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9. 千載和歌集卷第九
哀傷歌

中務卿具平のみこ

花のさかりに藤原爲頼などともにて石藏にまかれりけるを中將宣方の朝臣などか斯と侍らざりけむ後の度には必侍らむと聞えけるを其年中將も爲頼も身まかりにける又の年彼花を見て大納言公任につかはしける

春くれば散りにし花も咲きに鳬哀れ別のかゝらましかば

前大納言公任

かへし

行返る春や哀と思ふらむちぎりしひとのまたもあはねば

藤原範永朝臣

主なき家の櫻を見てよめる

うゑおきし人の形見と見ぬだにも宿の櫻を誰かをしまぬ

和泉式部

彈正尹爲尊のみこにおくれ侍りてよめる

をしきかな形見にきたる藤衣たゞ此頃に朽ちはてぬべし

藤原道信朝臣

煩ひ侍りけるがいとゞよわくなりにけるにいかなる形見にか有けむ、山吹なるきねをぬぎて女につかはし侍りける

梔子の園にや我身入りにけむ思ふ事をもいはでやみぬる

又云ふ、身まかりて後女の夢にみえてかくよみ侍りけるとも。

藤原頼孝

中將道信の朝臣身まかりにけるを送りをさめての朝によめる

思ひ兼ね昨日の空を眺むれど其かと見ゆる雲だにもなし

花山御製

世のはかなき事をよませ給うける

現とも夢ともえこそわきはてね何れの時を何れとかせむ

源道濟

一條院かくれ給うての又の年彼院の花を見てよめる

櫻花見るにも悲し中々にことしの春はさかずぞあらまし

道命法師

親しかりける人身まかりけるよめる

後れじと思へど死なぬ我身かな獨や志らぬ道をゆくらむ

藤原長能

花山院かくれさせ給うての頃よみ侍りける

老らくの命のあまり長くして君にふたゝび別れぬるかな

上東門院

後一條院かくれさせ給うての年時鳥のなきけるによませ給うける

ひと聲も君につげなむ時鳥このさみだれは闇にまよふと

辨乳母

枇杷どのゝ皇太后宮わづらひ給ひける時所をかへて心みむとて外にわたり給へりけるをかくれ給ひて後陽明門院一品親王と申しける枇杷殿にかへり給へりけるにふかき御ちやうの内に菖蒲くす玉などの枯れたるが殘りけるを見てよみ侍りける

菖蒲草涙の玉にぬきかへてをりならぬねを猶ぞかけつる

江侍從

かへし

玉ぬきし菖蒲の糸はあり乍よどのはあれむ物とやはみし

大貳三位

大納言長家大納言齋信の女に住み侍りけるを女身まかりける頃法住寺にこもりゐて侍りけるにつかはしける

悲しさをかつは思ひも慰めよ誰も遂にはとまるべきかは

大納言長家

かへし

誰も皆とまるべきにはあらねども後るゝ程は猶ぞ悲しき

承香殿女御

一條院かくれさせ給へりける年の秋月をみてよみ侍りける

大方にさやけからぬか月かげは涙くもらぬ人に見せばや

小辨命婦

後一條院四月にかくれさせ給ひける年の九月に中宮又かくれ給ひにける四十九日末つかた宮々上東門院に渡り給ひ侍りける日人々別をしみけるによみ侍りける

悲しさにそへてもものゝ悲しきは別のうちの別なりけり

前中宮宣旨

同じ年の冬御禊大甞會など過ぎて十二月つごもり大納言長家二條院の、一品内親王と申しける時まゐりて侍りけるによみ侍りける

うき物のさすがにをしき今年かな遠ざかりなむ君が別に

大納言長家

かへし

悲しさはいとゞぞ増る別れにし今年もけふを限と思へば

紫式部

遠き所に行きにける人のなくなりにけるをおやはらからなど都に歸り來て悲しき事いひたるに遣はしける

何方の雲路としらばたづねましつらはなれけむ雁の行末

藤原道信朝臣

恒徳公かくれ侍りて後かの常に見侍りける鏡の物の中に侍りけるをみてよみける

としをへて君が見なれします鏡昔の影はとまらざりけり

赤染衛門

上東門院に參りて侍りけるに一條院の御事などおぼし出でたる御氣色なりける朝奉りける

つねよりもまたぬれそひし袂かな昔をかけておちし涙に

上東門院

御かへり事

現とも思ひわかれてすぐるまに見し世の夢を何語るらむ

源實基朝臣

あがたに侍りける程に京なる女身まかりぬときゝていそぎのぼり侍りける道にてよめる

都へと思ふにつけて悲しきは誰かは今はわれをまつらむ

平雅康

藏人に侍りける時おやの思ひになりにける秋、上のをのこども嵯峨野に花見にゆくときゝてつかはしける

もろともに春の花をば見し物を人におくるゝ秋ぞ悲しき

前中納言匡房

右衞門督基忠かくれ侍りて後かの家につかはしける

花と見し人は程なくちりに鳬我身も風を待つとしらなむ

藤原顯綱朝臣

後三條院かくれさせ給うて諒闇のころよみ侍りける

かわく世もなき墨染の袂かなくちなば何を形見にもせむ

權中納言俊忠

少將に侍りける時大納言忠家かくれ侍りける後五月五日中納言國信、中將に侍りける時消息して侍りけるついでに遣はしける

墨染の袂にかゝるねを見ればあやめもしらぬ涙なりけり

中納言國信

返し

菖蒲草うきねを見ても涙のみかゝらむ袖を思ひこそやれ

藤原基俊

女におくれて歎き侍りける頃肥後がもとよりとひ侍りけるに遣はしける

おもひやれ空しき床を打ち拂ひ昔をしのぶ袖のしづくを

贈皇后茨子かくれ侍りにける後、硯の箱など取りしたゝめけるに物に書き付けておかれ侍りける歌

胸にみつ思をだにもはるかさで煙とならむことぞ悲しき

藤原有信朝臣

あひしれりける女身まかりにける時月をみてよめる

諸共に有明の月も見しものをいかなる闇に君まよふらむ

慶範法師

人のわざしける導師にて諷誦文よみけるに歌の侍りければよみ侍りける

打鳴らす鐘の音にや長き夜も明けぬなりとは思知るらむ

崇徳院御製

待賢門院かくれさせ給うて後御忌はてゝかた%\にかへらせ給ひける日

限ありて人はかた%\別る共涙をだにもとゞめてしがな

上西門院兵衞

御かへし

散々に別るゝ今日の悲しさに涙しもこそとまらざりけれ

靜嚴法師

語らひけるわらはの思はずに疎くなりにける後なくなりにけるを人のとぶらひて侍りければよめる

悲しさを是よりけにや思はましかねて習はぬ別なりせば

天臺座主勝範

服に侍りける時ある上人の來れりけるが墨染の袈裟を忘れてとりに遣したりけるにつかはすとてよめる

墨染の色はいづれもかはらぬをぬれぬや君が衣なるらむ

鳥羽院御製

わづらはせ給うける時鳥羽殿にて時鳥の鳴きけるをきかせ給うてよませ給うける

常よりもむつまじきかな時鳥しでの山路のともと思へば

久我の内のおほいまうち君

美福門院の御服にて侍りけるを宣旨にてぬぎ侍るとてよめる

心ざし深くそめてし藤衣きつる日數のあさくもあるかな

大宮前太政おほいまうち君

中納言伊實六條の家にて身まかりにけるを後のわざなどはてゝ九條の堂に歸り侍りける時はしらにかきつけ侍りける

類なくうきこと見えし宿なれどそも別るゝは悲しかりけり

花薗左大臣室

かぞふれば昔語になりにけりわかれは今の心地すれども

權大納言實家

大炊御門右大臣かくれ侍りて後七月七日母の三位の許に消息のついでに遣し侍りける

棚機にことしはかさぬ椎柴の袖しもことに露けかりけり

三位

かへし

椎柴のつゆけきそでは棚機もかさぬにつけて哀とやみむ

仁和寺入道法親王

待賢門院かくれさせ給ひて後法金剛院にて時鳥の鳴き侍りけるに

ふる里にけふこざりせば時鳥たれと昔をこひてなかまし

法印澄憲

二條院かくれさせ給ひて御わざの夜よみ侍りける

常に見し君が御幸を今日とへば歸らぬ旅ときくぞ悲しき

右のおほいまうち君

大炊御門右大臣身まかりて後かの志るしおきて侍りける私記どもの侍りけるを見てよみ侍りける

教へおくその言の葉を見る度に又とふ方のなきぞ悲しき

民部卿成範

母の二位身まかりて後よみ侍りける

鳥邊山思ひやるこそかなしけれ獨やこけの下にくちなむ

藤原貞憲朝臣

母の服に侍りける程に又紀伊三位身まかりにける時よみ侍りける

限ありて二重はきねばふぢ衣涙ばかりをかさねつるかな

右京大夫秀能

忍びてもの申しける女身まかりにける時よめる

三年まで馴れしは夢のこゝちして今日ぞ現の別なりける

僧都印性

後入道法親王かくれ侍りて後入りがたまで月をみてよみ侍りける

入りぬるかあかぬ別の悲しさを思ひ志れとや山の端の月

左京大夫脩範

親の墓にまかりて侍りけるに志らぬつかどもの多く見え侍りければよめる

野べみれば昔の跡や誰ならむその世も志らぬ苔の下かな

僧都範玄

奈良に侍從と申しけるわらはのいづみ川に身をなげて侍りければよめる

何事のふかき思ひに泉川そこのたま藻と志づみはてけむ

法印成清

花薗左大臣の家に童にて侍りけるを、笙を教へ侍るとて給へりける笛を年經て後かのために供養し侍りける時笛にそへて侍りける

思ひきや今日打鳴す鐘の音に傳へし笛の音を添へむとは

靜縁法師

わづらふこと侍りける時母にさきだゝむことなげき思ひ侍りけるをそのたびおこたりて後又母身まかりける時よめる

先立たむ事をうしとぞ思ひしに後れても又悲しかりけり

藤原親盛

周防國に父のまかりくだりけるが彼國にて身まかりにけるときゝて急ぎ下りける時よめる

待らむと思はゞいかにいそがまし跡を見るだに迷ふ心を

覺蓮法師

仁和寺法親王蓮花門院にてかくれ侍りける後月忌の日かの墓所にまかりけるに山に雲かゝりて心ぼそく侍りければよめる

山の端にた靡く雲や行へなくなりし煙のかたみなるらむ

法眼長眞

父の中納言顯長が墓所の堂深草の里に侍りけるにまかりてよめる

としをへて昔を志のぶ心のみうきにつけても深草のさと

顯昭法師

母の身まかりにける時よめる

垂乳めや止りて我を惜まゝし代ふるにかはる命なりせば

圓位法師

同行の上人西住秋の頃わづらふことありて限に見え侍りければよめる

諸共にながめ/\て秋の月ひとりにならむことぞ悲しき

寂然法師

西住法師身まかりける時をはり正念なりけるよし聞きて圓位法師の許につかはしける

みだれずとをはり聞くこそ嬉しけれさても別は慰まね共

圓位法師

かへし

此の世にて又あふまじき悲しさにすゝめし人ぞ心亂れし