5. 千載和歌集卷第五
秋歌下
大貳三位
題志らず
遙なるもろこしまでもゆく物は秋のねざめの心なりけり
藤原仲實朝臣
堀川院の御時百首の歌奉りける時よめる
山ざとはさびしかりけり木枯のふく夕暮のひぐらしの聲
藤原季通朝臣
崇徳院に百首の歌奉りける時秋の歌とてよめる
秋の夜は松を拂はぬ風だにも悲しき琴の音をたてずやは
藤原時昌
法性寺入道前太政大臣、前内大臣に侍りける時の家の歌合に野風といへる心をよめる
露寒みうらがれもてく秋の野に寂しくもある風の音かな
藤原正家朝臣
承暦二年内裏の歌合によめる
夕されば小野の萩原吹く風に寂しくもあるか鹿の鳴なる
二條太皇太后宮肥後
堀川院の御時百首の歌奉りける時
三室山おろす嵐のさびしきにつまとふ鹿の聲たぐふなり
大納言公實
杣がたに道やまどへるさを鹿の妻とふ聲の繁くもある哉
輔仁のみこ
題志らず
秋の夜は同じ尾上になく鹿の更行くまゝに近くなるかな
源俊頼朝臣
田上の山ざとにて鹿のなくをきゝてよみ侍りける
さを鹿の鳴く音は野べに聞ゆれど泪は床の物にぞ有ける
待賢門院堀川
百首の歌奉りける時よめる
さらぬだに夕さびしき山里の霧のまがきにを鹿なくなり
刑部卿範兼
夜泊鹿といふ心をよめる
湊川うきねの床に聞ゆなりいく田のおくのさを鹿のこゑ
藤原隆信朝臣
うきねする猪名の湊に聞ゆなり鹿の音おろすみねの松風
俊惠法師
夜をこめて明石のせとをこぎ出れば遙に送るさを鹿の聲
道因法師
湊川夜船こぎいづる追風に鹿のこゑさへせとわたるなり
覺延法師
鹿聲兩方といふ心を
宮城野の小萩が原を行く程は鹿の音をさへわけて聞く哉
左京大夫脩範
鹿の歌とてよめる
さを鹿の妻とふ聲もいかなれや夕はわきて悲しかるらむ
左京大夫秀能
聞くまゝにかたしく袖のぬるゝ哉鹿の聲には露やそふ覽
法印慈圓
やまざとの曉がたの鹿の音は夜はの哀のかぎりなりけり
俊惠法師
よそにだに身にしむ暮の鹿の音をいかなる妻か難面かる覽
道因法師
夕まぐれ偖もや秋は悲しきと鹿の音きかぬ人に問はゞや
賀茂政平
常よりも秋の夕をあはれとは鹿の音にてや思ひそめけむ
惟宗廣言
さびしさを何にたとへむを鹿なく深山のさとの明方の空
長覺法師
いか計露けかるらむさを鹿の妻こひかぬる小野の草ぶし
寂蓮法師
尾上より門田にかよふ秋風にいな葉をわたるさ男鹿の聲
讀人志らず
題志らず
驚かす音こそよるの小山田は人なきよりも寂しかりけれ
源兼昌
我門の奥手のひたに驚きてむろのかり田に鴫ぞたつなる
寂蓮法師
虫のねは淺茅が本に埋もれて秋は末ばの色にぞありける
藤原兼宗朝臣
秋の夜の哀はたれも志るものをわれのみとなく蟋蟀かな
左近中將良經
虫聲非一といふ心をよみ侍りける
樣々のあさぢが原の虫のねを哀ひとつにきゝぞなしつる
大炊御門右大臣
百首の歌奉りける時よみ侍りける
夜を重ね聲弱りゆく虫のねに秋のくれぬる程を志るかな
花山院御製
きり%\すの近くなきけるをよませ給うける
秋ふかくなりにけらしな蟋蟀ゆかのあたりに聲聞ゆなり
皇太后宮大夫俊成
保延のころほひ身を恨むる百首の歌よみ侍りける時虫の歌とてよめる
さりともと思ふ心も虫の音もよわりはてぬる秋の暮かな
道性法親王
題志らず
虫の音もまれになりゆくあだし野に獨秋なる月の影かな
式子内親王
草も木も秋の末葉は見えゆくに月こそ色は變らざりけれ
大宮の右のおほいまうち君
後冷泉院の御時九月十三夜月の宴侍りけるによみ侍りける
澄む水にさやけき影の移ればや今宵の月の名に流るらむ
讀人志らず
十三夜の心をよめる
秋の月ちゞに心を碎きゝて今宵一夜にたへずもあるかな
仁和寺入道法親王覺性
月前擣衣といへる心を
さ夜更けて砧の音ぞたゆむなる月を見つゝや衣うつらむ
大納言公實
堀川院の御時百首の歌奉りける時、擣衣
こひつゝや妹がうつらむから衣砧のおとの空になるまで
源俊頼朝臣
松風のおとだに秋はさびしきに衣うつなりたまがはの里
藤原基俊
誰が爲にいかにうてばか唐衣ちたびやちたび聲の恨むる
俊盛法師
旅宿擣衣といへる心をよめる
衣うつ音をきくにぞ志られぬる里遠からぬ草まくらとは
法橋宗圓
霧の歌とてよめる
夕霧や秋の哀をこめつらむわけ入るそでに露のおきそふ
崇徳院御製
暮尋草花といへる心をよませ給うける
秋深みたそがれどきの蘭にほふは名のるこゝちこそすれ
前參議親隆
百首の歌奉りける時よめる
いかにして岩間も見えぬ夕霧にとなせの筏おちてきつ覽
藤原基俊
法性寺入道前太政大臣、内大臣に侍る時家の歌合に殘菊をよめる
今朝みればさながら霜を戴きて翁さびゆく志ら菊のはな
内大臣
月照菊花といへる心をよみ侍りける
白菊の葉におく露にやどらずば花とぞ見ましてらす月影
前大僧正行慶
籬菊如雪といへる心をよみ侍りける
雪ならば籬にのみはつもらじと思ひとくにぞ白菊のはな
祐盛法師
菊の歌とてよめる
朝な/\籬の菊のうつろへば露さへ色のかはりゆくかな
藤原家隆
百首の歌よみ侍りける時菊の歌とてよめる
さえわたる光を霜にまがへてや月にうつろふ白菊のはな
藤原季通
崇徳院に百首の歌奉りける時秋の歌とてよめる
事々にかなしかりけりむべしこそ秋の心を愁といひけれ
藤原基俊
瞻西上人雲居寺にて結縁經の後、宴に歌合志侍りけるに野風の心をよめる
秋にあへずさ社は葛の色づかめあな恨めしの風の景色や
仁和寺後入道法親王覺性
紅葉の心をよみ侍りける
初時雨ふる程もなく志もとゆふ葛城山はいろづきにけり
覺延法師
村雲の志ぐれて染むる紅葉は薄く濃くこそ色も見えけれ
藤原定家
秋の歌とてよめる
志ぐれゆく四方の梢の色よりも秋は夕のかはるなりけり
道命法師
題志らず
おぼろげの色とや人の思ふらむ小倉の山を照すもみぢ葉
小辨
宇治山太政大臣紅葉見侍りけるによめる
君見むと心や志けむ立田ひめもみぢの錦いろをつくせり
素意法師
紅葉留客といへる心をよめる
ふる里にとふ人あらば紅葉のちりなむ後をまてと答へよ
左京大夫顯輔
歌合志侍りける時紅葉の歌とてよめる
山姫にちへの錦を手向けてもちる紅葉をいかでとゞめむ
院御製
月照紅葉といへる心ををのこどもつかうまつりける時よませ給うける
もみぢ葉に月の光をさしそへてこれや赤ぢの錦なるらむ
右のおほいまうち君
嘉應二年法住寺殿の殿上の歌合に關路落葉といへる心をよみ侍りける
山おろしに浦傳ひする紅葉哉いかゞはすべき須磨の關守
大納言實房
清見潟せきにとまらでゆく舟は嵐の誘ふ木の葉なりけり
權中納言實守
もみぢ葉を關もる神に手向けおきて逢坂山をすぐる木枯
左大辨親宗
紅葉のみな紅にちり志けば名のみなりけり志らかはの關
從三位頼政
都にはまだ青葉にて見しかどももみぢちり志く白川の關
刑部卿範兼
湖上落葉といへる心をよめる
小浪や比良の高嶺の山おろしに紅葉を海の物となしつる
藤原清輔朝臣
百首の歌奉りける時よめる
立田山松のむら立なかりせばいづくかのこる緑ならまし
覺盛法師
題志らず
秋といへば岩田のをのゝ柞原時雨もまたず紅葉しにけり
藤原公重朝臣
近衛院の御時祭庭落葉といへる心をよめる
にはの面にちりてつもれる紅葉は九重に志く錦なりけり
俊惠法師
大井川に紅葉見にまかりてよめる
今日みれば嵐の山は大井川紅葉吹颪す名にこそありけれ
道因法師
大井川ながれておつる紅葉かなさそふは峯の嵐のみかは
藤原清輔朝臣
百首の歌の中に紅葉をよめる
今ぞ志る手向の山は紅葉の幣と散交ふ名にこそありけれ
祝部成仲
落葉の心をよめる
立田山麓のさとはとほけれど嵐のつてにもみぢをぞみる
賀茂成保
ふきみだる柞が原を見渡せば色なき風ももみぢ志にけり
藤原朝仲
松間落葉といへる心をよめる
いろかへぬ松ふく風の音はしてちるは柞の紅葉なりけり
惟宗廣言
故郷落葉といへる心をよめる
ふる里の庭は木の葉に色かへてかはらぬ松ぞ緑なりける
法橋慈辨
題志らず
ちり積る木葉も風に誘はれて庭にも秋のくれにけるかな
源俊頼朝臣
堀川院の御時の百首の歌奉りける時よめる
秋の田に紅葉ちりける山里をこともおろかに思ひけるかな
攝政前右大臣
百首の歌よませ侍りける時紅葉の歌とてよみ侍りける
散りかゝる谷の小川の色づけば木の葉や秋の時雨なる覽
後三條内大臣
落葉浮水といへる心をよみ侍りける
くれてゆく秋をば水やさそふらむ紅葉流れぬ山川ぞなき
崇徳院御製
百首の歌めしける時九月盡の心をよませ給うける
紅葉のちりゆく方を尋ぬれば秋もあらしの聲のみぞする
前大僧正覺忠
山寺秋暮といへる心をよみ侍りける
さらぬだに心細きを山ざとの鐘さへ秋のくれをつぐなり
瞻西上人
雲居寺の結縁經の後、宴に歌合志侍りけるに九月盡の心をよみ侍りける
唐錦ぬさにたちもてゆく秋もけふや手向の山路こゆらむ
源俊頼朝臣
あけぬとも猶秋風は音づれて野べのけしきよ面變りすな
前中納言匡房
承暦二年内裏の歌合に紅葉をよめる
立田山ちるもみぢ葉を來てみれば秋は麓に歸るなりけり
花薗左大臣家小大進
百首の歌奉りける時九月盡の心をよめる
今宵まで秋はかぎれと定めける神代も更に恨めしきかな