University of Virginia Library

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 宗吉が夜学から、 徒士町 おかちまち のとある裏の、空瓶屋と 襤褸屋 ぼろや の間の、貧しい下宿屋へ帰ると、 引傾 ひきかし いだ 濡縁 ぬれえん づきの六畳から、男が一人 摺違 すれちが いに出て くと、お千さんはパッと障子を開けた。が、もう床が取ってある……

 枕元の火鉢に、はかり炭を継いで、目の破れた金網を はす に載せて、お千さんが 懐紙 ふところがみ であおぎながら、 豌豆餅 えんどうもち を焼いてくれた。

 そして熱いのを口で吹いて、嬉しそうな宗吉に、浦里の話をした。

 お千は、それよりも美しく、雪はなけれど、ちらちらと散る花の、小庭の 湿地 しけち の、石炭殻につもる 可哀 あわれ さ、痛々しさ。

 時次郎でない、 頬被 ほおかぶり したのが、黒塀の外からヌッと覗く。

 お千が 脛白 はぎしろ く、はっと立って、障子をしめようとする目の前へ、トンと下りると、つかつかと縁側へ。

「あれ。」

「おい、気の毒だがちょっと用事だ。」

 と袖から蛇の首のように 捕縄 とりなわ をのぞかせた。

 膝をなえたように きながら、お千は宗吉を 背後 うしろ に囲って、

「……この人は……」

「いや、小僧に用はない。すぐおいで。」

「宗ちゃん、……朝の御飯はね、煮豆が買って ふた ものに、…… 紅生薑 べにしょうが と……紙の おおい がしてありますよ。」

 風俗係は草履を片手に、もう入口の ふすま を開けていた。

 お千が 穿 はき ものをさがすうちに、風俗係は、内から、戸の錠をあけたが、軒を出ると、ひたりと腰縄を打った。

 細腰はふっと消えて、すぼめた肩が、くらがりの柳に浮く。

 ……そのお千には、もう とう に、羽織もなく、下着もなく、 はだえ ただ白く しま の小袖の えたるのみ。

 宗吉は、 跣足 はだし で、めそめそ泣きながら後を追った。

 目も心も 真暗 まっくら で、町も処も覚えない。 さっ と一条の冷い風が、電燈の細い光に桜を誘った時である。

「旦那。」

 とお千が 立停 たちど まって、

「宗ちゃん――宗ちゃん。」

 振向きもしないで、うなだれたのが、気を感じて、眉を優しく振向いた。

「…………」

「姉さんが、魂をあげます。」―― 辿 たど りながら折ったのである。……懐紙の、白い折鶴が にあった。

「この飛ぶ処へ、すぐおいで。」

 ほっと吹く息、 薄紅 うすくれない に、折鶴はかえって 蒼白 あおじろ く、 花片 はなびら にふっと乗って、ひらひらと空を舞って行く。……これが落ちた おおき な門で、はたして宗吉は拾われたのであった。

 電車が上り下りともほとんど同時に来た。

 宗吉は身動きもしなかった。

 と見ると、 丸髷 まるまげ の女が、その 緋縮緬 ひぢりめん そば と寄って、いつか、肩ぬげつつ裏の すべ った 効性 かいしょう のない羽織を、上から引合せてやりながら、

「さあ、来ました。」

「自動車ですか。」

 と目を みは

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ったまま、緋縮緬の女はきょろんとしていた。