University of Virginia Library

1.4. 淫婦の美形

清水の西門にて三味線ひきてうたひけるを聞ばつらきは浮世あはれや我身。惜ま じ命露にかはらんと其聲やさしく袖乞の女。夏ながら綿入を身に掛冬とは覺てひとへ なる物を着事。はけしき四方の山風今。むかしはいかなる者ぞとたづねけるに。遊女 町六条にありし時の後の葛城と名に立太夫がなりはつるならひぞかし。その秋櫻の紅 葉見に行しがそれに指さしあまたの女まじりに笑ひつるが。人の因果はしれがたし我 もかなしき親の難義。人の頼むとて何心もなく商賣事請にたゝれし。其人行方なくて めいわくせられし金の替り五拾兩にて我を自由とするかたもなく。嶋原のかんばやし といへるに身を賣。おもひもよらざる勤め姿年もはや十六夜の月の都にならびなき迚 親かたゆくすゑをよろこぶ。惣じて流れのこと業禿立より見ならひわぞとをしへる迄 もなし其道のかしこさをしりぬ。我はつき出しとて俄に風俗を作れり。萬町がたの物 好とは違へり眉そりて置墨こく。こまくらなしの大嶋田ひとすぢ掛のかくしむすび。 細疊の平もとゆひをくれはかりにも嫌ひてぬき揃へ。貳尺五寸袖の當世じたて腰に綿 入ずすそひろがりに。尻付あふきにひらたく見ゆるをこのみしんなし大幅帯しどけな くついむすびて。三布なる下紐つねの女より高くむすびてみつがさねの衣しやう着こ なし。素足道中くり出しの浮歩。宿や入の飛足座敷つきのぬき足。階子のぼりのはや め足。兎角草履は見ずにはきて。さきからくる人をよけず。情目づかひ迚近付にもあ らぬ人の辻立にも。見かへりてすいた男のやうにおもはせ。揚屋の夕暮はしゐしてし る人あらば。それに遠くより目をやりて思案なく腰掛て人さへ見ずは町の太皷にも手 に手をさし。其折を得て紋所をほめ又は髪ゆふたるさま。あるひははやり扇何にても しほらしき所に心を付。命をとる男目誰にとふて此あまたつきと。ひつしやりほんと たゝき立にして行事。いかなる帥もいやといはぬこかし也。いつぞの首尾にくどき かゝらば。我物とおもひつくより。物もろふ欲を捨大じんの手前よしなに申なし。世 上のとり沙汰の時も身に替てひくぞかし。すたる文ひきさきてかいまろめて。是をう ちつけて人によろこばす程の事は。物も入ずしていとやすきなれども。うつけたる女 郎はせぬ事也。其形は人にもおとらずして定りの紋日も宿やへ身あがりの御無心。男 ありて待皃には見せけれども。宿よりそこ/\にあしらひ片陰によりて當座漬の茄に 生醤油を掛て膳なしにひえ食くふなど外の人が見ねばこそなれ。内へ歸りても内義の 皃つき見て。行水とれといふも小聲なつて。其外くるしき事のみありしに。銀遣ふ客 をおろそかにして不斷隙で暮すは。主だふし我身しらずのなんひんなり。只興女は酒 なんどの一座は所%\にて。りくつづめなるつめひらきすこし勿體も付。むつかしく 見せて物數いはぬこそよけれ。物に馴たる客は各別。まだしき素人帥はおそれてこな す事ならず。

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床に入ても其男鼻息斗せはしく身うごきもせず、た ま/\いふにも声をふるはし、我物も遣ひながら此せつな
さ。茶の湯こゝろへ ぬ人に上座のさばきさすに同じ。此男嫌うてふるにはあらず。かしらに帥皃をせら るゝによつて。こなたからもむつかしく
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仕掛、帯をもとかずゐん ぎんにあしらひて、空寢入などしてゐるを、大かたの男近く寄添て、かた足もたすを なをだまりて、それから後の樣子を見るに、身もだへして汗をかき、相床をきけば
あるひは愛染又は初對面から上手にてうちとけさせ。女郎の聲して見た所より やせ給はぬ
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御肌」とひきしめる音、男は屏風まくらにゑんりよも なく所作次第にあらくなれば、女もまことなる泣声、をのづと枕をとつて捨、乱れて 正しく指櫛のをれたる音、二階の床にはあゝ是迄といふて鼻紙の音。隣の床には心よ く寢入たる男を挑おこし、「やがて明る夜の名残もおしき」などいへば、男は現に、 「ゆるしたまへ。もはひとつもならぬ」といふを、酒かときけば下帯とく音
お もひの外なる好目。是女郎にそなはつての仕合ぞかし。あたりにこゝちよげなる事の み。なほ目のあはぬあまりに女郎起し。九月の節句というても間のない事じやが。定 めてお約束が御座らうと。女郎の好問ぐすりを申せど。そんな事などちよろく見えす き。九月も正月も去方さまの御やつかいに成ますと。取あへぬ返事にかさねて寄添言 葉もなく。殘念ながら人並に起別て。髪を茶筅にほどき帯を仕直し。分立たるやうに 見せけるこそをかしけれ。此男下心女郎をふかくうらみ。かさねては外なる女郎をよ びて。五日も七日もつゞけて物の見事なるさばきして。けふの傾城目に心を殘さすか。
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は此里ふつとやめて野郎ぐるひに仕替んと思ひ定め。友 とせし人ども夜の明るに戀を惜むを。せはしく呼立大かたにして歸さいそげと。是切 に女郎すて行を取留る仕掛有。相客の見る所にしてそゝけし鬢を撫付てやりさまに。 耳とらへて小語は我を我に立て。
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人に帯とけとも
いはずに かへる男目。にくやと背をたゝきて足早に臺所に出れば。其跡にていづれも氣を付は じめてのしこなし。どうで御座るといへば男よろこび命掛て間夫といふ。殊更夜前の まはりやう此程つかへたる肩迄ひねらせた。是程我等にくる事何とも合點がゆかぬ。 定めし汝等が取持て身體よきに咄して聞したか。いや/\欲斗にして女郎の左樣には せぬ物。是は見捨難しとのぼされ。其後まんまと物になしける。此無首尾さへかくな しければ。ましてや分のよき女郎に身を捨るは斷りぞかし。別の事もなき男を初對面 なればとてふるにはあらず。其男大夫に氣をのまれ
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仕掛る時分の
しほあひぬけ。しらけて起別るゝ事なり。流れの身として男よくて惱事にはあ らず。京の何がし名代のある御かた。たとへば年寄法體のそれにはかまはず。又若き 御かたの諸事の付届よく。然も姿のよきは此うへの願ひ何かあるべし。こんなうまい 事斗揃へてはないはづ也。今の世のよねの好ぬる風俗は。千筋染の黄むくの上に黒羽 二重の紋付すそみじかに。帯は龍門の薄椛羽織は紅鳶にして八丈紬のひつかへし。素 足にわら草履はき捨。座敷つきゆたかに脇差すこしぬき出し。扇遣ひして袖口より風 を入しはしありて手水に立。石鉢に水はありとも改めて水かへさせて静に口中などあ らひ。禿いひやりて供の者に持せ置し白き奉書包の煙草とりよせ呑など。のべの鼻紙 ひざちかく置てかりそめ遣ひ捨。引舟女郎をまねきよせ手をすこしかりたいと。袂よ り内に入させけんべけにすゑたる灸をかゝせ。太皷女郎に加賀ぶし望みてうたうて引 を。それをも心をとめて聞ず小哥の半に末社に咄掛きのふの和布苅の脇は高安はだし とほめ。此中の古哥を大納言殿におたづね申たが拙者きいた通り在原の元方に極まり たなど。いたり物語りふたつみつかしらにそゝらずして。萬事おとしつけて居たる客 には大夫氣をのまれて我と身にたしなみ心の出來て。其男する程の事かしこく見えて おそろしく。位とる事は脇になりて機嫌をとる事になりぬ。一切の女郎の威は客から の付次第にして奢物なり。江戸の色町さかんの時坂倉といへる物師。大夫ちとせにし たしくあひける。此人酒よく呑なしていつとても肴に。東なる最上川にすみける花蟹 といへるを鹽漬にして是を好る。有時坂倉此蟹のこまかなる甲に。金粉をもつて狩野 の筆にて笹の丸の定紋かゝせける。此繪代ひとつを金子一分つゝに極め。年中ことの かけざる程千とせかたへ遣しける。京にては石子といへる分知大夫の野風にしみて。 世になき物時花物人よりはやく調へける。野風秋の小袖ゆるし色にして惣鹿子此辻を ひとつ%\紙燭にてこがしぬき。紅井に染し中綿穴より見えすき。又もなき物好着物 ひとつに銀三貫目入けるとなり。大坂にてもすぎにし長崎屋出羽。あげづめにせし二 三といへる男。九軒に折ふしの秋の淋しき女郎あまた慈悲買にして。大夫出羽をなぐ さめける庭に一むらの萩咲て。晝は露にもあらぬにうち水の葉末にとまりしを大夫ふ かく哀み。此花の陰こそ妻思ひの鹿のかり床なれ。角のありとてもおそろしからじ。 其生たる姿を見る事もがなといひければ。それ何より安しとて俄にうら座敷をこぼた せ千本の萩を植て野を内になし。夜通しに丹波なる山人にいひやりて。女鹿男鹿の數 をとりよせ明の日見せて。跡はむかしの座敷となりけると傳へし。身にそなはりし徳 もなくて。貴人もなるまじき事を思へば天もいつぞはとがめ給はん。然も又すかぬ男 には身を賣ながら身をまかせず。つらくあたりむごくおもはせ勤めけるうちに。いつ となく人我を見はなし明暮隙になりて。おのづから大夫職をとりてすぎにし事どもゆ かし。男嫌ひをするは人もてはやしてはやる時こそ。淋しくなりては。人手代鉦たヽ き。短足すぐちにかぎらずあふをうれしく。おもへば世に此道の勤め程かなしきはな し

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This part was circles in the Saikaku Zenshu published from Hakubunkan. It has been added to the etext from the Nihon Koten Bungaku Taikei.
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