University of Virginia Library

2.2. 分里數女

町人のすゑ/\迄脇指といふ物さしけるによりて。云分喧嘩もなくておさまりぬ。 世に武士の外刃物さす事ならずは。小兵なる者は大男の力のつよきに。いつとても嫐 れものになるべき。一腰おそろしく人に心を置によりて。いかなる闇の夜も獨は通る ぞかし。傾城はうは氣なる男をすけるによりて。小尻とがめ出來達にして命のはつる をも更に覺えず。我女郎なれば迚義理には身を捨る事。其座はさらじと明暮思ひ極め しに。是程身のかなしきにも相手なしには死れぬ物ぞ。自大夫から天神におろされけ るさへ口惜かりしに。今又十五になされ勤めけるに。むかしの氣立入替り萬事其時の 心になる物ぞかし。はじめてのお客と呼にくるとひとつも賣を仕合に。其男見にやる 迄もなくもし又入ぬとてへんがへせられては。けふの隙日のせつなさに取いそぎゆく さへ。揚屋の男目が耳こすりいふは十五位の女郎は。人やるといなや使とつれてくる 人をよべ。惡女郎のくせに身拵へそれだけそんじやは。十八匁の物を九匁も人が出す にこそと聲高にわめくもつらし。内義も見ぬ皃して言葉をも掛られず。手持わるく臺 所にあがれば。丹波口の茶屋がそこに居あはせ。其二階へあがれとさしづをする片手 に。尻さくるなどすこしは腹立ながら座敷に入て見れば大じんの數程大夫も有。つれ 衆には天神かたづき。お機嫌とりの若男四五人もありしが。其中へつきまぜによばれ てどれにあふともさだめもせず。下座になほりて行所のない時の盃さゝれ。酒はかい しき請ねども誰氣をつけてあいさつする人もなく。つい隣の太皷女郎にさして日の暮 を待兼。

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ひとつふとんの床に入れば
若い男のこいきすぎた る風俗。正しく町の髪結らしくおもはれける。此男やう/\細奥町上八軒の茶屋あそ びの諸分ならではしらずや。
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床のおかしさ帯とけひろげになって 鼻紙
手元へ取まはし我へのぜんせいとおもふか。枕のともし火ちかくよせて前 巾着より二歩ひとつまめいた三拾目程。幾度か數讀て見せける是はあまりなる男目。 物云かくるに俄に腹いたむとて返事もせず。そむきて寢入ば此男つめひらきはおもひ もよらず。私のにが手藥なりと夜明がた迄さすりける程に。あまりいたはしくおもは れ
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引よせ心よく首尾せんと、こちらへ寢かへる時、
大じん の聲して夜の明るに程近し。我は先へ歸れ髪結人も待かねんと。何のゑんりよもなく 起されける是を聞と。又心ざし替り先に見立し職の人なれば。かさねて浮名の出る事 をうたてく其通に起別れぬる。大夫天神迄勤めしうちはさのみ此道迚もうきながらう きとも覺えず。今の身のかなしき事かくもまたむかしに替る物哉。やぼはいやなり中 位なる客はあはず。帥なる男目にたま/\あへば
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床に入とかしら から
何のつやもなく。
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「女郎帯とき給へ」
といふ さてもせはしや。おふくろさまの腹に十月よくも御入ましましたなどいうてすこしは 子細らしく持てまゐれば此男いひも果ぬに。
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「腹にやどるも是か らはじめての事。神代此來、此嫌ひ成女郎はわるい物じや」と、はや仕掛て來る。
それを四の五のいへばむづかしい事は御座らぬ。さらりといんでもらひまして 女郎かへて見ましよといふが。鼻息に見えすき此男こはく身揚なほおそろしく。帥と おもふとちやくと言葉に色を付て。わけもない事あそばしてお敵さまへのもれての御 申分は。こちはぞんじませぬなどゝいふが十五女郎のかならずおとしなり。それより しなくだりてはしつぼねの事共いふにかぎりもなく聞ておもしろからず。それもそれ /\に大かた仕掛さだまつての床言葉有。先三匁取はさのみいやしからず客あがれば。 ゆたかに内に入其跡にてもめんぎる物着たる禿が
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床取。中紅のふ とんの脇に、鼻紙見ぐるしからぬ程折たるを置捨
油火ほそくむきてさし
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さし枕ふたつなをして
。是へ御ざりましておろくにと申て切戸 より内に行。同し見世の女郎ながら是にたよる男もむしやうなる野人にはあらず。遣 ひすごして揚屋の門を闇に通る男。又は内證のよき人の手代か武士は中ごしやうの掛 るものなり。女郎
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寢てしばしは帯をもとかず
手をたゝきて 禿をよび其着物お跡へむさくとも着ませいといふしほらしく。扇に心をつけ此袖笠の 公家は。さのゝわたりの雪の夕暮で御ざんすかなどゝ問より。男
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寄添
たよりとなりいかにも袖うち拂ふ雪の肌に。
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すこしさはりまし
よか
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と、それから戀と なる。かへりさま迄女郎の名をとはざる人はかならず暦々なり。是に跡ひかする事別 れさまに、「かうしへ御座りましておあひなされます時分」と、しばし見おくる事
よかなる男もぜいにて。作り口舌して重て咄しにくる事手にとつたる客也。又 親かた掛りの人と見し時はお供もつれられずお獨は。道氣遣しなどいふに拙者は人持 ませぬといふ者なし。かくのせ置ばなじみて挟箱もらふ時人がないとはいはせぬため なり。貳匁取は手づからともし火細め枕に敷紙して嘉太夫ぶしのなづむ所を語りけり して。其引口におまへさまはどれさまにおあひなされます。をかしからぬ是にしばし もおきづまりなるべし宿屋はどれへおこしなされますといふがいづれもさし定まつて のあいさつなり。壹匁取は其時のつくり小哥うたひながら。
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屏 風の陰なる寢莚を取出し、ひそかに帯をはじめからときて
客のおもはくもかへ り見ず内からのいひ付の通り。着物着替て
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ふたのもとき掛てく ろめ
宵かとおもへば今の鐘は四つじやげな。おまへさまはどれ迄おかへりなさ れますとせはし男に氣を付。やりくりの後やり手よびて天目二つながらにくんで來て。 お茶しんぜましやと口ばやにいふもをかし。五分取は自戸をさして豊嶋莚のせまきを。 片手にして敷足にて煙草盆をなほし。男引こかしてあの人さまはふるうはあれど。絹 の下帯かいてゐさんす奢たお人さまじや。こなたさまを何する人じや違へずいうて見 せましよ。月夜で風のふかぬ時隙じやさかいに夜番さしやりますか。大商人心太の中 買じやといへば。よいかげんな事をいはしやれところてん賣が。此暑い夜あそんで居 てよいもので御座るか。然も今夜は高津の夏神樂仕合がわるくとも。八十もまうけが あらふ物とその道/\に。さてもせちがしこき事を我も京より。十五をくだりて新町 にうられて二年も見せを勤めしうちに。世のさま%\見および十三の年明て。頼む島 なき淀の川ぶねに乘て二たび古里にかへる

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