。



ハア恨むまい歎くまい。



なま中に顏見たら。かゝ樣かと取付て。離しもせまいし離も成まい。



今宵いぬれば今宵の嫁入。あす迄待れぬわしが命。さらばでござるさらばやと。 いふては戸口へ耳を寄。若や我子が聲するか。顏でも見せてくれるかと。窺ひ聞 ど音もせず。ハアヽぜひもなや是迄と思ひ切てかけ出す向ふへ。 目計出した大男道をふさいで引とらへ。是はといふ間も情なやすらりと拔て島田わげ。 根よりふつつと切取て懷迄を引さらへ。いづく共なく逃行し


ハヅミフシ

無法無息ぞ是非もなき。



ノウ憎や腹立や。何者かむごたらしう髪切て。書た物迄取ていんだ。櫛かうがい の盗人なら。いつそ殺して/\と泣さけぶ。聲に驚義平は思はずかけ出しが。ハア爰 が男の魂の亂口よと喰しばり。ためらふ中に奧よりも。



御亭主/\。



義平殿と立出る由良助。



段々御深切の御馳走。お禮は鎌倉より申越ん。猶跡荷物の義。早飛脚を以てお頼 申。夜の明ぬ中早お暇。いか樣。今暫し共申されぬ刻限。道中御堅勝で。御吉左右を 相待まする。着致さば早速書翰を以ておしらせ申そふ。返す%\も此度のお世話。詞 でお禮は云盡されませぬ。ソレ矢間大鷲御亭主へ置土産。



はつと文吾十太郎。扇を時の白臺と乘て出たる一包。



是は貴公へ是は又。御内室おその殿へ。



左少ながらと指出す。



義平はむつと顏色かはり。



詞でいはれぬ禮と有ば。イヤコレ禮物受ふと存じ。命がけのお世話は申さぬ。町 人と見侮り。小判で耳で面はるのか。イヤ我々は娑婆の暇。貴殿は殘る此世の宿縁。 御臺かほよ御前の義も御頼申さん爲。



寸志計と云殘し。


フシ

表へ出れば猶むつと。



性根魂を見ちがへたか。踏付た仕方あたいま/\し。



穢はしと包し進物蹴飛せば。包ほどけて内よりばらり女房かけ寄。



コレ是はわしが櫛かうがい切れた髪。ヤア/\/\此一包は去状。ホイ扨は最前 切たのは。ホウ此由良助が大鷲文吾を裏道より廻らせ。根よりふつつと切した心は。 いかな親でも尼法師を。嫁らそふ共いふまいし。嫁に取者は猶有まい。其髪の延る間 も凡百日。我々本望遂るも百日は過さじ。討課せた後めで度祝言。其時には櫛かうが い。其切髪を添に入。



かうがい髷の三國一先夫迄は尼の乳母。



一季半季の奉公人。其肝煎は大鷲文吾同矢間十太郎。



此兩人が連中へ大事は洩ぬといふ請判。由良助は冥途から仲人致さん義平殿。



ハアヽ重々のお志。お禮申せ女房。



わたしが爲には命の親。



イヤお禮に及ばず。返禮と申も九牛が一毛。義平殿にも町人ならずば。倶に出達 とのお望幸かな。兼て夜討と存れば。敵中へ入込時。貴殿の家名の天河屋を直に夜討 の合詞。天とかけなば河とこたへ。



四十人餘の諸共が。天よ。河よと申なら。



貴公も夜討にお出も同前。義平の義の字は義臣の義の字。平はたいらか輙く本望。



早お暇と。立出る。末世に天を山といふ。由良助が孫呉の術。忠臣藏共いひはや す。娑婆の言葉の定めなきわかれ別れて。


三重

[utaChushin] いでゝゆく