University of Virginia Library

19. 千載和歌集卷第十九
釋教歌

前大納言公任

維摩經十喩此身は水の泡のごとしといへる心をよみ侍りける

爰に消え彼處に結ぶ水の泡の浮世にめぐる身に社有けれ

うかべる雲のごとしといへる心を

定なき身は浮雲によそへつゝはては其にぞ成果てぬべき

花山院御製

三身如來を觀ずる心をよませ給うける

世中はみな佛なりおしなべて何れの物とわくぞはかなき

僧都源信

法花經藥草喩品の心をよみ侍りける

大空の雨はわきても注がねどうるふ草木は己がさま%\

清少納言

菩提といふ寺に結縁の講しける時聽聞にまうでたりけるに人のもとよりとく歸りねといひたりければ遣はしける

求めてもかゝる蓮の露をおきてうき世に又は歸る物かは

藤原國房

後冷泉院の御時皇后宮に一品經供養せられける時壽量品のこゝろをよめる

月影の常にすむなる山の端を隔つる雲のなからましかば

堀川入道右大臣

寄月念極樂といへる心をよみ侍りける

いる月を見るとや人は思ふらむ心をかけて西にむかへば

瞻西上人

天王寺にまゐりて舍利を拜みたてまつりてよみ侍りける

薪つき煙もすみていにゝけむこれや名殘と見るぞ悲しき

藤原敦家朝臣

御たけにまうで侍りける精進の程金泥の法華經書き奉りて後御山に納めたてまつらむとて參り侍りける時思ふ心や侍りけむ、物に書き付けおきて侍りける

夢さめむその曉をまつほどのやみをもてらせのりの燈火

かくてまうで侍りて後御山にてなむ身まかりにける。其の後故郷にて此の歌は見出て侍りけるとなむ。

前大僧正覺忠

三十三所の觀音をがみ奉らむとて所々まゐり侍りける時美濃の谷汲にて油の出づるを見てよみ侍りける

世をてらす佛の驗ありければまだ燈火も消えぬなりけり

穴穗の觀音をみたてまつりて

みるまゝに涙ぞおつる限なき命にかはるすがたと思へば

僧都覺雅

提婆品の心をよめる

千年まで結びし水も露ばかり我身のためと思ひやはせし

前大僧正快修

陀羅尼品の受持法花名者福不可量何况擁護具足受持といふわたりを誦して持經者の結縁たのもしくや侍りけむ、よみ侍りける

嬉しくぞ名を保つだに仇ならぬ御法の花にみを結びける

源俊頼朝臣

阿彌陀の十二光佛の御名をよみ侍りける中に智惠光佛の心をよめる

侘び人の心の中をよそながら志るやさとりの光なるらむ

崇徳院御製

百首の歌めしける時、普門品、弘誓深如海の心をよませ給うける

誓をばちひろの海にたとふ也露もたのまば數に入りなむ

前參議教長

おなじ百首のとき花嚴經の心をよめる

儚なくぞみよの佛と思ひける我が身一つにありと志らずて

即身成佛の心を

照る月の心の水にすみぬればやがてこの身に光をぞます

前大僧正覺忠

法華經信解品の心をよみ侍りける

歸りても入りぞ煩らふ眞木の戸を惑ひ出でにし心習ひに

崇徳院御製

冬のころ後入道法親王高野にこもりて侍りけるに送り給うける

降雪は谷の戸ぼそを埋むとも三世の佛の日やてらすらむ

仁和寺後入道法親王覺性

御返事

照すなる三世の佛の朝日にはふる雪よりもつみやきゆ覽

式子内親王

百首の歌の中に法文の歌の中に普賢願の唯此願王不相捨離といへる心を

故郷をひとりわかるゝ夕にもおくるは月の影とこそきけ

攝政前右大臣

百首の歌よませ侍りける時法文の歌に五智如來をよみ侍りけるに平等性智の心をよみ侍りける

人ごとに變るは夢のまどひにてさむれば同じ心なりけり

宮内卿永範

維摩經十喩、此身如水中月といへるこゝろをよめる

すめば見ゆ濁ればかくる定めなき此身や水にやどる月影

法印慈圓

比叡の山に堂衆學徒不和の事出で來りて學徒皆散りける時千日の山ごもりみちなむ事もちかくひじりの跡をたえむ事を歎きてかすかに山洞にとゞまりて侍りける程に冬にもなりにければ雪ふりたる朝に尊圓法師のもとに遣しける

いとゞしく昔の跡やたえなむと思ふもかなし今朝の白雪

尊圓法師

かへし

君か名ぞ猶あらはれむ降る雪に昔の跡はうづもれぬとも

左近中將良經

法花經弟子品、内秘菩薩行の心をよみ侍りける

獨のみくるしき海を渡るとや底をさとらぬ人は見るらむ

藤原隆信朝臣

攝政前右大臣の家に百首の歌よませ侍りける時法文の歌の中に般若經の心をよめる

呉竹のむなしと解ける言の葉は三世の佛の母とこそきけ

攝政家丹後

おなじ百首の時色即是空の心をよめる

空しきも色なる物と悟ればや春のみ空のみどりなるらむ

前中納言師仲

法花經、我等長夜修習空法の心をよめる

長き夜も空しき物と志りぬれば早く明けぬる心地社すれ

圓位法師

壽量品の心をよめる

鷲の山月を入りぬとみる人はくらきにまよふ心なりけり

神祗伯顯仲

瞻西上人の雲居寺の極樂堂に堀河右大臣まゐりて歌よみ侍りけるによめる

潔き池にかげこそうかびぬれ沈みやせむと思ふ我が身を

寂超法師

大品經の

[_]
[14]常啼井
の心をよめる

朽果つる袖にはいかゞ包まゝし空しと説る御法ならずば
[_]
[14] SKT reads 常啼菩薩.

藤原資隆朝臣

維摩教十喩此身は夢の如しといへる心をよめる

見る程は夢もゆめとも志られねば現もいまは現と思はじ

登蓮法師

驚かぬわが心こそうかりけれ儚き世をばゆめと見ながら

寂蓮法師

高野にまゐりてよみ侍りける

あかつきを高野の山にまつほどや苔の志たにも有明の月

式子内親王家中將

煩惱即菩提の心をよめる

思ひとく心ひとつになりぬれば氷も水もへだてざりけり

前大納言時忠

觀音の誓を思ひてよみ侍りける

頼もしき誓は春にあらねども枯れにし枝も花ぞ咲きける

藤原伊綱

法花經序品の心をよめる

春ごとに歎きしものを法の庭ちるが嬉しき花もありけり

右京大夫季能

授記品の心をよめる

み草のみ茂き濁と見しか共偖も月すむ江にこそありけれ

皇太后宮大夫俊成

法師品、漸見濕土泥決定知近水の心をよみ侍りける

武藏野の堀金の井もある物を嬉しくも水の近付きにけり

顯昭法師

提婆品をよめる

谷水を結べばうつる影のみや千とせを送る友となりけむ

法橋泰覺

勸持品をよめる

朽ちはてゝ危くみえしをばたゞの板田の橋も今渡るなり

藤原敦仲

恨みけるけしきや空に見えつらむ姨捨山をてらす月かげ

蓮上法師

神力品、如日月光明能除諸幽冥のこゝろをよめる

日のひかり月の影とぞ照しける暗き心のやみはれよとて

皇太后宮大夫俊成

勸發品の心をよめる

更に又花ぞ降り志くわしの山法のむしろのくれがたの空

中原有安

滿三七日巳乘六牙白象の心をよめる

待出でゝいかに嬉しく思ふらむ二十日餘りの山の端の月

中原清重

雪朝聞法といふ心を

朝まだき御法の庭にふる雪は空より花のちるかとぞ見る

惠章法師

山階寺の涅槃會の暮方に遮羅入滅の昔を思ひよみ侍りける

望月のくもがくれけむ古のあはれをけふの空に知るかな

俊秀法師

涅槃經の如於鏡中見諸色像の心をよめる

清くすむ心のそこを鏡にてやがてぞうつる色もすがたも

寂然法師

火盛久不燃といへる心をよめる

烟だにしばしたなびけ鳥邊山たち別れにし形見とも見む

平康頼

阿彌陀經の心をよめる

鳥の音も浪の音にぞ通ふなる同じ御法をきけばなりけり

藤原定長朝臣

天王寺の御幸の時、古寺忍昔といへる心をよめる

世を救ふ跡は昔に變らねどはじめたてけむ時をしぞ思ふ

天台座主明雲

天王寺にまゐりて遺身舍利を禮してよめる

つねならぬ例は夜半の煙にて消えぬ名殘を見るぞ嬉しき

律師永觀

往生講式かき侍りける時教化の歌よみ侍りける

皆人をわたさむと思ふ心こそ極樂にゆく志るべなりけれ