5.2. 小哥の傳受女
一夜を銀六匁にて呼子鳥是傳受女なり。覺束なくてたづねけるに。風呂屋者を猿
といふなるべし。此女のこゝろざし風俗諸國ともに大かた變る事なし。身持は手のも
のにて日毎に洗ひ。押下て大嶋田幅疊のもとゆひを菱むすびにして其はしをきり/\
と曲て五分櫛の眞那板程なるをさし。暮方より人被ける皃なればとて。白粉にくぼた
まりを埋み口紅用捨なくぬりくり。おのづから薄鼠となりし加賀絹の下紐を。こどり
まはしに裾みじかく。柳に鞠五所しほりあるひは袖石疊。思ひ/\の明衣きびすうつ
てゆきみしかに。龍門の二つ割を後にむすび。番手に板の間を勤めける。入に來人の
名を口ばやに御ざんせとゆふべ/\のぬれ氣色座をとつて風呂敷のうへになほれば。
分のあるかたへもなき人にも。揚場の女ちかよりて今日は芝居へお越か。色里のおか
へりかなど外の人聞程に。御機嫌とれば何の役にも立ぬぜいに。鼻紙入より女郎の文
出して大夫が文章。どこやら各別と見せかくる。荻野よし田藤山井筒武藏通路長橋三
舟小大夫が筆跡やら。三笠巴住江豊等。大和哥仙清原玉かづら。八重霧清橋こむらさ
き志賀か手をも見しらず。はしつぼねの吉野に書せたる文見せらるゝにしてから。犬
に伽羅聞すごとくひとつも埒はあかずあひもせぬ大夫天神の紋櫛など持事。心はづか
しき事なれども若い時には。遣ひたき金銀はまゝならずせんしやうはしたし。我も人
もかならずする事ぞかし。それ/\に又供をつれざる和き者も。新しき下帯を見せか
け預ゆかたを拵へおもはく。女銘々に出しを入するも。相應のたのしみ是程の事もや
さし。あがれば莨宕盆片手にちらしを扱てひとしほ水ぎはを立もてなす風情。似せ幽
禪繪の扇にして凉風をまねき。後にまはりて灸の盖を仕替鬢のそゝけをなでつけ。當
座入の人の鼻であしらふなどかりなる事ながら是を羨敷。戀の中宿を求て此君達をよ
ぶに。仕舞風呂に入て身をあらため色つくるまに茶漬食をこしらへ箸したに置と。借
着物始末にかまはず引しめ。久六挑灯ともせば揚口よりばた/\歩み宵は綿帽子更て
は地髪夜ありき足音かるく其宿に入て。耻ず座敷になほりゆるさんせ着物三つが過た
と肌着は殘してぬき掛して。是こなたきれいにして。水をひとつ飲さしやれ。今宵程
氣のつまる事はない。屋ねに煙出しのない所はわるいと。用捨もなく物好して身を自
由にくつろぎしはさりとはそれと思ひながらあまりなり。されとも菓子には手をかけ
す盃をあさう持ならい。肴も生貝燒玉子はありながら。にしめ大豆三椒の皮などはさ
むは。色町を見たやうにおもはれてしほらしければ盃のくるたび/\にちと押へまし
よ。是非さはりますとお仕着の通り。百座の參會にもすこしも色の替りたる事なし。
ことかけなれはこそ堪忍すれ。是を思ふに難波に住なれて。前の鯛を喰なれし人の熊
野に行て。盆のさし鯖を九月の比も珍敷心に成ごとく。傾城見たる目を爰にはわすれ
給へぼんなうの垢をかゝせて水の流るゝに同し遊興なり。世間にはやる言葉を云勝に。
夜半の鐘に氣をつけ皆寢さんせぬか。こちらは毎夜のはたらき身はかねてした物でも
なし。夜食も望みなしとはいへども。そば切是よしと取居の膳の音。其跡は床入女三
人に嶋のふとんひとつの布子貳つ。木枕さへたらぬ貧家の寢道具。戀は外に川堀の咄
し身のうへの親里。跡はいつとても芝居の役者噂。肌に添ばおもひなしか手足ひえあ
がりて鼾はなはだしく我身を人にうちまかせ。男女の婬樂は互に臭骸を懷といへるも。
かゝる亂姿の風情なるべし。我も亦其身になりて心の水を濁しぬ