泉鏡花 (Ryutandan) | ||
かくれあそび
さきにわれ泣きいだして 救 ( すくい ) を姉にもとめしを、 渠 ( かれ ) に認められしぞ 幸 ( さいわい ) なる。いふことを 肯 ( き ) かで一人いで 来 ( き ) しを、弱りて泣きたりと知られむには、さもこそとて笑はれなむ。 優 ( やさ ) しき人のなつかしけれど、顔をあはせていひまけむは 口惜 ( くちお ) しきに。
嬉 ( うれ ) しく喜ばしき思ひ胸にみちては、また急に家に帰らむとはおもはず。ひとり 境内 ( けいだい ) に 彳 ( たたず ) みしに、わツといふ声、笑ふ声、木の蔭、井戸の裏、堂の奥、廻廊の下よりして、五ツより 八 ( や ) ツまでなる 児 ( こ ) の五、六人 前後 ( あとさき ) に走り 出 ( い ) でたり、こはかくれ遊びの 一人 ( いちにん ) が見いだされたるものぞとよ。 二人三人 ( ふたりみたり ) 走り来て、わが 其処 ( そこ ) に立てるを見つ。皆 瞳 ( ひとみ ) を集めしが、
「お遊びな、 一所 ( いつしよ ) にお遊びな。」とせまりて勧めぬ。 小家 ( こいえ ) あちこち、このあたりに住むは、かたゐといふものなりとぞ。風俗少しく異なれり。 児 ( こ ) どもが親たちの家 富 ( と ) みたるも 好 ( よ ) き 衣 ( きぬ ) 着たるはあらず、 大抵 ( たいてい ) 跣足 ( はだし ) なり。 三味線 ( さみせん ) 弾 ( ひ ) きて 折々 ( おりおり ) わが 門 ( かど ) に 来 ( きた ) るもの、 溝川 ( みぞかわ ) に 鰌 ( どじよう ) を捕ふるもの、 附木 ( つけぎ ) 、 草履 ( ぞうり ) など 鬻 ( ひさ ) ぎに来るものだちは、皆この 児 ( こ ) どもが母なり、父なり、祖母などなり。さるものとはともに遊ぶな、とわが友は常に 戒 ( いまし ) めつ。さるに 町方 ( まちかた ) の者としいへば、かたゐなる 児 ( こ ) ども 尊 ( とうと ) び敬ひて、 頃刻 ( しばらく ) もともに遊ばんことを 希 ( こいねが ) ふや、親しく、優しく勉めてすなれど、不断はこなたより遠ざかりしが、その時は先にあまり 淋 ( さび ) しくて、友 欲 ( ほ ) しき念の 堪 ( た ) へがたかりしその心のまだ失せざると、恐しかりしあとの楽しきとに、われは 拒 ( こば ) まずして 頷 ( うなず ) きぬ。
児 ( こ ) どもはさざめき喜びたりき。さてまたかくれあそびを繰返すとて、 拳 ( けん ) してさがすものを定めしに、われその任にあたりたり。 面 ( おもて ) を 蔽 ( おお ) へといふままにしつ。ひツそとなりて、堂の 裏崖 ( うらがけ ) をさかさに落つる滝の音どうどうと 松杉 ( まつすぎ ) の 梢 ( こずえ ) ゆふ風に鳴り渡る。かすかに、
「もう 可 ( い ) いよ、もう可いよ。」
と呼ぶ声、 谺 ( こだま ) に響けり。眼をあくればあたり静まり返りて、たそがれの色また 一際 ( ひときわ ) 襲ひ 来 ( きた ) れり。 大 ( おおい ) なる樹のすくすくとならべるが 朦朧 ( もうろう ) としてうすぐらきなかに隠れむとす。
声したる 方 ( かた ) をと思ふ 処 ( ところ ) には 誰 ( たれ ) もをらず。ここかしこさがしたれど人らしきものあらざりき。
また 旧 ( もと ) の 境内 ( けいだい ) の中央に立ちて、もの淋しく 瞶 ( みまわ ) しぬ。山の奥にも響くべく 凄 ( すさま ) じき音して堂の扉を 鎖 ( とざ ) す音しつ、 闃 ( げき ) としてものも聞えずなりぬ。
親しき友にはあらず。常にうとましき児どもなれば、かかる 機会 ( おり ) を得てわれをば苦めむとや 企 ( たく ) みけむ。身を隠したるまま 密 ( ひそか ) に 遁 ( に ) げ去りたらむには、探せばとて 獲 ( え ) らるべき。 益 ( やく ) もなきことをとふと思ひうかぶに、うちすてて 踵 ( くびす ) をかへしつ。さるにても 万一 ( もし ) わがみいだすを待ちてあらばいつまでも 出 ( い ) でくることを得ざるべし、それもまたはかりがたしと、 心 ( こころ ) 迷 ( まよ ) ひて、とつ、おいつ、 徒 ( いたずら ) に立ちて 困 ( こう ) ずる折しも、 何処 ( いずく ) より 来 ( きた ) りしとも見えず、暗うなりたる境内の、うつくしく 掃 ( は ) いたる土のひろびろと灰色なせるに 際立 ( きわだ ) ちて、顔の色白く、うつくしき人、いつかわが 傍 ( かたわら ) にゐて、うつむきざまにわれをば見き。
極めて 丈高 ( たけたか ) き女なりし、その手を 懐 ( ふところ ) にして肩を垂れたり。 優 ( やさ ) しきこゑにて、
「こちらへおいで。こちら。」
といひて 前 ( さき ) に立ちて導きたり。見知りたる 女 ( ひと ) にあらねど、うつくしき顔の 笑 ( えみ ) をば含みたる、よき人と思ひたれば、 怪 ( あや ) しまで、隠れたる 児 ( こ ) のありかを教ふるとさとりたれば、いそいそと従ひぬ。
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