University of Virginia Library

12. 千載和歌集卷第十二
戀歌二

大納言公實

堀川院の御時百首の歌奉りける時戀の心をよみ侍りける

思ひ餘り人にとはゞや水無川結ばぬ水に袖はぬるやと

花園左大臣

題志らず

はかなくも人に心を盡すかな身の爲にこそ思ひそめしか

二條太交代校風大貳

戀ひそめし人はかくこそつれなけれ我泪しも色變るらむ

前中納言雅兼

白川院三條殿におはしましける時をのこども戀の歌よみ侍りけるによめる

かゝりける泪と人も見る計志ぼらじ袖よ朽ちはてねたゞ

源俊頼朝臣

權中納言俊忠の家に戀十首の歌よみ侍りける時いのれどもあはざる戀といへる心を

うかりける人を初??の山颪し烈しかれとは祈らぬものを

修理大夫顯季

おなじ十首の中に誓ふ戀といへる心をよめる

嬉しくば後の心を神もきけ引く志め繩のたえじとぞ思ふ

藤原顯仲朝臣

臥しながら無實戀

結びおく伏見の里の草枕とけでやみぬる戀にもあるかな

權中納言俊忠

來てとゞまらぬ戀

こひ/\てかひも渚に沖つ浪よせてはやがて立返れとや

徳大寺左大臣

女につかはしける

いかで我つれなき人に身をかへて戀しき程を思知らせむ

源雅光

法性寺入道前太政大臣、内大臣に侍りける時家の歌合に戀のこゝろをよめる

玉藻かる野島の浦の蜑だにもいとかく袖はぬるゝ物かは

藤原重基

あふことをその年月と契らねば命や戀のかぎりなるらむ

藤原宗兼朝臣

中院入道右大臣、中將に侍りける時歌合志侍りけるに戀の心とてよめる

戀渡る泪の川に身をなげむこの世ならでも逢??ありやと

前參議親隆

百首の歌奉りける時戀の歌とてよめる

陸奥の十網の端にくるつなのたえずも人にいひ渡るかな

院御製

遂日増戀といへる心をよませ給ひける

戀侘ぶる今日の泪にくらぶれば昨日の袖はぬれし數かは

右のいひいまうち君

題志らず

朝まだき露をさながら笹めかる賤が袖だに斯はぬれじを

權大納言實國

鹽たるゝいせをの蜑や我ならんさらばみるめをかる由もがな

權大納言實家

よしさらば逢ふとみつるに慰まむ醒る現も夢ならぬかは

右衛門督頼實

如何計思ふと志りてつらからむあはれ涙の色を見せばや

俊惠法師

戀死なむ命を誰に譲りおきてつれなき人の果をみせまし

從三位頼致

せきかぬる涙の川のはやき??はあふよりほかの柵ぞなき

藤原顯方

わが戀は年ふるかひもなかりけり羨ましきは宇治の橋守

道因法師

なれて後志なむ別の悲しきに命にかへぬ逢ふこともがな

賀茂重保

錦木の千束に限なかりせば猶こりずまにたてましものを

前參議教長

百首の歌奉りける時戀の歌とてよめる

如何計戀路は遠きものなれば年はゆけども逢??なからむ

三のみこの家の越後

とき%\物申しかはしける人に名のたつは志らぬかと人のつけゝればよめる

なれて後つらからましに較ぶれば無名は事の數ならぬ哉

法性寺入道前太政大臣參河

大納言志げみち少將に侍りける時名の立つこと侍りけるをおなじくば誠になさばやといひ遣うはしければよみてつかはしける

逢見むと思ひなよりそ白浪の立ちけむ名だにをしき汀を

道因法師

後三條内大臣の家に歌合志侍りける時戀の歌とてよめる

戀死なむ身は惜からず逢ふ事にかへむ程までと思ふ計ぞ

左京大夫顯輔

贈左大臣長實八條の家にて戀のこゝろをよめる

今はさは逢見むまでは難くとも命とならむ言の葉もがな

平忠盛朝臣

題志らず

一かたに靡く藻汐の煙かなつれなき人のかゝらましかば

藤原通經

戀侘ぬちぬの丈夫ならなくに生田の川に身をや投げまし

寂越法師

命をばあふにかへむと思しを戀死ぬとだに知せてしがな

源師光

こひしとも又つらしとも思ひやる心何れか先にたつらむ

道因法師

逢ふならぬ戀慰めのあらば社つれなしとても思絶えなめ

顯昭法師

つれなさに今は思もたえなまし此世ひとつの契なりせば

源慶法師

うたゝねの夢に逢見て後よりは人も頼めぬ暮ぞまたるゝ

朝惠法師

哀とも枕ばかりやおもふらむ泪たえせぬ夜半のけしきを

二條院内侍參河

忍戀のこゝろを讀み侍りける

衣手におつる涙のいろなくば露とも人にいはましものを

殷富門院大輔

思ふことを忍ぶにいとゞそふ物は數ならぬ身の歎きなりけり

攝政前右大臣

右大臣に侍りける時家に歌合志侍りける時戀の歌とてよみ侍りける

行き歸る心に人のなるればや逢見ぬさきに戀しかるらむ

左衛門督家通

寄??戀といへる心をよめる

逢事をさりともとのみ思ふ哉ふしみの里の名を頼みつゝ

二條院御製

忍びてくれにまうのぼるべきよし侍りける人に遣はしける

などやかくさも暮難き大空ぞ我待つ事はありと志らずや

式子内親王

百首の歌の中に戀のこゝろを

袖の色は人のとふまでなりもせよ深き思ひを君に頼まば

左近中將良經

契暮秋戀といへる心をよみ侍りける

秋はをし契はまたるとにかくに心にかゝるくれの空かな

藤原成家朝臣

戀の歌とてよめる

戀をのみ志ぐるゝ空の浮雲は曇りもあへず袖ぬらしけり

藤原家實

忍傳書戀といへる心をよめる

磯隱れかきはやれども藻鹽草立ちくる浪に顯はれやせむ

藤原家隆

題志らず

くれにとも契りて誰かへるらむ思ひたえたる曙のそら

讀人志らず

契置く其言の葉に身をかへて後の世にだに逢見てしがな

殷富門院尾張

大内にて月あかゝりける夜人々あそびけるをほのかにみて心あくがるゝよしいひて侍りける人の返事につかはしける

誰れ故かあくがれにけむ雲間より見し月影は獨ならじを

藤原家基

戀爲後世妨といへる心をよめる

こえやらで戀路迷ふ相坂や世を果てぬ關となる覽

西住法師

乍臥無戀といへる心をよめる

手枕の上にみだるゝ朝寐髮志たにとけずと人は志らじな

從三位頼政

題志らず

わが袖の潮のみちひる浦ならば泪のよらぬ祈もあらまし

法印靜賢

鹽たるゝ袖のひるまはありや共あはでの浦の蜑に問ばや

俊惠法師

思ひきや夢をこの世の契にてさむる別をなげくべしとは

藤原隆信朝臣

われ故の泪とこれをよそに見ば哀なるべき袖のうへかな

賀茂政平

あふことのかく難ければつれもなき人の心や岩木なるらむ

源光行

こひ志なむ泪のはてや渡川ふかき流れとならむとすらむ

二條院讃岐

寄石戀といへる心を

我袖は鹽干に見えぬ沖の石の人こそ志らね乾くまもなき

民部卿成範

題志らず

斯りける歎きは何の報ぞと志る人あらばとはましものを

太宰大貳重家

戀死なむことぞはかなき渡川逢??ありとはきかぬものゆゑ

刑部卿範兼

妹が當り流るゝ川の??によらば泡とて成も消むとぞ思ふ

權中納言經房

石清水の歌合とて人々讀み侍りける時寄松戀といへる心をよみ侍りける

儚しな心づくしに年をへていつとも志らぬあふの松ばら

寂蓮法師

戀の歌とてよめる

思寐の夢だに見えで明けぬればあはでも鳥の音社つらけれ

俊惠法師

終夜もの思ふ比は明けやらぬ閨の隙さへつれなかりけり

いたづらに志をるゝ袖を朝露にかへる袂と思はましかば

管原是忠

戀故はさも非ぬ人ぞ恨しき我れよそならば問はまし物を

藤原親盛

おもひせく心の中の志らがみも堪へずなりぬる涙河かな

靜縁法師

おのづからつらき心も戀るやと待ちみむ程の命ともがな

大江維順がむすめ

むつまじくはならで忘られにける人につかはしける

忘らるゝ憂名は偖も立ちにけり心の中はおもひわけども

藤原顯家朝臣

晩風催戀といへる心をよめる

よとゝもにつれなき人を戀草の露こぼれ増す秋の夕かぜ

源師光

題志らず

戀しさを如何はすべき思へ共身は數ならず人はつれなし

權大納言實國

女のもとにつかはしける

戀死なば我れ故とだに思ひ出よさ社はつらき心なりとも

左衛門督家通

只管に恨み志もせじ先の世にあふ迄こそは契らざりけめ

藤原公衡朝臣

思ひながら色には出でざりけるを女のもとにて鏡をかりてそのうらにかきつけ返し侍りける

ます鏡心もうつるものならばさりともいまは哀とやみむ

權中納言通親

法性寺殿の殿上の歌合に臨期違約戀といへる心をよめる

いま志ばしそら頼めにも慰めで思ひたえぬるよひの玉章

藤原盛方朝臣

杣川の淺からずこそ契りしかなどこのくれを引き違ふ覽

皇太后宮大夫俊成

思ひきや榻の端書かきつめて百夜も同じまろねせむとは