University of Virginia Library

三 大岳より鈴鹿

 五日、大岳を立ちて遙かに行けば、内の白川、外の白川といふ處をすぎて鈴鹿山にかかる。山中よりは伊勢の國に移りぬ。重山、雲さかしく、越ゆれば即ち千丈の屏風いよいよしげく、峯には松風かたかたに調べて

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康が姿しきりに舞ひ、林には葉花まれに殘りて蜀人の錦わづかに散りぼふ。これのみに非ず、山姫の夏の衣は梢の翠に染めかけ、樹神のこだまは谷の鳥に答ふ。羊膓、坂きびしくして、駑馬、石に足なへぐ。すべてこの山は、一山中に數山をへだてて、千巖の嶺、眼にさはり、一河の流れ、百瀬に流れて、衆客の歩み、足をひたせり。山かさなり、江かさなれば、當路にありといへども、萬里の行程は半ばにも至らず。

鈴鹿川ふるさと遠く行く水に
ぬれていくせの浪をわたらん

 薄暮に鈴鹿の關屋にとまる。上弦の月、峯にかかり、虚弓いたづらに歸雁の路に殘る。下流の水、谷に落つ、奔箭すみやかにして虎に似たる石にあたる。ここに旅驛やうやくに夜をかさねて、枕を宿縁の草に結び、雲衣、曉さむし、蓆を岩根の苔にしく。松は君子の徳を垂れて天の如く覆へども、竹は吾友の號あれば陰に臥して夜を明かす。

鈴鹿山さしてふるさと思ひ寢の
夢路のすゑに都をぞとふ