University of Virginia Library

一四 木瀬川より竹の下

 十五日、木瀬川を立つ。遇澤といふ野原をすぐ。この野、何里とも知らず、遙々と行けば、納言は、「ここにてはや暇うべし」と聞えけるに、「心中に所作あり今しばし」と乞ひ請けられければ、なほ遙かに過ぎ行きけん、げに羊の歩みに異ならず。心ゆきたる歩きなりとも、波の音、松の風、かかる旅の空は、いかが物あはれなるべきに、いはんや馬嵬の路に出でて牛頭の境に歸らんとする涙の底にも、都に思ひおく人々や心にかかりて、ありやなしやの言の葉だにも、今ひとたび聞かまほしかりけん。されども隅田川にもあらねば、こととふ鳥の便りだになくて、この原にて永く日の光に別れ、冥き路に立ちかくれにけり。

都をばいかに花人春たえて
東の秋の木の葉のとは散る

 やがて按察使(光親卿)前左兵衞督(有雅卿)同じくこの原にて末の露もとの雫とおくれ先立ちにけり。それ人、常の生なし、それ家、常の居なし。これは世の習ひ、事のことわりなり。されども期來りて生を謝せば、理を演べて忍びぬべし。縁つきて家を別れば、習ひを存じて慰みぬべし。別れし處は憂き處なり、都のほかの荒々たる野原の旅の道、沒せし時はいまだしき時なり、恨を含みし悄々たる秋天の夕の雲。まことに時の災げつの遇に逢へりといへども、これはこれ、先世の宿業の報へる報ひなり。そもそもかの人々は、官班身を飾り、名譽聞きを飽く。君恩あくまでうるほして降る雨の如し。人望かたがたに開けて盛なる花に似たりき。中に黄門都護は、家の貫首として一門の間にけんをおし開き、朝の重臣として萬機の道に線を調へき。誰か思ひし、天にはかに災を降して天命を滅ぼし、地たちまちに夭をあげて地望を失はんとは。哀なるかな、入木の鳥の跡は千年の記念に殘り、歸泉の靈魂は九夜の夢に迷ひにき。されども善惡、心に強くして生死はただ恨なりと思へりき。つひに十念相續して他界に移りぬ。夏の終り秋の始め、人醉ひ世濁りしてその間の妄念はさもあらばあれ、南無西方彌陀觀音、その時の發心なほざりならずば來迎たのみあり。これやこの人々の別れし野邊と打眺めてすぐれば、淺茅が原に風たちて、靡く草葉に露こぼれ、無常の郷とはいひながら、無慚なりける別れかな。有爲の境とは思へども、うかりける世の中かな。官位は春の夢、草の枕に永く絶えぬ。榮樂は朝の露、苔のむしろに消えはてぬ。死して後の山路は從はぬ習ひなれば、おくるる恨もいかがせん。東路にひとり出でて、けやけき武者にいざなはれ行きけん心のうちこそ哀れなれ。かの冥吏呵責の庭に、ひとり自業自得の斷罪に舌をまき、この妻恩別離の跡に、各、不意不慮の横死に涙をかく。生きての別れ、死にての悲み、二つながらいかがせん。眞を寫してもよしなし、一生いくばくか見ん、魂を訪らひて足りぬべし、二世の契むなしからん。

思へばなうかりし世にもあひ澤の
水のあわとや人の消えなん

 今日は足柄を越えて關の下の宿に泊るべきに、日路に烏むらがり飛びて、林の頂に鷺ねぐらを爭へば、山のこなたに竹の下といふ處に泊る。四方は高き山にて、一河、谷に流れ、嵐おちて枕をたたく、問へばこれ松の音。霜さえて袖にあり、拂へばただ月の光、寢ざめの思ひにたへず。ひとり起きゐて殘りの夜を明かす。

見し人に逢ふ夜の夢のなごりかな
かげろふ月に松風のこゑ
ふくる夜の嵐の枕ふしわびぬ
夢もみやこに遠ざかり來て