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2. 千載和歌集卷第二
春歌下

白川院御製

鳥羽殿におはしましける頃常見花といへるこゝろををのこどもつかうまつりけるついでによませ給うける

咲きしより散る迄見れば木の本に花も日數も積りぬる哉

院御製

みこにおはしましける時鳥羽殿に渡らせ給へりける頃池上花といへる心をよませ給うける

いけみづに汀の櫻ちり志きて浪の花こそさかりなりけれ

大宮前太政大臣

山のはなの心をよみ侍りける

自雲とみねには見えて櫻ばな散れば麓の雪にぞありける

藤原季通朝臣

百首の歌たてまつりける時花の歌とて

芳野山花はなかばにちりにけりたえ%\殘る峯の志ら雲

内侍周防

寛治八年さきのおほきおほいまうち君の高陽院の家の歌合に櫻をよめる

山櫻惜む心のいくたびかちるこのもとにゆきかへるらむ

大納言長家

後朱雀院の御時うへのをのこどもひんがし山の花見侍りけるに雨のふりにければ白川殿にとまりて

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[1]おの%\
歌よみ侍りけるによみ侍りける

春雨にちる花見ればかきくらし霙れし空の心地こそすれ
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[1] Shinpen kokka Taikan (Tokyo: Kadokawa Shoten, 1983, vol. 1; hereafter cited as SKT) reads おのおの.

赤染衛門

落花滿山路といへる心をよめる

ふめばをしふまではゆかむ方もなし心づくしの山櫻かな

前中納言匡房

堀川院の御時百首の歌奉りける時櫻をよめる

山櫻ちゞに心の碎くるはちる花ごとにそふにやあるらむ

藤原仲實朝臣

花のちる木の下かげはおのづからそめぬ櫻の衣をぞきる

藤原基俊

春をへて花ちらましや奥山の風を櫻のこゝろとおもはゞ

右兵衛督公行

崇徳院の御時十五首の歌奉りける時花の歌とてよみ侍りける

嵐ふく志賀のやまべの櫻花ちれば雲居はさゞなみぞたつ

前參議親隆

百首の歌奉りける時よめる

春風に志賀の山ごえ花ちれば峰にぞ浦のなみはたちける

左近中將良經

花の歌とてよみ侍りける

櫻さく比良の山風吹くまゝに花になりゆく志賀の浦なみ

右近大將實房

花留客といへる心をよみ侍りける

散りかゝる花の錦は着たれども歸らむことぞ忘られにける

權大納言實國

落花の心をよめる

あかなくに袖に包めば散る花の嬉しと思ふに成ぬべき哉

權中納言通親

久我内大臣の家にて身にかへて花惜むといへる心をよめる

櫻花憂身にかふる例あらばいきて散るをば惜まざらまし

俊惠法師

花の歌とてよめる

み吉野の山志た風やはらふらむ梢にかゝるはなのしら雲

源有房

一枝は折りてかへらむ山櫻風にのみやはちらしはつべき

道因法師

散る花を身にかふ計おもへども叶はで年の老いにける哉

覺盛法師

あかなくに散りぬる花の面影や風に志られぬ櫻なるらむ

源仲綱

山ざくらちるを見てこそ思ひ志れ尋ねぬ人は心ありけり

道命法師

花の散るを見てよみ侍りける

よそにてぞ聞くべかりける櫻花目の前にてもちらしつる哉

能因法師

池に櫻の散るを見てよみ侍りける

櫻ちる水の面には堰止むる花の志がらみかくべかりけり

花薗左大臣

花浮澗水といへる心をよみ侍りける

山風にちりつむ花しながれずばいかで志らまし谷川の水

前大納言俊實

山家落花といへる心をよめる

花のみなちりての後ぞ山里の拂はぬ庭は見るべかりける

藤原基俊

落花客稀といへる心をよめる

故郷は花こそいとゞ忍ばるれちりぬる後はとふ人もなし

源義家朝臣

みちの國にまかりける時なこその關にて花のちりければよめる

吹く風をなこそのせきと思へども道もせにちる山櫻かな

源仲正

小野の氷室山のかたに殘の花尋ね侍りける日僧都證觀が坊してこれかれ歌よみけるによめる

志たさゆるひむろの山の遲櫻きえ殘りける雪かとぞ見る

前參議親隆

百首の歌奉りける時春の歌とてよめる

鏡山光はなの見せければちりつみてこそ寂しかりけれ

藤原季通朝臣

心なき我身なれども津の國の難波の春に堪へずもある哉

前中納言匡房

堀川院の御時の百首のうちよぶこどりをよめる

思ふことちへにや茂き喚子鳥しのだの森のかたに鳴く也

中納言國信

おなじ百首の時すみれをよめる

今宵寐てつみて歸らむ菫さく小野の志ばふは露繁くとも

修理大夫顯季

雉子鳴くいはたの小野の壺菫志めさす計なりにけるかな

源顯國朝臣

嘉承二年后の宮の歌合に菫をよめる

道遠みいり野のはらのつぼ菫春のかたみにつみて歸らむ

前中納言匡房

堀川院の御時の百首のうち山吹をよめる

春ふかみ井手の川水かけ副はゞいくへか見えむ山吹の花

藤原基俊

山吹の花咲きにけり蛙なく井手のさと人いまやとはまし

二條太皇太后宮肥後

堀川院の御時肥後が家によき山吹ありときこしめしてければ奉るとて結びつけ侍りける

九重に八重やまぶきをうつしては井手の蛙の心をぞくむ

藤原範綱

水邊山吹といへる心をよめる

吉野川岸の山吹咲きぬれば底にぞふかきいろは見えける

藤原定經

くちなしの色にぞすめる山吹のはなの下ゆく井手の川水

惟宗廣言

山吹をよめる

いかなれば春を重ねて見つれ共八重にのみさく山吹の花

藤原清輔朝臣

百首の歌奉りけるとき山吹の歌とてよめる

山吹の花のつまとはきかねども移ろふなべになく蛙かな

康資王母

土御門右大臣の家に歌合志けるとき藤花をよめる

何方に匂ひますらむ藤のはなはると夏との岸をへだてゝ

中納言祐家

永承六年内裏の歌合に藤花をよみ侍りける

九重にさけるを見れば藤のはな濃き紫のくもぞ立ちける

大炊御門右大臣

百首の歌奉りける時よみ侍りける

年ふれど變らぬ松を頼みてやかゝり初めけむ池の藤なみ

ニ條院御製

やよひのつごもりの頃白川殿に御かたゝがへの行幸ありける夜春殘二日といへる心をうへのをのこどもつかうまつりけるついでによませ給うける

我もまた春とともにや歸らましあす計をはこゝに暮して

崇徳院御製

百首の歌めしけるとき暮のはるの心をよませたまうける

花は根に鳥は古巣に歸るなり春のとまりを志る人ぞなき

中務卿具平のみこ

三月のつごもりによみ侍りける

命あらば又も逢見む春なれど
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[2]忍ひ
がたくて暮す今日かな

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[2] SKT reads しのび.

式子内親王

ながむれば思ひやるべき方ぞなき春のかぎりの夕暮の空

大納言隆季

百首の歌奉りける時暮の春の心をよみ侍りける

くれてゆく春は殘りもなき物を惜む心のつきせざるらむ

久我内大臣

三月盡の心をよみ侍りける

入日さす山の端さへぞ恨しきくれずば春の歸らましやは

藤原定成

幾歸り今日に我身の逢ひぬ覽惜きは春の過ぐるのみかは

源仲綱

身のうさも花見しほどは忘られき春の別を歎くのみかは

藤原經家朝臣

何方と春のゆくへは志らねども惜む心のさきに立つらむ

琳賢法師

行路三月盡といへる心をよめる

諸共に同じ都は出でしかどつひにも春にわかれぬるかな

法印靜賢

三月盡の日皇太后宮大夫俊成の許によみて遣はしける

花はみな四方の嵐にさそはれて獨や春のけふは行くらむ

權大僧都範玄

閏三月盡によみ侍りける

花の春重るかひぞ無りける散らぬ日數のそはゞ社あらめ

前大僧正覺忠

海路三月盡といへる心をよめる

をしめどもかひも渚に春くれて浪と共にぞ立ち別れぬる

前中納言匡房

堀川院の御時百首の歌奉りける時春の暮をよめる

常よりもけふのくるゝを惜むかな今幾度の春と志らねば

前齋宮河内

けふ暮れぬ花の散しもかくぞありし二度春は物を思ふよ