University of Virginia Library

4.3. 屋敷琢澁皮

時代ばとて今時の女。尻桁に掛たる端紫の鹿子帯。目にしみ渡りてさりとてはい や風也。自もよる年にしたがひ身を持下て。茶の間女となり壹年切に勤めける。不斷 は下に洗ひ小袖上にもめん着物に成て。御上臺所の御次に居て。見えわたりたる諸道 具を取さばきの奉公也。黒米に走汁に朝夕おくれば。いつとなくつやらしき形をうし なひ。我ながらかくもまた采體いやしくなりぬ。されども家父入の春秋をたのしみ。 宿下して隱し男に逢時は。年に稀なる織姫のこゝちして。裏の御門の棚橋をわたる時 の嬉しさ。足ばやに出て行風俗も常とは仕替て黄無垢に紋嶋をひとつ前にかさね。紺 地の今織後帯それがうへをことりました。紫の抱帯して髪は引下て匕髻結を掛。額際 を火塔に取て置墨こく。きどく頭巾より目斗あらはし。年がまへなる中間につぎ/\ の袋を持せり。其中に上扶持はね三升四五合。鹽鶴の骨すこし菓子杉重のからまでも 取集て。小宿の口鼻が機嫌取に心をつくるもをかし。櫻田の御門を通時我袖よりはし た錢取出し。召つれし親仁がけふの骨折おもひやられて。わづかなれども莨宕成とも 買て呑れとさし出しけるに。いかにお心付なればとておもひもよらず。くだされまし た御同前わたくし事は主命なれば。御供つかまつりませねば外に水扱役あり。更に御 こゝろにかけ給ふなと下/\にはきどく成道理を申ける。それより丸の内の屋形/\ を過て。町筋にかゝり女の足のはかどらず心せはしく縹行に。此中間我こやどの新橋 へはつれゆかずして。同じ所を四五返も右行左行とつれてまはりけれども町の案内は しらずうか/\とありきて。うち仰上て見れば日影も西の丸にかたぶくに驚き。氣を つけ見るにめしつれし親仁。何やら物を云掛たき風情。皺の寄たる鼻の先にあらはれ し。さてはと人の透間を見あはせ釘貫木隱にて彼中間耳ちかく我等に何ぞ用があるか と小語ければ中間嬉しさうなる顏つきして。子細は語らず破鞘の脇指をひねくりまは し。君の御事ならばそれがし目が命惜からず。國かたの姥がうらみもかへり見ず。七 十二になつて虚は申さぬ大瞻者とおぼしめさばそれからそれまで。神佛は正直今まで 申た念佛が無になり。人さまの楊枝壹本それは/\違やうともおもはぬと。上髭のあ る口から長こと云程こそをかしけれ。そなた我等にほれたといふ一言にて濟事ではな いかといへば。親仁潜然てそれ程人のおもはく推量なされましてから。難面人にべん /\と詢せられしは聞えませぬと。無理なる恨を申もはや惡からず。律義千萬なる年 寄のおもひ入もいたましく。移氣になつて小宿に行ばしたい事するにそれを待兼。數 寄屋橋のかしばたなる煮賣屋に。耻を捨てかけ込温飩すこしと云さま。亭主が目遣ひ 見れば階の子をしへける。二階にあがれば内義がおつぶり/\と氣を付けるに。何事 ぞとおもへば軒ひくうして立事不自由なり。疊貳枚敷の所を澁紙にてかこひ。片隅に 明り窓を請て

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木枕ふたつ
置けるは。けふにかぎらず曲者と おもはれける。
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彼親仁に添臥して、うれしがりぬる事を限もなく 氣のつきぬる程語りぬれども、身をすくめて上氣する折ふしを見あはせ、かたい帯の むすびめなりとときかけぬれば、親仁すこしはうかれて、「下帯むさきとおぼし召す な。四五日跡に洗ひました」と、無用の云分おかし。耳とらへて引よせ、腰の骨のい たむ程なでさすりて、もや/\仕掛ぬれども、さりとは不埒、かくなるからは殘多く、 まだ日が高いと云て聞かして、脇の下へ手をさしこめば、親仁むく/\と起あがるを、 首尾かと待兼しに、「昔の劔今の菜刀、寶の山へ入ながら、むなしく歸る」と、古い たとへ事云さま帯するを引こかし、なんのかの言葉かさなるうちに、
茶屋の阿 爺階子ふたつ目に揚りて。申/\あたら温飩が延過ますかとせはしくいふにぞなほ親 仁おもひ切ける。下を覗ば天窓剃下たる奴が。二十四五になる前髪の草履取をつれ來 て。是も
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ぬれ
とは見えすきて座敷入と聞えて。さてこそと おもはれひねりぶくさよりこまがね取出して。丸盆の片脇に置てかたじけなう御座る と。そこ/\に云立いまだ門へも出ぬに。今の親仁目は夢見たやうなる仕合。廣い江 戸じやと大笑ひする。いたうもない腹さぐられて口惜や何事も若い時年よりてはなら ぬ物ぞ。親仁も科でないと穴のはたちかき無常觀じ行に。新橋の小宿に入て何事も御 座らぬかといへば。あれさまのかはゆがりやつたこちのお龜が。冬年二三日わづらう て死んだが。おばは/\そなたの事を息引取まで云たと泣出す。まだ男心をしつた子 ではなしまゝで御座る。おれはそんな事はたま/\の隙に聞にはきませぬ。先度逢た 歩行の人より若い男は御ざらぬか

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This part was circles in the Saikaku Zenshu published from Hakubunkan. It has been added to the etext from the Nihon Koten Bungaku Taikei.
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