University of Virginia Library

7. 千載和歌集卷第七
離別歌

藤原實方朝臣

宇佐のつかひの餞しけるところにてよみ侍りける

昔見し心ばかりを志るべにて思ひぞおくるいきの松ばら

前大納言公任

有國大貳になりてくだりける時よみ侍りける

別よりまさりて惜しき命かな君に二たびあはむと思へば

紫式部

遠き所にまかりける人のまうで來て曉歸りけるに九月盡くる日虫の音哀なりければ

なきよわる籬の虫もとめがたき秋の別やかなしかるらむ

大納言公實

堀川院の御時百首の歌奉りける時別の心をよみ侍りける

かへりこむ程もさだめぬ別路は都の手ぶり思ひでにせよ

前中納言匡房

行末をまつべき身こそ老いにけれ別は路の遠きのみかは

源俊頼朝臣

忘るなよ歸る山路に跡たえて日數は雪のふりつもるとも

大僧正行尊

修行に出で立ち侍る時いつほどにか歸りまうで來べきと人のいひ侍りければよめる

歸り來む程をばいつといひおかじ定めなき身は人頼め也

左京大夫顯輔

百首の歌奉りける時別の心を

頼むれど心かはりて歸り來ばこれぞやがての別なるべき

上西門院兵衞

限あらむ道社あらめ此世にて別るべしとは思はざりしを

藤原經衡

參議資通大貳はてゝのぼりけるに筑前守にて侍りける時つかはしける

行く君をとゞめまほしく思ふかな我も戀しき都なれども

太宰大貳資通

かへし

年へたる人の心を思ひやれ君だにこふるはなのみやこを

道命法師

修行に出てゝ熊野にまうで侍りける時人につかはしける

諸共に行く人もなき別路になみだばかりぞ止らざりける

天台座主源心

人の法會行ひける導師に越前國にまかりて上りなむとする時彼國の願主別惜みけるによめる

存へてあるべき身とし思はねば忘るなとだにえ社契らね

讀人志らず

筑紫にまかれりける男京に上るとてかどでの所より女の許に、のぼるべき心ちなむせぬなどいへりける返しにつかはしける

哀とし思はむ人はわかれしを心は身よりほかのものかは

和泉式部

離れける男の遠き程にゆくをいかゞ思ふといひて侍りければ遣はしける

別れても同じ都にありしかはいと此度のこゝちやはせし

成尋法師母

成尋法師入唐し侍りける時よみ侍りける

忍べどもこの別路を思ふにはからくれなゐの涙こそふれ

僧都覺雅

百首の歌よみ侍りける時わかれの心をよめる

心をも君をも宿にとゞめおきて涙とともに出づる旅かな

西住法師

夏の頃こしの國にまかりける人の、秋は必ずのぼりなむ、待てといひけるが冬になるまでのぼりまうでこざりければ遣はしける

待てと云て頼めし秋も過ぬれば歸る山路のなぞかひもなき

入道前太政大臣

源惟盛年頃侍る物にて箏の琴などをしへ侍りけるを土佐國にまかりける時川尻まで送りにまうで來りけるに青海波の秘曲の琴柱たつる事教へ侍りて其由の譜かきて給ふとて奥に書き付けて侍りける

をしへおく形見を深く忍ばなむ身は青海の波にながれぬ

右衛門督頼實

人に餞志侍ける曉よみ侍りける

忘るなよをばすて山の月見ても都をいづるありあけの空

藤原定家

百首の歌よみ侍りける時別の心を

別れても心へだつな旅ごろも幾重かさなる山路なりとも