3.3. 調謔哥船
多くても見ぐるしからぬとは書つれども人の住家に塵五木の溜る程。世にうるさ
き物なし。難波津や入江も次第に埋れて。水串も見えずなりにき。都鳥は陸にまどひ。
蜆とる濱も抄菜の畠とはなりぬ。むかしに替り新川の夕詠め。鐵眼の釋迦堂是ぞ佛法
の晝にすぎ芝居の果より御座ぶねをさしよせ。呑掛て酒機嫌やう/\ゑびす橋よりに
しに。ゆく水につれて半町ばかりさげしに。はや此舟すわりてさま%\うごかせども
其甲斐なく。けふの慰みあさなくりておもしろからず。爰に汐時まつとや心當なるれ
うりもばらりと違ひ。三五の十八燒物のあまた數讀て。膳出し前に下風鱠の子もなく
あへて。先のしれぬ三軒屋より。爰でくうて仕舞と夕日の影ほそくなりしに。竿さし
つれて棚なし舟のかぎりもなくいそぐを見しに。是かや今度の芥捨舟。よき事を仕出
し人の心の深く川も埋らず。末%\かゝる遊興の爲ぞとよろこぶ折ふし。此五木の中
にわけらしき文反古ありしに。其舟へ手のとゞくを幸につい取て見しに。京から銀借
につかはせし文章をかしや。銀八拾目にさしつまり内證借にして。其代には朝夕念ず
る。弘法大師の御作の如來を濟す迄預け置べし。うき世の戀はたがひ事さる女を久し
くだました替りに。いやといはれぬ首尾になりて子を産うちの入目。是非に頼たてま
つる平野屋傳左衞門樣まゐる。加茂屋八兵衞より。此文の届賃此方にて十文魚荷に。
相わたし申候との斷り書。よくよくなればこそ目安書やうなる樣書てはる%\十三里
の所を。無心は申つかはしけるに。しらぬ事ながら是はかしてもとらさいで。京にも
ない所にはない物は銀ぞと。おの/\腹包て大笑ひしばらくやむ事なし。人を笑ふ
人々を町代かなじやくし吸物椀を持ながら。身體の程をおもひやるに。京のかね借者
よりはいづれも身のうへのあぶなし。ひとりは來月晦日切に家質の流るゝ人。又ひと
りは安札にて普請する人。今獨は北濱のはた商する人。年中僞と横と欲とを元手にし
て世をわたり。それにも色道のやまぬはよい氣やとつぶやくを聞て。皆々心のはづか
しく向後身にあまりての色をやめぶんと。おもひ定めしうちにもなほやめがたき此道
ぞかし。そも/\川口に西國船のいかりおろして。我古里の嚊おもひやりて淋しき枕
の浪を見掛て。其人にぬれ袖の哥びくに迚。此津に入みだれての姿舟。艫に年がまへ
なる親仁居ながら楫とりて。比丘尼は。大かた淺黄のもめん布子に。龍門の中幅帯ま
へむすびにして。黒羽二重のあたまがくし。深江のお七ざしの加賀笠。うねたびはか
ぬといふ事なし。絹のふたのゝすそみじかく。とりなりひとつに拵へ文臺に入しは。
熊野の牛王酢貝耳がしましき四つ竹。小比丘尼に定りての一升びしやく。勸進といふ
聲も引きらず。はやり節をうたひそれに氣を取。外より見るもかまはず元ぶねに乘移
り分立て後。百つなぎの錢を袂へなげ入けるもをかし。あるはまた割木を其あたひに
取又はさし鯖にも替。同じ流れとはいひながら是を思へば。すぐれてさもしき業なれ
ども。昔日より此所に目馴てをかしからず人の行すゑは更にしれぬものぞ我もいつと
なく。いたづらの數つくして今惜き黒髪を剃て。高津の宮の北にあたり高原といへる
町に。軒は笹に葺て幽なる奥に。此道に身をふれしおりやうをたのみ。勤めてかくも
淺ましくなるものかな。雨の日嵐のふく日にもゆるさず。かうしたあたま役に白米一
升に錢五十。それよりしもづかたの子共にも。定て五合づゝ毎日取られければ。おの
づといやしくなりてむかしはかゝる事にはあらざりしに。近年遊女のごとくなりぬ。
是もうるはしきは大坂の屋形町まはり。おもはしからぬは河内津の國里%\をめぐり
麥秋綿時を戀のさかりとはちぎりぬ。我どこやらにすぎにし時の樣子も殘れば。彼ふ
ねよりまねかれ。それをかりそめの縁にして後は小宿のたはふれ。一夜を三匁すこし
の露に何ぞと思へど。戀草のしげくして間もなう三人ながらたゝきあげさせて。跡は
しらぬ小哥ぶしつらやつめたや。そのはづの事。いかなる諸方にもつかへばかさのあ
がる物。その心得せよ上氣八助合點か