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  年若 としわか い駅員が、

「貴方がたは?」

 と言った。

 乗り余った黒山の群集も、三四輛立続けに来た電車が、泥まで綺麗に さら ったのに、まだ待合所を出なかった女二人、(別に一人)と宗吉をいぶかったのである。

 宗吉は言った。

「この御婦人が御病気なんです。」

 と、やっぱり、けろりと 仰向 あおむ いている緋縮緬の女を、 外套 がいとう ひじ かば って言った。

 駅員の去ったあとで、

唯今 ただいま 、自動車を差上げますよ。」

 と宗吉は、優しく顔を のぞ きつつ、丸髷の女に瞳を返して、

「巣鴨はお見合せを願えませんか。……きっと御介抱申します。 わたくし はこういうものです。」

 なふだに医学博士――秦宗吉とあるのを見た時、……もう一人居た、 散切 ざんぎり で被布の女が、P形に直立して、Zのごとく敬礼した。これは附添の 雑仕婦 ぞうしふ であったが、――博士が、その従弟の細君に似たのをよすがに、これより さき 、丸髷の女に ことば を掛けて、その人品のゆえに人をして疑わしめず、 つれ は品川の某楼の女郎で、気の狂ったため巣鴨の病院に送るのだが、自動車で行きたい、それでなければ いや だと言う。そのつもりにして、すかして電車で来ると、ここで自動車でないからと言って、何でも下りて、すねたのだと言う。……丸髷は某楼のその娘分。女郎の本名をお千と聞くまで、――この雑仕婦は 物頂面 ぶっちょうづら して にら んでいた。

 不時の回診に驚いて、ある日、その助手たち、その白衣の看護婦たちの、ばらばらと急いで、しかも、静粛に駆寄るのを、 おもむ ろに、左右に辞して、医学博士秦宗吉氏が、

「いえ、個人で見舞うのです……皆さん、どうぞ。」

 やがて博士は、特等室にただ一人、膝も胸も、しどけない、けろんとした狂女に、何と……手に 剃刀 かみそり を持たせながら、 臥床 ベッド ひざまず いて、その胸に額を埋めて、ひしと すが って、 潸然 さんぜん として泣きながら、 微笑 ほほえ みながら、身も世も忘れて愚に返ったように、だらしなく、涙を ひげ に伝わらせていた。

大正九(一九二○)年五月