遺書
與謝野晶子 (Isho) | ||
八
光 ( ひかる ) を見てお 艶 ( つや ) さんが母と叔母の前で 陰陽 ( かげひなた ) をすると云つて罵しつておいでになつた日には、私は思はずヒステリーに感染した 恥 ( はづ ) かしい真似をしました。雨の中へ重い 光 ( ひかる ) を抱いて出まして、叔母さんが 恐 ( こは ) いから逃げて 行 ( ゆ ) きませうなどと云ひました。私を介抱して下すつたのは春夫さんと 菽泉 ( しゆくせん ) さんでした。そのお二人がお 濡 ( ぬら ) しになつた 靴足袋 ( くつたび ) を乾かしてお返しする時にお 艶 ( つや ) さんのなすつた丁寧な挨拶を書斎に居て聞きながら、私は 病 ( やまひ ) の本家が自分になつたと思つて苦笑しました。 光 ( ひかる ) が叔母さんの前ですることが 陰 ( かげ ) なら、 母 ( かあ ) さんの前ですることもやはり 陰 ( かげ ) で、そんなにいヽと思ふこともして居ないと私はお 艶 ( つや ) さんに云ひたかつたのですが、大阪育ちの私はそんな時には駄目なのです。 光 ( ひかる ) が善良な子であると云ふことにはあなたも異論がおありにならないでせう。一年に三四度づヽは学校の先生もさう云つて下さいます。藤島先生もさう思つていらつしやるのです。私の日本を立つ時に敦賀まで来て下すつた 茅野 ( ちの ) さんも、 光 ( ひかる ) さんは憎まうとしても憎めない性質を持つて居るから叔母さんも可愛がりなさるでせうと云つて私を安心させて下すつたのでしたが、つまりああした中性のやうになつた 方 ( かた ) は男から見ても女から見ても想像の出来ない心理の変態があるのだらうと思ひます。
最初の覚書にはまだ 光 ( ひかる ) のエプロンにはこんな形がいいとか、 股引 ( もヽひき ) はかうして女中に 裁 ( たヽ ) せて下さいとか書いて図を引いて置いたりしましたが、 其頃 ( そのころ ) のことを思ひますと 光 ( ひかる ) は大きくなりました。私等二人のして来た苦労が今更に哀れなものとも美しいものとも思はれます。この 書物 ( かきもの ) が不用になつて、また何年かの 後 ( のち ) に更に覚書を作るのであつたなら、この感は一層深いであらうと思ひます。私はもうその時分になつてはこんな物を長々と書くまいとも思ひ、一層書くことが多いであらうとも思はれます。私は 併 ( しか ) しながら話を聞くだけでも 眩暈 ( めまひ ) のしさうな 光 ( ひかる ) 達の祖父の 方 ( かた ) がなすつたと云ふ子女の厳しい教育に比べて、 煙管 ( きせる ) の 雁首 ( がんくび ) でお 撲 ( う ) ちになつた 傷痕 ( きずあと ) が幾十と数へられぬ程あなた 方 ( がた ) 御兄弟の頭に残つて居ると云ふやうなことに比べて、寛容をお誇りになるあなたであつても、生きた 光 ( ひかる ) 達をお託しすることの不安さは何にも 譬 ( たと ) へられない程に思つて居るのです。あなたのお飼ひになる小鳥の籠を 覆 ( くつがへ ) すやうなことがあつても私の子は親の家を 逐 ( お ) はれるでせう。あなたが 仏蘭西 ( フランス ) からお持ち帰りになつた陶器の一つに傷を附けた時、私の子は 旧 ( もと ) に戻せと云ふことを幾百 度 ( たび ) あなたから求められたでせう。私は 此処 ( ここ ) まで書いて来まして非常に気が 昂 ( あが ) つて来ました。母を持たない我子は孤児になる 方 ( はう ) がましなのではなからうかと思ひます。 先刻 ( さつき ) 御一緒に飲んだココアのせいなのでせうか。私には隣国の某 太后 ( たいこう ) が養子の帝王に下した最後の手段を幻影に見て居ます。けれど私はそれを決して実行致しません。もとよりこの覚書を見て頂かうと思つて居ます。 殊 ( こと ) に私は 白髪 ( しらが ) を掻き垂れて登場して来ようとするあなたの初恋の女のために、あなたと一緒に葬られやうとしたと思はれては厭ですから。
妙な調子になつて来ました。
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