University of Virginia Library

1. 好色一代女卷一

目録

  • 老女隱家
    都に是沙汰の女たづねて
    むかし物がたりをきけば一代のいたづら
    さりとはうき世のしやれもの
    今もまだうつくしき
  • 舞曲遊興
    清水のはつ櫻に見し幕のうちは
    一ふしのやさしき娘はいか成人のゆかりそ親は/\
    あれをしらずや祇園町のそれ
    今でも自由になるもの
  • 國主艶妾
    三十日切の手掛者にはあらず
    よしある人の息女もすゑをたのみにやる事
    さてはかりそめになるまい
    なるとも/\望次第
  • 淫婦美形
    京のよい中をあらためたる女
    嶋原の太夫職の風俗よしあしのせんぎがくとい
    おもはく丸裸にして語るに
    思ひの外なる内證

1.1. 老女のかくれ家

美女は命を斷斧と古人もいへり。心の花散ゆふべの燒木となれるは何れか是をの がれじ。されども時節の外なる朝の嵐とは。色道におぼれ若死の人こそ愚なれ。其種 はつきもせず人の日のはじめ。都のにし嵯峨に行事ありしに。春も今ぞと花の口びる うごく梅津川を渡りし時うつくしげなる當世男の采體しどけなく。色青ざめて戀に貌 をせめられ行末頼みすくなく。追付親に跡やるべき人の願ひ。我萬の事に何の不足も なかりき。此川の流れのごとく契水絶ずもあらまほしきといへば。友とせし人驚き我 は又女のなき國もがな。其所に行て閑居を極め惜き身をながらへ。移り替れる世のさ ま%\を見る事もといふ。此二人生死各別のおもはく違ひ人命短長の間。今に見果ぬ 夢に歩み現に言葉をかはすがごとく。邪氣亂つのつて縹行れし道は一筋の岸根づたひ に。防風莇など萌出るを用捨もなく踏分。里離なる北の山陰に入られしに何とやらゆ かしく。其跡をしたひしに女松村立萩の枯垣まばらに。笹の編戸に犬のくゞり道のあ らけなく。それより奥に自然の岩の洞静に片びさしをおろして軒はしのぶ草すぎにし 秋の蔦の葉殘れり。東の柳がもとに筧音なしてまかせ水の清げに。爰に住なせるある じはいかなる御法師ぞと見しに。思ひの外なる女のらふ蘭て三輪組。髪は霜を抓つて 眼は入かたの月影かすかに。天色のむかし小袖に八重菊の鹿子紋をちらし。大内菱の 中幅帯前にむすびて。今でも此よそひさりとては醜からず。寢間とおもふなげしのう へに瀑板の額掛て好色菴としるせり。いつ燒捨のすがりまでも聞傳へし初音是なるべ し。なほ心も窓より飛いるおもひに成て。しばし覗しうちに最前の二人の男。案内し つた皃にものもも乞ずして入ける。老女忍笑てけふも亦我を問れし。世には惱の深き 調謔もあるに。なんぞ朽木に音信の風聞に耳うとく語るに口おもければ。今の世間む つかしく爰に引籠て七とせ。開ける梅暦に春を覺え。青山かはつて白雪の埋む時冬と はしられぬ。邂逅にも人を見る事絶たり。いかにして尋ねわたられしといへば。それ は戀に責られ是はおもひに沈み。いまだ諸色のかぎりをわきまへがたし。或人傳て此 道にきたるなれば。身のうへの昔を時勢に語り給へと。竹葉の一滴を玉なす金盃に移 し。是非の斷りなしに進めけるに老女いつとなく亂れて。常弄し繩ならして戀慕の詩 をうたへる事しばらくなり。其あまりに一代の身のいたづらさま%\になりかはりし 事ども。夢のごとくに語る。自そも/\はいやしからず。母こそ筋なけれ父は後花園 院の御時。殿上のまじはり近き人のすゑ%\。世のならひとておとろひあるにも甲斐 なかりしに我自然と面子逶やかにうまれ付しとて大内のまたうへもなき官女につかへ て。花車なる事ども有増にくらからず。なほ年をかさね勤めての後は。かならず惡か るまじき身を十一歳の夏はじめより。わけもなく取亂して人まかせの髪結すがたも氣 にいらず。つとなしのなげしまだ隱しむすびの浮世髻といふ事も我改ての物好み。御 所染の時花しも明暮雛形に心をつくせし以來なり。されば公家がたの御暮しは哥のさ ま鞠も色にちかく。枕隙なきその事のみ見るに浮れ聞にときめき。おのづと戀を求し 情にもとづく折から。あなたこなたの通はせ文皆あはれにかなしく。後は捨置所もな く物毎いはぬ衞士を頼みてあだなる煙となすに。諸神書込し所は消ずも吉田の御社に 散行ぬ。戀程をかしきはなし我をしのぶ人。色作りて美男ならざるはなかりしに。是 にはさもなくて去御方の青侍共身はしたなくて。いやらしき事なるに初通よりして文 章命も取程に次第/\に書越ぬ。いつの比かもだ/\とおもひ初逢れぬ首尾をかしこ く。それに身をまかせて浮名の立事をやめかたく。ある朝ぼらけにあらはれ渡り。宇 治橋の邊に追出されて身をこらしめけるに。墓なや其男は此事に命をとられし。其四 五日は現にもあらず寢もせぬ枕に。物はいはざる姿を幾度かおそろしく。心にこたへ 身も捨んとおもふうちに。又日數をふりて其人の事はさらにわすれける是を思ふに女 程あさましく心の變るものはなし。自其時は十三なれば人も見ゆるして。よもやそん な事はとおもはるゝこそをかしけれ。古代は縁付の首途には親里の別れをかなしみ。 泪に袖をしたしけるに。今時の娘さかしくなりて仲人をもどかしく。身拵へ取いそぎ 駕籠待兼。尻がるに乘移りて悦喜鼻の先にあらはなり。此四十年跡迄は女子十八九ま でも。竹馬に乘りて門に遊び。男の子も定まつて廿五にて元服せしに。かくもまたせ はしく變る世や。我も戀のつほみより色しる山吹の瀬/\に氣を濁して。おもふまゝ 身を持くすしてすむもよしなし

1.2. 舞ぎよくの遊興

萬上京と下京の違ひありと耳功者なる人のいへり。明衣染の花の色も移りて小町 踊を見しに。里の總角なるふり袖に太皷の拍子。四条通迄は静にゆたかにいかさま都 めきけり。それより下は町筋かぎりて聲せはしく。足音ばたつきかくもかはる物ぞか し。ひとつうつ手も間をよく調子を覺え。すぐれて見えける人は人の中にての人なり。 萬治年中に駿河國あべ川のあたりより。酒樂といへる座頭江戸にくだりて。屋敷方の 御慰に紙帳のうちに入て。鳴物八人の役を獨して間をあはせける。其後都にのぼり藝 をひろめけるに。殊更風流の舞曲を工夫して人のために指南をするに。小女あつまり て是を世わたりにならへり。女歌舞妃にはあらずうるはしき娘を此業に仕入て。うへ つかたの御前さまへ一夜づゝ御なぐさみにあげける。衣しやうも大かたに定まれり。 紅がへしの下着に箔形の白小袖をかさね。黒きそぎゑりを掛て帯は。三色ひだり繩う しろむすびにして。金作りの木脇差印籠きんちやくをさげて。髪は中剃するも有つと して若衆のごとく仕立ける。小哥うたはせ踊らせ酒のあいさつ。後には吸物の通ひも する事なり。諸國の侍衆又はお年よられたるかたを。東山の出振舞の折ふし五七人も うちませたる風情は。また是よりはあるまじき遊興ものぞかし。男ざかりの座敷へは すこしぬる過て見えける。壹人を金一角に定め置しはかるゆきなる呼物也。いづれを 見ても十一二三までの美少女なるが。よく/\是にそまり都の人馴て。客の氣をとる 事難波の色里の禿よりはかしこし。次第におとなしうなりて十四五の時は客只はかへ さじ。それも押付業にはおもひもよらず。人の心

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まかせなるやう にじやらつきて、かんじんのぬれかゝれば、
手をよくはづし。其人になづませ 我おぼしめさば。忍びてお獨親かたへ御入あらば。よき首尾見合酒に醉出し前後覺ぬ 風情
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寢かけたる時
はやしかたの若い者どもにすこしの御心 付ありて。御機嫌とるさはぎのうちになる事と。深くおもはせおもく仕掛て遠國衆に したゝか取事也。素人しりたまはぬ事どれにても自由になるものぞかし。名を取し舞 子も銀壹枚に定めし。我としの若かりし時是に身をなすにはあらずして。此子共の風 俗を好て宇治の里より通ひ。世のはやり事をならひしに。すぐれて踊る事を得たれば。 人皆ほめそやすにしたがひ。つのりておもしろさ後無用との異見を聞ず。此道のかぶ き者となりたま/\は。さし出たる座敷に面影を見せける。されども母の親つき添て 外なる女と同じき。いたづらげはみぢんなかりし。人なほならぬに氣をなやみて戀が れ死もありける。ある時西國がたの女中川原町に養生座敷をかりて。涼みの比より北 の山/\雪になる迄。さのみ藥程の御氣色にもあらず。毎日樂乘物つらせて出られし に。高瀬川のそこにて我を見そめ給ひて。人傳をたのみめしよせられ。明暮其夫婦の 人かはゆがられ取まはしのいやしからずとて。國なる獨子のよめにしてもくるしから じと。我もらはれて行すゑはめでたき事に極りぬ。此奥の姿を見るに京には目なれず。 田舎にもあれ程ふつゝかなるは又有まじ。其殿のうつくしさ今の大内にも誰かはおよ びがたし。我いまだ何心もあるまじきと。二人の中に寢さゝれて
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たはぶれの折からは心におかしくて、我もそんな事は三年前よりよく 覚し物をと齒切をしてこらへける。さびしき寢覺に、彼殿の片足身にさはる時、もは 何の事もわすれて、内義の鼾きゝすまし、殿の夜着よりしたに入て、其人をそゝなか して
ひたもの戀
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のやめがたく
程なくしれて。さても /\油斷のならぬは都。我國かたのあの時分の娘は。いまだ門にて竹馬に乘あそびし と。大笑ひをいとまにして又親里に追出されける

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In the Hakubunkan copy-text this phrase was replaced by circles. The phrase has been added to this etext from the standard text in the Nihon Koten Bungaku Taikei. (Tokyo: Iwanami Shoten, 1957), vol. 47.
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1.3. 國主の艶妾

松の風江戸をならさす。東國づめのとしある大名の御前死去の後。家中は若殿な き事をかなしみ。色よき女の筋目たゞしきを四十餘人。おつぼねの才覺にて御機嫌程 見合。御寢間ちかく戀を仕掛奉りしに。皆初櫻の花のまへかた一雨のぬれに。ひらき て盛を見する面影いづれか詠めあくべきにあらず。されども此うちの獨も御氣にいら ざる事をなげきぬ。是をおもふに東そだちのすゑ%\の女は。あまねくふつゝかに足 ひらたく。くびすぢかならずふとく肌へかたく。心に如在もなくて情にうとく。欲を しらす物に恐れず。心底まことはありながらかつて色道の慰みにはなりがたし。女は 都にまして何國を沙汰すべし。ひとつは物越程可愛はなし。是わざとならず王城に傳 へていひならへり。其ためしは八雲立國中の男女。言葉のあやぎれせぬ事のみ多し。 是よりはなれ嶋の隱岐の國の人は。その貌はひなびたれども。物いひ都の人にかはる 事なし。やさしくも女の琴碁香歌の道にも心ざしのありしは。むかし此嶋に二の宮親 王流れまし/\。萬其時の風義今に殘れり。よき事は京にあるべしと家ひさしき奥横 目。七十餘歳をすぎて物見るには目がねを掛。向齒まばらにして鮹の風味をわすれ。 かうの物さへ細におろさせ世に樂しみなき朝夕をおくり。ましてや色の道ふんどしか きながら。女中同前の男心のうき立程大口いふより外はなし。然ども武士の勤め迚袴 かた絹刀わきざしはゆるさず。腰ぬけ役の銀錠をあづかりける。是を京女の目利にの ぼさるゝは猫に石佛そばに置てから何の氣遣もなし。若ければ釋迦にも預られぬ道具 ぞかし。寂光の都室町の呉服所笹屋の何がしにつきて。此度の御用は若代の手代衆に は申渡さじ。御隱居夫婦にひそかなる内談と申出さるる迄は何事かと心元なし。律義 千萬なる皃つきして殿樣お目掛を見立にと申されけれは。それはいづれの大名がたに もある事なり。扨いかなる風俗を御望みと尋ねければ。彼親仁しま梧の掛物筥より女 繪を取出し。大かたは是にあはせて抱へたきとの品好み。是を見るに先年は十五より 十八迄。當世皃はすこし丸く色は薄花櫻にして面道具の四つふそくなく揃へて。目は 細きを好まず眉あつく。鼻の間せはしからず次第高に。口ちひさく齒並あら/\とし て白く。耳長みあつて縁あさく身をはなれて根迄見えすき。額はわざとならずじねん のはへどまり。首筋立のびておくれなしの後髪。手の指はたよはく長みあつて爪薄く。 足は八もん三分に定め親指反てうらすきて。胴間つねの人よりながく腰しまりて肉置 たくましからず尻付ゆたやかに。物越衣しやうつきよく。姿に位そなはり心立おとな しく。女に定まりし藝すぐれて萬にくらからず。身にほくろひとつもなきをのぞみと あれば。都は廣く女はつきせざる中にも。是程の御物好み稀なるべし。然ども國の守 の御願ひ千金に替させ給へば。世にさへあらばさがし出す。其道を鍛錬したる人置竹 屋町の花屋角右衞門に内證を申わたしぬ。そも/\奉公人の肝煎渡世とする事。捨金 百兩の内拾兩とるなり。此十兩の内を又銀にして拾匁使する口鼻が取ぞかし。目見え の間衣類なき人はかり衣しやう自由なる事也。白小袖ひとつあるひは黒りんず上着に 惣鹿子。帯は唐織の大幅にひぢりめんのふたの物。御所被に乘物ぶとん迄揃て一日を 銀貳拾目にて借なり。其女御奉公濟ば銀壹枚とる事なり。いやしき者の娘には取親と て。小家持し町人を頼み其子分にして出すなり。此徳はあなたよりの御祝義をもらひ。 すゑずゑ若殿などもふけ御持米の出し時も取親の仕合也。奉公人もよろしき事をのぞ めば目見えするもむつかし。小袖のそんりやう貳十目六尺二人の乘物三匁五分。京の うちはいづかた迄も同じ事なり。小女六分大女八分二度の食は手前にて振舞也。折角 目見えをしても首尾せされば。二十四匁九分のそん銀かなしき世渡りぞかし。あるは 又興に乘じ大坂堺の町衆嶋原四条川原ぐるひの隙に太皷持の坊主を西國衆に仕立。京 中の見せ女を集め慰にせられける。目に入しを引とゞめしめやかに亭主をたのみ。當 座ばかりの執心さりとはおもひよらず。口惜く立歸るをさま/\いひふせられて。さ もしくも欲にひかれかりなる枕にしたがひ。其諸分とて金子貳分に身を切賣是非もな き事のみ。それもまづしからぬ人の息女はさもなし。彼人置のかたより兼て見立し美 女を百七十餘見せけれども。ひとりも氣に入ざる事をなげき。我を傳へ聞て小幡の里 人より。住隱れし宇治にきて我を迎て歸り。とりつくろひなしについ見せけるに。江 戸より持てまゐりし女繪にまさりければ。外又せんさくやめて此方のぞみの通万事を 定めて濟ける是を國上らふといへり。はる%\武藏につれくだられ淺草のお下屋しき に入て。晝夜たのしみ唐のよし野を移す花に暮し。堺町の芝居を呼寄笑ひ明し。世に また望みはなき榮花なりしに。女はあさましくその事をわすれがたし。されども武士 は掟ただしく奥なる女中は。男見るさへ稀なればましてふんどしの匂ひもしらず。

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菱川が書しこきみのよき姿枕を見ては、我を覺ず上氣して、いた づら心もなき足の跟手のたか/\指を引なびけ、ひとりあそびも
むつかしくま ことなる戀をお願ひし。惣じて大名は面むきの御勤めしげく。朝夕ちかうめしつかは れし前髪に。いつとなく御ふびんかゝり女には各別の哀ふかく。御本妻の御事外にな りける。是をおもふに下%\のごとくりんきといふ事もなきゆゑぞかし。上下萬人戀 をとがめる女程世におそろしきはなし。我薄命の身なから殿樣の御情あさからずして。 うれしく
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御枕をかはせし
その甲斐もなく。いまた御年も若 うして地黄丸の御せんせく。ひとつも埓の明ざる事のみ。此上ながらの不仕合人には 語られず明暮是を悔むうちに。殿次第にやせさせ給ひ御風情醜かりしに。都の女のす きなるゆゑぞと。思ひの外にうたがはれて。戀しらずの家老どもが心得にして。俄に 御暇出され又親里におくられける。世間を見るにかならず生れつきて。男のよわ藏は 女の身にしてはかなしき物ぞかし

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1.4. 淫婦の美形

清水の西門にて三味線ひきてうたひけるを聞ばつらきは浮世あはれや我身。惜ま じ命露にかはらんと其聲やさしく袖乞の女。夏ながら綿入を身に掛冬とは覺てひとへ なる物を着事。はけしき四方の山風今。むかしはいかなる者ぞとたづねけるに。遊女 町六条にありし時の後の葛城と名に立太夫がなりはつるならひぞかし。その秋櫻の紅 葉見に行しがそれに指さしあまたの女まじりに笑ひつるが。人の因果はしれがたし我 もかなしき親の難義。人の頼むとて何心もなく商賣事請にたゝれし。其人行方なくて めいわくせられし金の替り五拾兩にて我を自由とするかたもなく。嶋原のかんばやし といへるに身を賣。おもひもよらざる勤め姿年もはや十六夜の月の都にならびなき迚 親かたゆくすゑをよろこぶ。惣じて流れのこと業禿立より見ならひわぞとをしへる迄 もなし其道のかしこさをしりぬ。我はつき出しとて俄に風俗を作れり。萬町がたの物 好とは違へり眉そりて置墨こく。こまくらなしの大嶋田ひとすぢ掛のかくしむすび。 細疊の平もとゆひをくれはかりにも嫌ひてぬき揃へ。貳尺五寸袖の當世じたて腰に綿 入ずすそひろがりに。尻付あふきにひらたく見ゆるをこのみしんなし大幅帯しどけな くついむすびて。三布なる下紐つねの女より高くむすびてみつがさねの衣しやう着こ なし。素足道中くり出しの浮歩。宿や入の飛足座敷つきのぬき足。階子のぼりのはや め足。兎角草履は見ずにはきて。さきからくる人をよけず。情目づかひ迚近付にもあ らぬ人の辻立にも。見かへりてすいた男のやうにおもはせ。揚屋の夕暮はしゐしてし る人あらば。それに遠くより目をやりて思案なく腰掛て人さへ見ずは町の太皷にも手 に手をさし。其折を得て紋所をほめ又は髪ゆふたるさま。あるひははやり扇何にても しほらしき所に心を付。命をとる男目誰にとふて此あまたつきと。ひつしやりほんと たゝき立にして行事。いかなる帥もいやといはぬこかし也。いつぞの首尾にくどき かゝらば。我物とおもひつくより。物もろふ欲を捨大じんの手前よしなに申なし。世 上のとり沙汰の時も身に替てひくぞかし。すたる文ひきさきてかいまろめて。是をう ちつけて人によろこばす程の事は。物も入ずしていとやすきなれども。うつけたる女 郎はせぬ事也。其形は人にもおとらずして定りの紋日も宿やへ身あがりの御無心。男 ありて待皃には見せけれども。宿よりそこ/\にあしらひ片陰によりて當座漬の茄に 生醤油を掛て膳なしにひえ食くふなど外の人が見ねばこそなれ。内へ歸りても内義の 皃つき見て。行水とれといふも小聲なつて。其外くるしき事のみありしに。銀遣ふ客 をおろそかにして不斷隙で暮すは。主だふし我身しらずのなんひんなり。只興女は酒 なんどの一座は所%\にて。りくつづめなるつめひらきすこし勿體も付。むつかしく 見せて物數いはぬこそよけれ。物に馴たる客は各別。まだしき素人帥はおそれてこな す事ならず。

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床に入ても其男鼻息斗せはしく身うごきもせず、た ま/\いふにも声をふるはし、我物も遣ひながら此せつな
さ。茶の湯こゝろへ ぬ人に上座のさばきさすに同じ。此男嫌うてふるにはあらず。かしらに帥皃をせら るゝによつて。こなたからもむつかしく
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仕掛、帯をもとかずゐん ぎんにあしらひて、空寢入などしてゐるを、大かたの男近く寄添て、かた足もたすを なをだまりて、それから後の樣子を見るに、身もだへして汗をかき、相床をきけば
あるひは愛染又は初對面から上手にてうちとけさせ。女郎の聲して見た所より やせ給はぬ
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御肌」とひきしめる音、男は屏風まくらにゑんりよも なく所作次第にあらくなれば、女もまことなる泣声、をのづと枕をとつて捨、乱れて 正しく指櫛のをれたる音、二階の床にはあゝ是迄といふて鼻紙の音。隣の床には心よ く寢入たる男を挑おこし、「やがて明る夜の名残もおしき」などいへば、男は現に、 「ゆるしたまへ。もはひとつもならぬ」といふを、酒かときけば下帯とく音
お もひの外なる好目。是女郎にそなはつての仕合ぞかし。あたりにこゝちよげなる事の み。なほ目のあはぬあまりに女郎起し。九月の節句というても間のない事じやが。定 めてお約束が御座らうと。女郎の好問ぐすりを申せど。そんな事などちよろく見えす き。九月も正月も去方さまの御やつかいに成ますと。取あへぬ返事にかさねて寄添言 葉もなく。殘念ながら人並に起別て。髪を茶筅にほどき帯を仕直し。分立たるやうに 見せけるこそをかしけれ。此男下心女郎をふかくうらみ。かさねては外なる女郎をよ びて。五日も七日もつゞけて物の見事なるさばきして。けふの傾城目に心を殘さすか。
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は此里ふつとやめて野郎ぐるひに仕替んと思ひ定め。友 とせし人ども夜の明るに戀を惜むを。せはしく呼立大かたにして歸さいそげと。是切 に女郎すて行を取留る仕掛有。相客の見る所にしてそゝけし鬢を撫付てやりさまに。 耳とらへて小語は我を我に立て。
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人に帯とけとも
いはずに かへる男目。にくやと背をたゝきて足早に臺所に出れば。其跡にていづれも氣を付は じめてのしこなし。どうで御座るといへば男よろこび命掛て間夫といふ。殊更夜前の まはりやう此程つかへたる肩迄ひねらせた。是程我等にくる事何とも合點がゆかぬ。 定めし汝等が取持て身體よきに咄して聞したか。いや/\欲斗にして女郎の左樣には せぬ物。是は見捨難しとのぼされ。其後まんまと物になしける。此無首尾さへかくな しければ。ましてや分のよき女郎に身を捨るは斷りぞかし。別の事もなき男を初對面 なればとてふるにはあらず。其男大夫に氣をのまれ
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仕掛る時分の
しほあひぬけ。しらけて起別るゝ事なり。流れの身として男よくて惱事にはあ らず。京の何がし名代のある御かた。たとへば年寄法體のそれにはかまはず。又若き 御かたの諸事の付届よく。然も姿のよきは此うへの願ひ何かあるべし。こんなうまい 事斗揃へてはないはづ也。今の世のよねの好ぬる風俗は。千筋染の黄むくの上に黒羽 二重の紋付すそみじかに。帯は龍門の薄椛羽織は紅鳶にして八丈紬のひつかへし。素 足にわら草履はき捨。座敷つきゆたかに脇差すこしぬき出し。扇遣ひして袖口より風 を入しはしありて手水に立。石鉢に水はありとも改めて水かへさせて静に口中などあ らひ。禿いひやりて供の者に持せ置し白き奉書包の煙草とりよせ呑など。のべの鼻紙 ひざちかく置てかりそめ遣ひ捨。引舟女郎をまねきよせ手をすこしかりたいと。袂よ り内に入させけんべけにすゑたる灸をかゝせ。太皷女郎に加賀ぶし望みてうたうて引 を。それをも心をとめて聞ず小哥の半に末社に咄掛きのふの和布苅の脇は高安はだし とほめ。此中の古哥を大納言殿におたづね申たが拙者きいた通り在原の元方に極まり たなど。いたり物語りふたつみつかしらにそゝらずして。萬事おとしつけて居たる客 には大夫氣をのまれて我と身にたしなみ心の出來て。其男する程の事かしこく見えて おそろしく。位とる事は脇になりて機嫌をとる事になりぬ。一切の女郎の威は客から の付次第にして奢物なり。江戸の色町さかんの時坂倉といへる物師。大夫ちとせにし たしくあひける。此人酒よく呑なしていつとても肴に。東なる最上川にすみける花蟹 といへるを鹽漬にして是を好る。有時坂倉此蟹のこまかなる甲に。金粉をもつて狩野 の筆にて笹の丸の定紋かゝせける。此繪代ひとつを金子一分つゝに極め。年中ことの かけざる程千とせかたへ遣しける。京にては石子といへる分知大夫の野風にしみて。 世になき物時花物人よりはやく調へける。野風秋の小袖ゆるし色にして惣鹿子此辻を ひとつ%\紙燭にてこがしぬき。紅井に染し中綿穴より見えすき。又もなき物好着物 ひとつに銀三貫目入けるとなり。大坂にてもすぎにし長崎屋出羽。あげづめにせし二 三といへる男。九軒に折ふしの秋の淋しき女郎あまた慈悲買にして。大夫出羽をなぐ さめける庭に一むらの萩咲て。晝は露にもあらぬにうち水の葉末にとまりしを大夫ふ かく哀み。此花の陰こそ妻思ひの鹿のかり床なれ。角のありとてもおそろしからじ。 其生たる姿を見る事もがなといひければ。それ何より安しとて俄にうら座敷をこぼた せ千本の萩を植て野を内になし。夜通しに丹波なる山人にいひやりて。女鹿男鹿の數 をとりよせ明の日見せて。跡はむかしの座敷となりけると傳へし。身にそなはりし徳 もなくて。貴人もなるまじき事を思へば天もいつぞはとがめ給はん。然も又すかぬ男 には身を賣ながら身をまかせず。つらくあたりむごくおもはせ勤めけるうちに。いつ となく人我を見はなし明暮隙になりて。おのづから大夫職をとりてすぎにし事どもゆ かし。男嫌ひをするは人もてはやしてはやる時こそ。淋しくなりては。人手代鉦たヽ き。短足すぐちにかぎらずあふをうれしく。おもへば世に此道の勤め程かなしきはな し

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This part was circles in the Saikaku Zenshu published from Hakubunkan. It has been added to the etext from the Nihon Koten Bungaku Taikei.
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This part was circles in the Saikaku Zenshu published from Hakubunkan. It has been added to the etext from the Nihon Koten Bungaku Taikei.
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