University of Virginia Library

6.2. 旅泊の人詐

旅はうき物ながら泊り定めて一夜妻の情。是をおもふに夢もむすばぬたはふれな れど。晝の草臥を取かへし古里の事をも忘るゝは是ぞかし。我また流れの道有程は立 つくして。諸佛にも見かぎられ神風や伊勢の古市中の地藏といふ所の。遊山宿に身を なして世間は娘といはれて内證は地の御客を勤めける。衣類は都上代の嶋原大夫職の 着捨し物にかはらず。所からとて間の山節あさましや往來の人に名をながすと。いづ れがうたふも同音にしてをかしかりき。座つきも春中は芝居ありて上がたの藝子に見 ならひさのみいやしからず酒の友ともなしける。自爰に勤めてすぎにし上手を出して。 帥こかし颯人の氣を取けれど。脇皃の小皺見出れ若きを花と好る世なれば。後には問 ふ人稀に無首尾次第にかなし。片里も今は戀にかしこく年寄女は闇にかづかず、明野 が原の茶屋風俗さりとてはをかしげに似せ紫のしつこくさま%\の染入。赤根の衣裏 付て表のかたへ見せ掛。そばからさへ目に耻かはしきに。脇明の徳には諸国の道者を まねきよせぬ。我古市を立のき流れは同じ道筋。松坂に行て旅籠屋の人待女となりて 晝は心まかせの樂寢して八つさがりより身を拵へ所からの伊勢白粉髪は正直のかうべ に油を付。天の岩戸の小闇より出女の面しろ%\と見せて。講參の通し馬を引込是播 摩の旦那。それは備後のおつれさまと其國里を。ひとりも見違へる事なく其所言葉を つかひ。うれしがる濡掛はや宵朝の極めもなく。爰に腰をぬかし誠はなきたはふれ。 女はすけるやうにむつれ荷物を取込。旅人おちつくと松吹風にあしらひ。大かたの事 は返事もせず莨宕の火ひとつといふも。行燈が鼻の先に御ざるといふ。水風呂がおそ いといそげば。腹に十月はよう御ざつた事と笑ふ。すこし頼む用があると座敷によび よせ。むつかしながら痃癖の盖を仕替てと肩をぬげば。此二三日はそら手が發ました と見ぬ皃をする。明衣の袖の。ほころびを出して。針糸をかせといへば肝のつふれし 皃つきしていかに我々いやしき奉公すればとて。よもや物縫針もちさうなる女とおぼ しめすかと。座を立て行をとらへてせめて宵の程。是にて酒まゐれなどすゝめて我國 かたの名物。それ/\の鹽肴取出しかりそめのたのしみ。醉のまぎれに懷までは手を 入させ。旅やつられでさへいとしらしき男と。笠の緒のあたりしほうげたをさすり。 わらんぢ摺の跟をもんでやれば。いかなる人も晝遣ひし胸算用を忘れ貫ざしを取まは し百紙に包て女の袂に入けるもをかし。三文ねぎつて戻り馬に乘らぬ身さへ此道は各 別也。惣じて客のために抱し女親方の手前より。きふぶん取にもあらず。口ばかり養 はれて其替りに、泊り留てやる事なり一夜切に身を賣ば。外に抱への主人あつて其も とへ遣しける。身のまはりの仕着の外それ/\にちゐんを持て。其人にもろふ事世間 晴ての諸方なり。食燒下女も見るを見まねに色つくりて。大客の折ふしは次の間に行 て。御機嫌を取。是を二瀬女とはいふなり。流れてはやき月日を勤め是も夕暮に見る 形のいやしきとて隙を出されて。同國桑名といへる濱邊に行て。舟のあがり場に立ま ぎれ紅や針賣するもをかし。旅女の見ゆるかたにはゆかずして。苫葺たるかゝり舟の 中に入て。風呂敷包み小袋は明ずして商ひ事をしてくるとは戀草の種になるべし