University of Virginia Library

月の兎

天雲のむか伏すきはみ
たにぐくのさ渡る限り
國はしもさはに有れども
里はしも數多あれども
御佛の生れます國の
あきかたの其の古の
事なりき猿と兎と
狐とが言をかはして
朝には野山にかけり
夕には林に歸り
かくしつつ年のへぬれば
ひさがたの天のみことの
きこしめし僞誠
しらさんと旅人となりて
あしびきの山行き野行き
なづみ行きをし物あらば
給へとて尾花折り伏せ
憩ひしに猿は林の
ほづえより木の實をつみて
まゐらせり狐はやなの
あたりより魚をくはへて
來りたり兎は野べを
走れども何もえせずて
有りしかばいましは心
もとなしと戒めければ
はかなしや兎うからを
たまくらく猿は柴を
折て來よ狐はそれを
焚きてたべまけのまに/\
なしつれば炎に投げて
あたら身を旅人のにへと
なしにけり旅人はこれを
見るからにしなひうらぶれ
こひまろび天を仰ぎて
よよと泣き土にたふれて
ややありて土うちたゝき
申すらくいまし三人の
友だちに勝り劣りを
いはねども我れは兎を
愛ぐしとて元の姿に
身をなしてからを抱へて
ひさがたの天つみ空を
かき分けて月の宮にぞ
葬りけるしかしよりして
つがの木のいやつぎ/\に
語りつぎ言ひつぎ來り
ひさがたの月の兎と
言ふことはそれが由にて
ありけりと聞く我れさへに
白たへの衣の袖は
とほりて濡れぬ