University of Virginia Library

18. 千載和歌集卷第十八
雜歌下

短歌
源俊頼朝臣

堀川院の御時百首の歌奉りける時述懷の歌とてよみてたてまつりける

もがみがは 瀬々の岩かど わきかへり 思ふこゝろは おほかれど 行く方もなく せかれつゝ 底のもくづと なることは 藻にすむ蟲の われからと 思ひしらずは なけれども いはではえ社 なぎさなる かたわれ舟の うづもれて ひく人もなき なげきすと 浪のたち居に あふげども むなしき空は みどりにて 云ふ事もなき かなしさに 音をのみなけば からごろも 抑ふるそでも くちはてぬ なに事にかは あはれとも 思はむひとに あふみなる 打出での濱の うちいでゝ いふとも誰か さゝがにの いか樣にても かきつかむ ことを軒端に ふくかぜの はげしき頃と 志りながら うはの空にも をしふべき あづさの杣に みや木ひき 御垣がはらに せりつみし 昔をよそに きゝしかど 我が身の上に なりはてぬ 流石に御代の はじめより 雲のうへには かよへども なにはのことも ひさかたの 月のかつらし をられねば うけらが花の さきながら 開けぬことの いぶせさに よもの山邊に あくがれて 此面かのもに たちまじり うつぶし染の あさごろも 花のたもとに ぬぎかへて 後の世をだに と思へども 思ふひと%\ ほだしにて ゆくべき方も まどはれぬ 斯る憂き身の つれもなく 經にける年を かぞふれば いつゝの十に なりにけり いまゆく末は いなづまの 光の間にも さだめなし たとへば獨 ながらへて 過ぎにし計り すぐすとも 夢にゆめ見る こゝちして ひまゆく駒に ことならじ 更にもいはじ ふゆがれの 尾花がすゑの つゆなれば 嵐をだにも またずして 本のしづくと なりはてむ 程をばいつと 知りてかは 暮にとだにも たのむべき かくのみ常に あらそひて なほふる里に すみの江の 汐にたゞよふ うつせがひ 現しごゝろも うせはてゝ あるにも非ぬ 世のなかに また何ごとを みくま野の うらの濱木綿 かさねつゝ 憂に堪へたる ためしには なる尾の松の つれ%\と いたづら事を かきつめて 哀れ志られむ ゆくすゑの 人のためには おのづから 忍ばれぬべき 身なれども はかなきことも くもとりの あやに叶はぬ くせなれば 是もさこそは 實なしぐり くち葉が下に うづもれめ 其につけても 津のくにの 生田のもりの いくたびか 海士のたく繩 くりかへし 心にそはぬ 身を怨むらむ

反歌

世中はうき身にそへる影なれや思ひすつれど離れざり鳬

崇徳院御製

百首の歌めしける時よませ給うける

志きしまや やまとの歌の つたはりを きけば遙かに ひさかたの あまつ神代に はじまりて 三十文字餘り ひと文字は 出雲のみやの 八くもより 起りけりとぞ 志るすなる それより後は もゝくさの 言の葉しげく ちり%\に 風につけつゝ きこゆれど 近きためしに ほりかはの 流れをくみて さゞなみの 寄り來る人に あつらへて つたなきことは はま千どり 跡をすゑまで とゞめじと 思ひながらも 津のくにの 難波のうらの なにとなく 舟のさすがに このことを 忍びならひし なごりにて 世の人聞きは はづかしの もりをやせむと おもへども 心にもあらず かき連ねつる

待賢門院堀川

おなじ百首の歌奉りける時の長歌

とき志らぬ 谷のうもれ木 くちはてゝ むかしの春の こひしさに 何のあやめも わかずのみ 變らぬつきの かげ見ても 時雨にぬるゝ 袖のうらに 潮たれまさる あまごろも 哀をかけて とふひとも 波にたゞよふ つりぶねの 漕ぎ離れにし 世なれども 君にこゝろを かけしより 繁きうれへも わすれぐさ 忘れがほにて すみの江の 松のちとせの はる%\と こずゑ遙かに さかゆべき ときはの陰を たのむにも なぐさの濱の なぐさみて 布留の社の そのかみに 色ふかゝらで わすれにし もみぢの下葉 のこるやと 老曾のもりに たづぬれど 今はあらしに たぐひつゝ 霜枯れ%\に おとろへて かき集めたる みづぐきに 淺きこゝろの かくれなく 流れての名を をしどりの 憂き例にや ならむとすらむ

旋頭歌
源仲正

下つふさのかみに罷れりけるを任果てゝ上りたりける比、源俊頼朝臣に遣はしける

東路のやへの霞をわけきても君にあはねば尚
[_]
[13]へだてたるむこゝち
こそすれ

[_]
[13] SKT reads へだてたる心ち.

源俊頼朝臣

かへし

かきたえしまゝのつぎ橋ふみ見れば隔てたる霞もはれてむかえるがごと

左京大夫顯輔

百首の歌奉りける時旅の心をよめる

東路の野島が崎のはま風にわがひも結ひしいもが顏のみおもかげに見ゆ

折句歌
源雅重朝臣

二條院の御時こいたきといふ五字を句の上におきて旅の心を

駒なべていざ見にゆかむ立田川白浪よする岸のあたりを

仁上法師

なもあみだの五字をかみにおきて旅の心をよめる

何となくものぞ悲しき秋風のみに志む夜半の旅の寐覺は

物名
和泉式部

さみだれをよめる

夜のほどに假初人や來りけむ淀の水薦のけさみだれたる

中納言定頼

すたれかは

跡たへてとふべき人も思ほえず誰かは今朝の雪を分く覽

大貳三位

かきのから

榊葉はもみぢもせじをかみがきのから紅に見え渡るかな

二條太皇太后宮肥後

ふり鼓

池もふり堤崩れて水もなしうべ勝間田にとりもゐざらむ

源俊頼朝臣

かるかや

我駒を暫しと借るかやま城のこはだの里にありと答へよ

まゝきの箭たて

御倉やま槇の屋たてゝ住む民は年をつむ共朽じとぞ思ふ

からかみのかたき

よと共に心をかけてたのめども我からかみのかたき印か

刑部卿頼輔母

とりはゝき

秋の野に誰を誘はむゆき歸り獨りは萩を見るかひもなし

待賢門院堀川

百首の歌奉りける時のかくし題の歌、きり%\す

秋は霧霧すぎぬれば雪降りてはるゝまもなき深山邊の里

僧都有慶

みづのみ

稻荷やま印の杉の年ふりてみつのみやしろ神さびにけり

登蓮法師

笠置のいはや

名にし負はゞ常はゆるぎの森にしも爭でか鷺のいはやすくぬる

誹諧歌
道命法師

花のもとによりふしてよみ侍りける

怪くも花のあたりにふせる哉をらば咎むる人やあるとて

源俊頼朝臣

卯花をよめる

卯花よいで事々しかけ島のなみもさこそは岩をこえしか

道因法師

五月五日菖蒲をよめる

けふかくる袂に根ざせ菖蒲草憂は我身にありと志らずや

橘俊綱朝臣

ともしをよめる

燈志て箱根の山に明けに鳬ふたよりみより逢ふとせしまに

江侍從

みな月の晦日がたはたおりの鳴くをきゝてよめる

夏の内はた隱れても非ずしており立ちにける虫の聲哉

輔仁親王

題志らず

秋來れば秋の景色も見えけるを時ならぬ身と何にいふ覽

藤原爲頼朝臣

萩の露の玉と見ゆるとてをりけれども露もなかりければよめる

朝露を日たけて見れば跡もなし萩の上葉に物やとはまし

花薗左大臣家小大進

崇徳院に百首の歌奉りける時秋の歌とてよめる

つ花生ひし小野の芝生の朝露を貫散しける玉かとぞみる

僧都範玄

野花をみて道にとゞまるといへる心をよめる

おちにきと語らばかたれ女郎花こよひは花の陰に宿らむ

賀茂まさひら

九月十三夜によめる

暮の秋殊にさやけき月影は十夜に餘りてみよとなりけり

顯昭法師

隔我聞他戀といへる心をよめる

板廂さすやかや屋の時雨こそおとし音せぬ方はわくなれ

藤原基俊

堀川院の御時百首のうち戀の歌とてよめる

笛竹のあな淺ましの世中やありしやふしの限りなるらむ

源俊頼朝臣

旅戀

慕ひくる戀の奴の旅にても身のくせなれや夕とゞろきは

待賢院堀川

百首の歌奉りけるに戀の歌とてよめる

逢ふ事の歎の積る苦しさをおへかし人のこり果つるまで

良喜法師

六波羅蜜寺の講の導師にて高座にのぼる程に聽聞の女房あしをつみ侍りければよめる

人の足をつむにて志りぬ我方へ文おこせよと思ふ成べし

空人法師

山寺にこもりて侍りける時心ある文を女の志ば志ばつかはし侍りければよみて遣はしける

恐しや木曾の懸路の丸木橋ふみ見る度に落ちぬべきかな

心覺法師

賀茂の社にこもりて侍りけるに政平つねに罷できて歌よみ笛吹きなどして遊びける、かたはらなるつぼねにこもりたる人をも志りてそなたへも罷りなどしけるが其人出でゝ後久しくまうでこざりければ遣はしける

笛竹のこちくとなにゝ思ひけむ隣に音はせしにぞ有ける

道因法師

あづまのかたにまかりけるに八はしにてよめる

八橋の渡にけふもとまる哉爰住むべき身かはと思へど

安性法師俗名時元

女をかたらひ侍りけるを、いかにもあるまじき事なり、思ひたえねといひ侍りければよめる

つらしとてさてはよもわれやま烏頭は白くなる世也とも

源俊頼朝臣

あみだの小呪の文字を歌のかみにおきて十首よみ侍りけるにおくにかき侍りける

かみに置る文字は誠のもじなれば歌も闇路を助ざらめや

赤染衛門

山寺に罷でたりける時貝吹きけるを聞きてよめる

けふも亦午の貝こそふきつなれ未のあゆみ近づきぬらむ

空也上人

題志らず

極樂ははるけき程ときゝしかど勤めていたる所なりけり