University of Virginia Library

第五


鷹は死ても穗はつまずと譬に洩ず入月や。日數も積る山崎の邊に近き佗住居。早 の勘平若氣の誤り世渡る望姓細道傳ひ。此山中の鹿猿を打て商ふ種が島も。用意に持 や袂迄鐵砲雨のしだらでん。唯水無月と白雨の。晴間を


フシ

爰に松のかげ。



向ふより來る小挑燈是も昔は弓張


ヲクリ

の灯火。けさじ濡さじと。合羽の裾に大雨を凌て急ぐ夜の道。



イヤ申/\。率爾ながら火を



一つ御無心と立寄ば。旅人もちやくと身構し。



ムヽ此街道は無用心としつて合點の一人旅。見れば飛道具の一口商。



ゑこそはかさじ出なをせと。びくと動ば一討と。


フシ

眼をくばれば。



イヤア成程。盗賊とのお目違ひ御尤千万。我等は此邊の狩人なるが。先程の大雨 にほくちもしめり難義至極。サア鐵砲を夫へお渡し申。



自身に火を付御借と。他事なき詞顏付を。きつと眺て。和殿は早の勘平ならずや。 さいふ貴殿は千崎彌五郎。是は堅固で御無事でと。



絶て久敷對面に。主人のお家没落の。胸に忘れぬ無念の思ひ


スヱ

互に。拳を握り合。



勘平は指うつむき。暫し詞もなかりしが。



ヱヽ面目もなき我身の上。古傍輩の貴殿にも。



顏も得上ぬこの仕合。武士の冥加に盡たるか。



殿判官公のお供先。お家の大事おこりしは是非に及ばぬ我不運。其場にも有合せ ず。御屋敷へは歸られず所詮。時節を待て御詫と。思ひの外の御切腹なむ三寶。皆師 直めがなす業。せめて冥途の御供と刀に手はかけたれど。



何を手柄に御供と。どの頬さげていひ譯せんと心を碎く折から。



密に樣子承はれば。由良殿御親子郷右衞門殿を始めとして。故殿の欝憤散ぜん爲。 寄々の思召立有との噂。我等迚も御勘當の身といふでもなし。手がゝり求め由良殿に 對面とげ。御企の連判に御加へ下さらば



生々世々の面目。貴殿に逢も優曇花の。花を咲せて侍の一分立て給はれかし。古 傍輩のよしみ武士の情。お頼申と兩手をつき。先非を悔し男泣


フシ

理り。せめて不便なる。



彌五郎も傍輩の悔道理とは思へ共。大事をむざと明さじと。



コレサ/\勘平。はて扨。お手前は身の言譯に取まぜて。御企のイヤ連判などゝ は何の譫言。左樣の噂かつてなし。某は由良殿より郷右衞門殿へ急の使。先君の御廟 所へ。御石牌を建立せんとの催し。併し我々迚も浪人の身の上。是こそ鹽冶判官殿の 御石塔と。末の世迄も人の口のはにかゝる物故。御用金を集る其御使。先君の御恩を 思ふ人を撰出す爲。わざと大事を明されず。先君の御恩を思はゞナヽ。合點か/\と。



石牌になぞらへ大星の。工を餘所にしらせしは。


フシ

げに傍輩のよしみなり。



ハアヽ忝い彌五郎殿。成程石牌といひ立。御用金の御拵有事とつくに承はり及び。 某も何とぞして用金を調へ。それを力に御詫と心は千々に碎け共彌五郎殿。恥しや主 人の御罰で今此ざま。誰にかうとの便もなし。され共かるが親。與市兵衞と申はたの もしい百性。我々夫婦が判官公へ。不奉公を悔歎き。何とぞして元の武士に立返れと。



おぢうば共に歎悲しむ。是幸御邊に逢し物語。段々の子細を語り。元の武士に立 かへると云聞さば。纔の田地も我子の爲何しにいなはゑもいはじ。御用金を手がゝり に郷右衞門殿迄お取次。一人頼存ると餘義なき詞にムヽ成程。



然らば是より郷右衞門殿迄右の譯をも咄し。由良殿へ願ふて見ん。明々日は必急 度御返事。則郷右衞門殿の旅宿の所書と。



渡せば取て押戴。重々の御世話忝し。



何とぞ急に御用金を拵へ。明々日お目にかゝらん。某が有家お尋あらば。此山崎 の渉場を左へ取。與市兵衞とお尋有ば。早速相しれ申べし。夜ふけぬ内に早くも御出。 コレ此行先は猶物騒。隨分ぬかるな合點/\。石牌成就する迄は。蚤にもくはさぬ此 體。御邊も堅固で。御用金の便を待ぞ。



さらば/\と兩方へ。


ヲクリ

立別。/\[utaChushin] れてぞ急行。



又もふりくる雨の足人の足音とぼ/\と。道は闇路に迷はねど子故の闇につく杖 も。すぐ成心堅親仁一筋道の後から。



ヲヽイ/\親仁殿。



よい道連と呼はつて。斧九太夫がせがれ定九郎。身の置所白浪や。此街道の夜働。


フシ

だん平物を落し指。



さつきにから呼聲が。貴樣の耳へはいらぬか。此物騒な街道を。よい年をして太 膽/\。



連にならふと向ふへ廻り。きよろ付目玉ぞつとせしが遉は老人。



是は/\お若いに似ぬ御奇特な。私もよい年をして。一人旅はいやなれど。サア いづくの浦でも金程太切な物はない。去年の年貢に詰り。此中から一家中の在所へ無 心にいたれば。是もびたひらなか才覺ならず。埓の明ぬ所に長居はならず。すご/\ 一人戻る道と。



半分いはさずヤイやかましい。



有樣が年貢の納らぬ其相談を聞にはこぬ。コレ親仁殿。おれがいふ事とくと聞し やれや。マアかうじやは。こなたの懷に金なら四五十兩のかさ。嶋の財布に有のを。 とつくりと見付てきたのじや。借て下され。男が手を合す。定て貴樣も何ぞ詰らぬ事 か。子が難義に及ぶによつてといふ樣な。有格な事じやあろけれど。おれが見込だら ハテしよことがないと諦て。借て下され



/\と懷へ手を指入引ずり出す嶋の財布。



アヽ申夫は。



夫はとは。是程爰に有物と。



引たくる手に縋り付。



イヱ/\此財布は跡の在所で草鞋買迚。端錢を出しましたが。跡に殘るは晝食の 握飯。霍亂せん樣にと娘がくれた和中散。反魂丹でござります。お赦しなされ下さり ませと。



ひつたくり逃行先へ立廻り。



ヱヽ聞分のない。むごい料理するがいやさに。手ぬるういへば付上る。サア其金 爰へ蒔出せ。遲いとたつた一討と。



二尺八寸拜打なふ悲しやといふ間もなくから竹わりと切付る。 刀の廻りか手の廻りか。はづれる拔身を兩手にしつかと掴付。



どふでもこなた殺さしやるの。ヲヽ知た事。金の有のを見てするしごと。小言は かずと



くたばれと。肝先へ指付れば。



マヽヽヽマア待て下さりませ。ハア是非に及ぬ。成程/\。是は金でござります。 けれ共此金は。私がたつた一人の娘がござる。其娘が命にもかへぬ。大事の男がござ りまする。其男の爲に入金。ちと譯有事故浪人して居まする。娘が申まするは。あの お人の浪人も元はわし故。何とぞして元の武士にしてしんぜたい/\と。嚊とわしと へ毎夜さ頼。ア身貧にはござりまする。どうもしがくの仕樣もなく。ばゞといろ/\ 談合して。娘にも呑込せ。聟へは必さたなしとしめし合せ。本に/\親子三人が血の 涙の流れる金。夫をお前に取れて娘は何と成ませう。コレ拜ます助て下されませ。お 前もお侍の果そふなが。武士は相身互。此金がなければ。娘も聟も人樣に顏が出され ぬ。たつた一人の娘に連添聟じや物。不便にござるかはいござる。了簡してお助なさ れて下さりませ。ヱヽお前はお若いによつてまだお子もござるまいが。やんがてお子 を持て御らうじませ。親仁がいひおつたは尤じやと思召て。此場を助さしやつて下さ りませ。マア一里行ば私在所。金を聟に渡してから殺されましよ。申/\娘が悦ぶ顏 見てから死たうござります。コレ申アヽ。あれ。/\。/\と



呼はれど跡先遠く


フシ

山彦の谺に。哀催せり。



ヲヽ悲しいこつちやは。まつととこぼへ。ヤイ耄め。其金で おれが出世すりや。其惠でうぬが[segareChushin] も出世するはやい。人に慈悲すりや惡うは報はぬ。アヽかはいやと。



ぐつとつく。うんと手足の七轉八倒。のたくり廻るを脚にて蹴返し。



ヲヽいとしや。いたかろけれどもおれに恨はないぞや。金がありやこそ殺せ。金 がなけりや何のいの。金が敵じやいとしぼや。南無阿彌陀。南無妙法蓮花經。



どちらへ成とうせおろと。刀もぬかぬ芋ざしゑぐり。草葉も朱に置露や。年も六 十四苦八苦


フシ

あへなく息は絶にけり。



しすましたりと件の財布。くらがり耳の掴讀。



ヒヤ五十兩。ヱヽ久しぶりの御對面。



忝しと首にひつかけ死骸を直に谷底へ。はね込蹴込泥まぶれ。はねは我身にかゝ る共しらず立たる後より。逸散にくる手負猪是はならぬと身をよぎる。かけくる猪は 一もんじ。


コハリ

木の根岩角踏立けたて鼻いからして泥も草


ナヲス

木も一まくりに飛行ば。あはやと見送る定九郎が。背骨をかけてどつさりと あばらへ拔る二つ玉。うん共ぎやつ共いふ間なく。ふすぼり返りて死たるは


フシ

心地よくこそ見へにけれ。



猪打とめしと勘平は。鐵砲提爰かしこさぐり廻りて扨こそと。引立れば猪にはあ らず。



ヤア/\こりや人じやなむ三寶。



仕損じたりと思へどくらき眞の闇。誰人成ぞと問れもせず。まだ息あらんと抱起 せば手に當る金財布。掴で見れば四五十兩。天のあたへと押戴/\。猪より先へ逸散 に飛ぶがごとくに


三重

/\[utaChushin] 急ぎける