University of Virginia Library

8. 千載和歌集卷第八
覊旅歌

藤原範永朝臣

題志らず

有明の月も清水にやどりけりこよひはこえじ逢坂のせき

中納言師俊

法性寺入道太政大臣、内大臣に侍りける時、關路月といへる心をよみ侍りける

播磨路や須磨のせき屋の板廂月もれとてや踈らなるらむ

藤原基俊

月前旅宿といへる心をよめる

あたら夜を伊勢の濱萩をり志きて妹戀しらに見つる月哉

中納言國信

堀川院の御時百首の歌奉りける時旅の歌とてよめる

浪の上に有明の月を見ましやは須磨の關屋に宿らざりせば

八條前太政大臣

行路雪といへる心をよみ侍りける

よな/\の旅ねの床に風さえてはつ雪ふれるさやの中山

和泉式部

海づらに船ながらあかしてよみ侍りける

水の上に浮寐をしてぞ思知る斯れば鴛は鳴くにぞ有ける

赤染衛門

丹後國にまかりける時よめる

思ふことなくてや見ましよさの海の天の橋立都なりせば

能因法師

攝津國に住み侍りけるを美濃國にくだる事ありてあづさの山にてよみ侍りける

宮木引くあづさの杣をかきわけて難波の浦を遠かりぬる

津守有基

大隅の任はてゝ上らむと志けるを大貳さたすることまだしとて留めければよめる

住のえのまつらむとのみ歎きつゝ心づくしに年をふる哉

齋宮甲斐

天仁元年齋宮の群行の時忘井といふ所にてよめる

別れゆく都のかたの戀しきにいざむすび見む忘井のみづ

源雅光

法性寺入道内、大臣の時の歌合に旅宿雁といへる心を

さ夜ふかき雲ゐに雁もおとすなりわれ獨やは旅の空なる

崇徳院御製

百首の歌めしける時旅の歌とてよませ給うける

かりごろも袖の涙に宿る夜は月も旅ねのこゝちこそすれ

松が根の枕も何かあだならむたまの床とて常のとこかは

大炊御門右大臣

花咲きし野べの景色も霜がれぬ是にてぞ志る旅の日數を

藤原季通朝臣

さらしなや姨捨山に月みむと都にたれかわれを志るらむ

待賢門院堀川

みちすがら心も空にながめやる都の山のくもがくれぬる

同院安藝

さゝの葉をゆふ露ながら折り志けば玉ちる旅の草枕かな

皇太后宮大夫俊成

浦づたふ磯のとまやの楫枕きゝもならはぬ波のおとかな

圓位法師

世をそむきて後修行志侍りけるに海路にて月を見てよめる

わたのはら遙に波をへだて來て都にいでし月を見るかな

高野法親王覺法

高野にまうで侍りける道にてよみ侍りける

定なき憂世の中と志りぬればいづくも旅の心地こそすれ

前中納言師仲

下野國にまかりける時尾張國なるみといふ所にてよみ侍りける

覺束ないかに鳴海のはてならむ行方も志らぬ旅の悲しさ

左京大夫脩範

あづまの方にまかりける時ゆくさき遙におぼえ侍りければ

日をへつゝゆくに遙けき道なれど末を都と思はましかば

讀人志らず

海邊時雨といへる心をよみ侍りける

かくまでは哀ならじを志ぐるとも磯の松が根枕ならずば

道因法師

尾張國に志るよしありて志ばし侍りける頃人の許より都の事は忘れぬるといひて侍りければつかはしける

月見れば先都こそ戀しけれまつらむと思ふ人はなけれど

祝部成仲

夜逢坂の關を過るとてよめる

逢坂の關には人もなかりけり岩間の水のもるにまかせて

大納言定房

中院右大臣の家にて獨行關路といへる心をよみ侍りける

こえてゆく友やなからむ逢坂の關の清水の影はなれなば

前大僧正覺忠

客衣露重といへる心をよみ侍りける

旅衣朝だつ小野の露しげみ志ぼりもあへず忍ぶもぢずり

右近大將實房

住吉のやしろの歌合とて人々よみ侍りける時旅宿時雨といへる心をよみ侍りける

風の音にわきぞかねまし松が根の枕にもらぬ時雨也せば

俊惠法師

もしほ草敷津の浦の寐覺には時雨にのみや袖はぬれける

源仲綱

玉藻ふく磯屋が志たにもる時雨旅寐の袖も汐垂れよとや

太皇太后宮小侍從

草枕おなじ旅ねの袖にまた夜半の時雨もやどはかりけり

攝政前右大臣

家に百首の歌よませ侍りける時旅の歌とてよみ侍りける

はる%\と津守の沖をこぎゆけば峯の松風遠ざかるなり

刑部卿頼輔

わたの原志ほぢ遙に見わたせば雲と波とは一つなりけり

皇太后宮大夫俊成

哀なる野島がさきの庵かな露おくそでになみもかけゝり

二品親王

旅宿の心をよみ侍りける

よしさらば磯の苫屋に旅ねせむ波懸ぬとてぬれぬ袖かは

法印慈圓

旅の歌とてよみ侍りける

旅の世にまた旅寐して草枕夢のなかにもゆめをみるかな

右兵衛督隆房

草枕かりねの夢にいくたびかなれし都にゆきかへるらむ

法眼兼覺

關路曉月といへる心をよめる

いつもかく有明の月のあけ方は物やかなしき須磨の關守

藤原家隆

百首の歌よみ侍りける時旅の歌とてよめる

旅ねする須磨の浦路のさよ千鳥聲こそ袖の波はかけけれ

圓玄法師

修行にまかりありきけるに野中に宿して侍りける夜旅の枕の露けく侍りけるによめる

かくしつゝつひにとまらむ蓬生の思ひ志らるゝ草枕かな

權律師覺辨

旅の歌とてよめる

旅ねする木の下露の袖にまたしぐれふるなりさやの中山

藤原資忠

攝政、右大臣の時家の歌合に旅の歌とてよめる

旅ねする庵をすぐる村時雨なごりまでこそ袖はぬれけれ

大中臣親宗

旅の歌とてよめる

霰もる不破の關屋に旅ねして夢をもえこそ通さゞりけれ

平康頼

心のほかなることありて志らぬ國に侍りける時よめる

かくばかり憂身の程も忘られてなほ戀しきは都なりけり

薩摩がた沖の小島に我はありと親にはつげよ八重の潮風

僧都印性

覊中歳暮といへる心をよめる

東路も年も末にやなりぬらむ雪ふりにける志らかはの關

寂蓮法師

圓位法師がよませける百首の歌の中に旅の歌とてよめる

岩ねふみ峰の椎志ばをり志きて雪にやどかる夕ぐれの空