3.2. 妖はひの寛濶女
蹴鞠のあそびは男の態なりしに。さる御かたに表使の女役を勤めし時。淺草の御
下屋形へ。御前樣の御供つかふまつりてまかりしに。廣庭きり嶋の躑躅咲初て。野も
山も紅井の袴を召たる女らうあまた。沓音静に鞠垣に袖をひるがへして。櫻がさね山
越などいへる美曲をあそばしける。女の身ながら女のめづらしく。かゝる事どもはし
めて詠めし。都にて大内の官女楊弓ものし給ふさへ。替り過たる慰のやうにおもひし
は。是はそも/\楊貴妃のもてあそび給へると傳へければ。今も女中の遊興に似あは
しき事にぞ鞠は聖徳太子のあそばしそめての此かた。女の態にはためしなき事なるに。
國の守の奥がたこそ自由に花麗なれ。其日も暮深く諸木の嵐はげしく。心ならず横切
して色をうしなひけるに。しやう束ぬぎ捨給ひておはしけるが。何かおぼしめし出さ
れける。俄に御前樣の御面子あらけなく變らせ給ひ。御機嫌取ぐるしくつき%\の女
らう達おのづから鳴をしづめて。起居動止も身をひそめしに。御家に年をかさねられ
し。葛井の局と申せし人輕薄なる言葉つきして。かしらを振膝を震せ。こよひも亦長
蝋燭の立切まで。悋氣講あれかしと進め給へば。忽に御皃持よろしく。それよ/\と
浮れ出させけるに。吉岡の局女らうがしら成けるが。廊下に掛りし唐房の鈴の緒をひ
かせ給ふに。御末女渡し女にいたる迄憚りなく。三十四五人車坐に見えわたりし中へ
我もうちまじりて事の樣子を見しに。吉岡の御局おの/\におほせ聞られしは。何に
よらず身のうへの事を懴悔して女を遮て惡み男を妬しくそしりて。戀の無首尾を御悦
喜とありしは。各別なる御事とは思ひながら。何事も主命なれば笑れもせず。其後し
だれ柳を書し眞木の戸を明て。形を生移しなる女人形取出されけるに。いづれの工か
作りなせる姿の婀娜も。面影美花を欺き。見しうちに女さへ是に奪れける。それより
ひとり/\おもはくを申き。其中にも岩橋どのといへる女らうは。妖はひまねく皃形
さりとは醜かりし。此人に
おもひもよらず。夜
の契も絶てひさしく。男といふ者見た事もなき女房。人より我勝にさし出。自は生國
大和の十市の里にして夫婦のかたらひせしに其男目。奈良の都に行て春日の弥宜の娘
にすぐれたる艶女ありとて通ひける程に。僣に胸動かし行て立聞せしに。其女切戸を
明て引入。今宵はしきりに眉根痒ぬればよき事にあふべきためしぞと。耻通風情もな
く細腰ゆたかに。靠りをる所をそれはおれが男じやといひさま。かねつけたる口をあ
いて。女に喰つきしと彼姿人形にしかみ付るは。其時を今のやうにおもはれ恐さかぎ
りなかりき。是を悋氣の初めとして。我を忘れて如鷺々々と進て。女ごゝろの無墓や
いへばいふ事とて。私は若い時に播磨の國明石にありしが。姪に入縁を取しに其聟目。
なんともならぬ性惡すゑ%\の女迄只をかねば。晝夜わかちなく居眠ける。それをき
れいにさばき其まゝに置ける。姪が心底のもとかしさに。夜毎に我行て吟味して。寢
間の戸ざしを外から肱壼うたせて。姪と聟とを入置て無理に宵から寢よと。錠をおろ
してかへりしに。姪程なく。やつれて男の貌を見るもうらめしさうに。
身ぶるひしける。然もひのえ午の女なれ
どもそれにはよらず。男に喰れてこゝ地なやみしに。其つよ藏目も此女に掛て。間な
くころさせたしと彼人形をつきころはし。姦しく立噪てやむ事なし。又袖垣殿といへ
る女らうは。本國伊勢の桑名の人なるが。縁付せぬ先から悋氣ふかく下女どもの色つ
くるさへせかれて。鏡なしに髪をゆはせ身に白粉をぬらせず。いやしからぬ生付を惡
くなしてめしつかひしを。世間に聞及て人うとみ果ければ。是非なく生女房にて爰に
くだりぬ。こんな姿の女目が氣を通し過て。男の夜どまりするをもかまはぬ物じやと。
科もなき彼人形をいためける。銘々に云がちなれども中/\こんな悋氣は。御前さま
の御氣に入事にあらず。それがしが番に當る時くだんの人形を。あたまから引ふせ其
うへに乘かゝつて。おのれ手掛の分として殿の氣に入。本妻を脇になしておもふまゝ
なる長枕。おのれ只置やつにあらずと。白眼つけて齒切をして。骨髄通してうらみし
有樣。御前さまの不斷おぼしめし入の直中へ持てまいれば。それよ/\此人形にこそ
子細あれ。殿樣我をありなしにあそばし。御國本より美女取よせ給ひ。明暮是に惱せ
給へども女の身のかなしさは申て甲斐なき恨み。せめてはそれ目が形を作らせて。此
ごとくさいなむと御言葉の下より。不思義や人形眼をひらき。左右の手をさしのべ。
座中を見まはし立あがりぬる氣色。見とめる人もなく踏所さだめずにけさりしに。御
前さまの上がへのつまに取つきしを。やう/\に引わけ何の事もなかりし。是ゆゑか
後の日なやませ給ひ。凄しく口ばしせらるゝ人形の一念にもあるやらんと。いづれも
推量して此まゝに置せ給ひなば。なほ此後執心すかぬ事ぞ。菟角は煙になして捨よな
ど内談極め。御屋敷の片陰にて燒拂ひ其跡。灰も殘さず土中に埋みし。いつとなく其
塚の恐るゝにしたがひ。夕暮毎に喚叫事嫌疑なく。是を傳へて世の嘲哢とはなりぬ。
此事御中屋敷に洩聞て殿樣おどろかせ給ひ。有増を御たづねなさるべきとて。表使の
女をめされけるに。役目なれば是非もなく御前に出て今は隱しがたくてありのまゝに。
人形の事を申上しに皆/\横手をうたせ給ひ。女の所存程うたてかる物はなし。定め
て國女も其思ひ入に命を取るゝ事程はあらじ。此事聞せて國元へ歸せと仰せける。此
女嬋娟にして跪づける風情。最前の姿人形のおよぶべき事にはあらず。それがしもす
こしは自慢をせしに。女を女の見るさへ瞬くなりぬ。是程の美女なるを奥さま御心入
ひとつにて。悋氣講にてのろひころしける。殿も女はおそろしくおぼしめし入られて。
それよりして奥に入せ給はず生別れの後家分にならせ給ふ。是を見て此御奉公にも氣
を懲し。御暇申請て出家にも成程のおもひして。又上方に歸る。さら/\せまじき物
は悋氣。是女のたしなむべき一とつなり
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This part was circles in the Saikaku Zenshu published from Hakubunkan. It
has been added to the etext from the Nihon Koten Bungaku Taikei.
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