University of Virginia Library

4. 好色一代女巻四

目録

  • 身替長枕
    それ/\に母親の自慢娘
    よめ入は一年の花
    詠めあく物ぞかし
    替添女をして是を見およぶ
  • 墨繪浮氣袖
    お物師女となりて
    針の道すぢより
    おもひのほころぶる程
    我宿の思ひ出にぬれごろも
  • 屋敷琢澁皮
    水のさしてもなく茶の間女
    殿めづらしき家父入姿
    黄無垢はむかしを
    殘して是ひとつ
  • 榮耀願男
    戀の中居女をして堺に
    ありし時御隱居のかみさまに
    なぶりものとなりぬ
    世にはをかしき事こそあれ沙汰なし

4.1. 身替長枕

今時の縁組すゑ%\の町人百姓迄。うへづかたの榮花を見および聞傳へて。それ /\の分限より奢て。衣類諸道具美をつくして仕付ける。是當世の風俗身の程をしら ぬぞかし。惣じて母の親鼻の先智惠にて。大かたに生付し娘自慢はや十一二より。各 別に色つくりなしおのづから筋目濃に爪端うるはしく。人の目立采體とぞなりける。 移變る芝居の噂狂言のうまい仕組を實に見なし一切のよめ子浮氣になりて外なる心も 是よりおこりぬ。なほ風俗もそれを見習ひ一丈貳尺の帯むすぶも氣のつきる事ぞ。む かしは女帯六尺五寸にかぎりしに近年長うしての物好見よげになりぬ。小袖の紋がら も此程の仕出しに縫切の櫻鹿子。脇よりは染着物のやうに見せて。中/\百色の美糸 をつくしける。此一表金子五兩づゝにして出來ぬ。萬の事此ごとく人しらぬ物入次第 にいたりせんさくの世なり。此程下寺町にて南都東大寺大佛の縁起讀給ふに貴賤袖を つらねける中に。女の盛はすぎゆく花も香もなき人然も馬皃にして横へひろがりし面 影。ひとつ%\見る程に耳世間なみにて其外は皆いやなり。されどもよろしき所へ出 生して風流なる出立。肌にりんずの白無垢中に紫がのこの兩面うへに菖蒲八丈に紅の かくし裏を付てならべ島の大幅帯いつれか女のかざり小道具のこる所もなし。折ふし 呉服商賣の若き者が是を見て沙汰しけるはあの身のまはりを買ねうちにして。壹貫三 百七十目が物と其道覺て申き。さても奢の世の中や此衣裳の代銀にては。南脇にて六 七間口の家屋敷を求めけるに。したり/\寛濶者目と皆うち詠めける。我夏季より奉 公をやめて難波津や横堀のあたりに。小宿をたのみて住にはあらずあなたこなたの御 息女よめ入の替添女にやとはれしに。大坂はおもふより人の心うはかぶきにして。末 の算用あふもあはぬも縁組くわれいを好めり。娘の親は相應よりよろしき聟をのぞみ。 むすこの親は我より棟のたかき縁者を好み。取むすぶより無用の外聞斗をつくろひ。 聟のかたには俄普請よめのかたには衣類のこしらへ。一門の女談合よろづおもはく違 ひ内證ふるうて百貫目のしんだいの中より。敷銀拾貫目入用銀拾五貫目。それのみな らず末々の物入年中のとりやり。鰤も丹後の一番さし鯖も能登のすぐれ者を調へ何角 に付て氣にやるせなく。又其妹もやり時になりはじめの拵へ程こそなけれ。大かたに 仕付られしに其弟によびどきになり。はや初産して。逆音いふより守刀産着をかさね。 親類つきあひ彼是隙なくいつともなしに。目には見えずして金銀へらして娘縁に付て よりしんしやうつぶす人數をしらず。聟の母親も其ごとくぶんざいより大ていに見せ かけ。日比はそこ/\に氣をつけて申せし始末もいひやみ。油火の所を蝋燭になしこ たつももめんぶとんをかけずそれにつれて聟殿も一生つるゝ女を。遊女などかりそめ の契のやうにおもひなして。隱すまじき事を包み欲徳外になし。男振身よげに我女の 手前のぜんせいこそ愚なれ。自幾所か替添して見およびしに。戀の外さま%\心のは づかしき世間氣いづれの人も替る事なし。或時中の嶋何屋とかやへ替添せしが。此子 息ばかり我に近寄たまはず。見掛より諸事をうちばにして。初枕の夜も何のつくろひ なしに。首尾調ひけるをさもしくおもひしが。此家今にかはらず其外は皆其時よりは あさましく奥さまも駕籠なしに見えける

4.2. 墨繪浮氣袖

女の衣服の縫樣は。仁和四十六代孝謙てんわうの御時。はじめて是を定めさせ給 ひ。和國の風俗見よげにはなりぬ。惣じて貴人の御小袖など仕立あげけるには。そも /\鍼刺の數を改め置て。仕舞時又針を讀て萬を大事に掛。殊更に身を清めさはりあ る女は。此座敷出べき事にあらず。自もいつとなく手のきゝければ。お物師役の勤め をせしに。心静に身ををさめ色道は氣さんじにやみて南明の窓をたのしみ。石菖蒲に 目をよろこばし。中間買の安部茶飯田町の鶴屋がまんぢゆう。女ばかりの一日暮し何 の罪もなく。心にかゝる山の手の月も曇なく。是が佛常樂我浄の身ぞとおもひしに。 若殿樣の御下に召とてねり島のうら形にいかなる繪師か筆をうごかせし。男女

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のまじはり裸身のしゝをき、女は妖淫き肌を白地になし、跟を空に指 先かゞめ、其戲れ
見るに瞬くなつてさながら人形とはおもはれず。
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うごかぬ口から睦語をもいふかと嫌疑れ、もや/\と上氣して
しばし針筥に靠りて殿心の發り。指貫糸巻も手につかずして。御小袖縫事は外 になしうか/\と思ひ暮してまだ惜夜を。今から獨寢もさびしく。ありこしぬるむか しの事ひとつひとつおもふに。我心ながら哀れにかなしく。潜然しは實笑ふは僞りな りしが虚實のふたつ共に皆惡からぬ男のみ。いと愛あまりて契の程なく。婬酒美食に 身を捨させ。ながき浮世を短く見せしを今おもへばうたてし。子細ありて思ひ出す程 の男も。數折につきず世には一生の間に男ひとりの外をしらず。縁なき別れに後夫を 求めず無常の別れに出家となり。かく身をかためて愛別離苦のことはりをしる女も有 に。我口惜きこゝろさし今迄の事さへかぎりのなきに。是非堪忍と心中を極めしうち に。夜も曙になりて同し枕の女ほうばいも目覺して。手づから寢道具を疊揚て一合食 を待かね宵の燃杭さがして莨宕はしたなく呑ちらし誰に見すべき姿にもあらぬ。黒髪 の亂しをそこ/\に取集て。古もとゆひかけていそがし態にゆがむもかまはず。鬢水 を捨る時窓のくれ竹の陰より覗ば。長屋住ゐの侍衆にめしつかはれし。中間と見えし が朝の買物芝肴をかごに入。片手に酢徳利付木を持添。人の見るをもしらず立ながら 紺のだいなしの
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妻をまくりあげて、逆手に持て小便をする
音羽の瀧のごとく溝石をこかし。地のほるゝ事おもひの淵となりて。あゝあの 男目あたら
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鑓先
を都の嶋原陣の役にも立ず何の高名もなく 其まゝに年の寄なむ事ををしみ悔みて。忽に此事募て御奉公も成難く。季中に病つく りて御暇請て。本郷六丁目の裏棚へ宿下をして。露路口の柱に此奥に萬物ぬひ仕立屋 と張札をして。そればかりに身を自由に持て。いかなる男成とも來るを幸とおもひし に。無用の女らう衆斗たづねよりて。當世衣裳の縫好みいやながら請とりて。一丁三 所にくけてやりしも無理なり。明暮こゝろだまにいたづらおこれど。さながらそれと は云がたく。或時思ひ出して。下女に小袋もたせて。本町に行て我勤めし時屋形へお 出入申されし越後屋といへる呉服所に尋ねよりて。自牢人の身となり今程は獨暮せし が。内には猫もなく東隣は不斷留守。にし隣は七十あまりの姥然も耳遠し。向ひは五 加木の生垣にて人ぎれなし。あの筋の屋敷へ商にお出あらば。かならずお寄なされて 休みて御座れと申て。兩加賀半疋紅の片袖龍門のおひ一筋取て行。棚商に掛はかたく せぬ事なれども。此女にほだされ若い口からいやとは云兼て。代銀のとんじやくなし に遣しける。其程なく九月八日になりて此賣掛とれなどいひて。十四五人の手代此物 縫屋へ行事をあらそひける。其中に年がまへなる男戀も情もわきまへず。夢にも十露 盤現にも掛硯をわすれず。京の旦那の爲に白鼠といはれて。大黒柱に寄添て人の善惡 を見て。其のかしこさ又もなき人なるが。おの/\が沙汰するを聞てもどかしく。其 女の掛銀は我にまかせよ。濟さすば首ひきぬいても取て歸らんと。こらへずたづね行 てあらけなく言葉をあらせば。彼女さはぐけしきもなく。すこしの事に遠く歩ませま して。近比/\迷惑なりといひもあへず。梅がへしの着物をぬぎて。物好に染まして きのふけふ二日ならでは肌につけず。帯も是なりとなげ出し。さし當りて銀子もなけ れば御ふしやうながら是をと泪ぐみて。
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丸裸になつて、くれなゐ の二布ばかりになりし。其身のうるはしくしろ%\と肥もせずやせもせず
灸の 跡さへ脂きつたる有樣を見て。隨分物がたき男じた/\とふるひ出し。そもやそも是 がとつてかへらるゝ物か。風かなひかうとおもうてと彼着物をとりて着するを。
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はや女手に入て、「神ぞ情しりさま」と、もたれかゝれば
此親仁颯出して久六呼て。挾筥を明させこまがね五匁四五分抓出し。是を汝に とらするなり下谷通に行て。吉原を見てまゐれしばらくの隙を出すといへば。久六胸 動かし更に眞言にはおもはれず。赤面してお返事も申かねつるが。やう/\合點ゆき て扨は此人
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やりくりの間
我をじやまとや日比のこまかさね だる折を得て。いかにしても分里へもめんふんどしにてはかゝられずといふ。さもあ るべしとてひのぎぬの幅廣を中づもりにして。とらせければはし縫なしに先かきて。 心のゆくにまかせてはしり出ける。其跡は戸に掛がね窓に菅笠を蓋して
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媒もなき戀を取むすびて其後は欲徳外になりて取乱し
若げの至 りとも申されず。江戸棚さん%\にしほうけて京へのぼされける。女も御物師と名に 寄てあなたこなたの御氣を取。一日一歩に定め針筥持せて行ながら。つひにそれはせ ずして手をよく世をわたりけるが。是も尻をむすばぬ糸なるべし

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This part was circles in the Saikaku Zenshu published from Hakubunkan. It has been added to the etext from the Nihon Koten Bungaku Taikei.
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4.3. 屋敷琢澁皮

時代ばとて今時の女。尻桁に掛たる端紫の鹿子帯。目にしみ渡りてさりとてはい や風也。自もよる年にしたがひ身を持下て。茶の間女となり壹年切に勤めける。不斷 は下に洗ひ小袖上にもめん着物に成て。御上臺所の御次に居て。見えわたりたる諸道 具を取さばきの奉公也。黒米に走汁に朝夕おくれば。いつとなくつやらしき形をうし なひ。我ながらかくもまた采體いやしくなりぬ。されども家父入の春秋をたのしみ。 宿下して隱し男に逢時は。年に稀なる織姫のこゝちして。裏の御門の棚橋をわたる時 の嬉しさ。足ばやに出て行風俗も常とは仕替て黄無垢に紋嶋をひとつ前にかさね。紺 地の今織後帯それがうへをことりました。紫の抱帯して髪は引下て匕髻結を掛。額際 を火塔に取て置墨こく。きどく頭巾より目斗あらはし。年がまへなる中間につぎ/\ の袋を持せり。其中に上扶持はね三升四五合。鹽鶴の骨すこし菓子杉重のからまでも 取集て。小宿の口鼻が機嫌取に心をつくるもをかし。櫻田の御門を通時我袖よりはし た錢取出し。召つれし親仁がけふの骨折おもひやられて。わづかなれども莨宕成とも 買て呑れとさし出しけるに。いかにお心付なればとておもひもよらず。くだされまし た御同前わたくし事は主命なれば。御供つかまつりませねば外に水扱役あり。更に御 こゝろにかけ給ふなと下/\にはきどく成道理を申ける。それより丸の内の屋形/\ を過て。町筋にかゝり女の足のはかどらず心せはしく縹行に。此中間我こやどの新橋 へはつれゆかずして。同じ所を四五返も右行左行とつれてまはりけれども町の案内は しらずうか/\とありきて。うち仰上て見れば日影も西の丸にかたぶくに驚き。氣を つけ見るにめしつれし親仁。何やら物を云掛たき風情。皺の寄たる鼻の先にあらはれ し。さてはと人の透間を見あはせ釘貫木隱にて彼中間耳ちかく我等に何ぞ用があるか と小語ければ中間嬉しさうなる顏つきして。子細は語らず破鞘の脇指をひねくりまは し。君の御事ならばそれがし目が命惜からず。國かたの姥がうらみもかへり見ず。七 十二になつて虚は申さぬ大瞻者とおぼしめさばそれからそれまで。神佛は正直今まで 申た念佛が無になり。人さまの楊枝壹本それは/\違やうともおもはぬと。上髭のあ る口から長こと云程こそをかしけれ。そなた我等にほれたといふ一言にて濟事ではな いかといへば。親仁潜然てそれ程人のおもはく推量なされましてから。難面人にべん /\と詢せられしは聞えませぬと。無理なる恨を申もはや惡からず。律義千萬なる年 寄のおもひ入もいたましく。移氣になつて小宿に行ばしたい事するにそれを待兼。數 寄屋橋のかしばたなる煮賣屋に。耻を捨てかけ込温飩すこしと云さま。亭主が目遣ひ 見れば階の子をしへける。二階にあがれば内義がおつぶり/\と氣を付けるに。何事 ぞとおもへば軒ひくうして立事不自由なり。疊貳枚敷の所を澁紙にてかこひ。片隅に 明り窓を請て

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木枕ふたつ
置けるは。けふにかぎらず曲者と おもはれける。
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彼親仁に添臥して、うれしがりぬる事を限もなく 氣のつきぬる程語りぬれども、身をすくめて上氣する折ふしを見あはせ、かたい帯の むすびめなりとときかけぬれば、親仁すこしはうかれて、「下帯むさきとおぼし召す な。四五日跡に洗ひました」と、無用の云分おかし。耳とらへて引よせ、腰の骨のい たむ程なでさすりて、もや/\仕掛ぬれども、さりとは不埒、かくなるからは殘多く、 まだ日が高いと云て聞かして、脇の下へ手をさしこめば、親仁むく/\と起あがるを、 首尾かと待兼しに、「昔の劔今の菜刀、寶の山へ入ながら、むなしく歸る」と、古い たとへ事云さま帯するを引こかし、なんのかの言葉かさなるうちに、
茶屋の阿 爺階子ふたつ目に揚りて。申/\あたら温飩が延過ますかとせはしくいふにぞなほ親 仁おもひ切ける。下を覗ば天窓剃下たる奴が。二十四五になる前髪の草履取をつれ來 て。是も
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ぬれ
とは見えすきて座敷入と聞えて。さてこそと おもはれひねりぶくさよりこまがね取出して。丸盆の片脇に置てかたじけなう御座る と。そこ/\に云立いまだ門へも出ぬに。今の親仁目は夢見たやうなる仕合。廣い江 戸じやと大笑ひする。いたうもない腹さぐられて口惜や何事も若い時年よりてはなら ぬ物ぞ。親仁も科でないと穴のはたちかき無常觀じ行に。新橋の小宿に入て何事も御 座らぬかといへば。あれさまのかはゆがりやつたこちのお龜が。冬年二三日わづらう て死んだが。おばは/\そなたの事を息引取まで云たと泣出す。まだ男心をしつた子 ではなしまゝで御座る。おれはそんな事はたま/\の隙に聞にはきませぬ。先度逢た 歩行の人より若い男は御ざらぬか

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4.4. 榮耀願男

女ながら渡り奉公程をかしきはなし。我ひさ/\江戸京大坂の勤めも。秋の出替りよ り泉しう堺に行て此所にも住ば又めづらしき事もやとおもひ。錦の町の中濱といふに しがはに。人置の善九郎といへる有しに。此許に頼み居て一日六分づゝの集禮せはし く。日數をふるうちに大道筋の何がし殿の御隱居とかや。中居分にして御寢間ちかく の夜の道具のあげおろし斗に召かゝへられしとて。たづね來りて自を見しより是ぞ年 の程。はづれうるはしく身の取まはし。ひとつとしてあしき所なく。御氣に入給ふ女 房衆なりと取替銀もねぎらず其お家ひさしき姥らしき人よろこびてつれかへる道すが ら。はや我ためになるこゝろをいうて聞されける。其皃は惡さげなれどもやさしき心 入。世間に鬼はなしと嬉しく耳をすまして聞に。第一内かたは悋氣ふかし面屋の若い 衆と物云事も嫌ひ給ふなり。それゆへ人の情らしき噂は申までもなし。鶏のわけもな き事も見ぬ皃をするぞかし。法花宗なればかりにも念佛を申さぬがよし。首玉の入し 白猫御ひさうなれば。たとへ肴を引とても追ぬ事なり。面の奥の大きに出られて横平 なる言葉は尻に聞かしたまへ。はじめの奥さまのめしつれられし。しゆんといふ腰元 目をおくさま時花風にてお果なされました後。旦那物好にてあれがよい女でもあれば なり。今はなりあがり者のくせに我まゝをぬかして。駕籠にかさねぶとん腰の骨がを れぬが不思義と。さん%\にそしり行耳の役に聞程をかしや。朝夕も余所は皆赤米な れども。此方は播しうの天守米味噌も入次第聟殿が酒屋にてとる。毎日湯風呂は燒其 身無詳で洗ぬそん。大節季に一門中から寄餅なら肴物なら。それは/\堺がひろけれ ども大小路かぎつて南に。此方の銀からぬ者はひとりもなし。是から二町行て鬼門角 も内かたから出た手代衆。こなた住吉の祭を見さしやつた事が有まい。長い事じやが 其時はさだまつて宵宮から。家内ゆく所があるそれより追付湊の藤見に。大重箱に南 天を敷て赤飯山のやうにして行ます。とても奉公をする身もこんな内かたに居ますが 仕合。此内から世帯持て出やうとおもはしやれ。只御隱居さまおひとりの御氣に入て。 何事をおほせられますともすこしも背かず内證の事努々外へもらし給ふな。尤お年寄 れたれば物毎氣短かなれどもそれは水のでばなのごとく。跡もなく御機嫌なほるなり。 隨分おこゝろに叶ふやうにしたまへ。人はしらぬ事隱居銀大ぶん御座れは明日でも目 をふさぎ給はゞ。いかなる果報にかなるべし。もはや七十におよび身は皺だらけにし て。先のしれたる年寄何をいうても心斗。なじみはなけれどそなたをいとしさに。萬 事を底たゝいて語ける。ざらりと聞て合點して。そんな年寄男は此方のあしらひとつ なり。縁あつて手をかさねば透間を見て脇に男を拵へ腹かむつかしう成なば。其親仁 さまの子にかづけて御隱居の跡を我物に書置させましてすゑ%\世わたりと。分別お ちつけて行程にさあ爰じやはいり給へと。姥先に立て入ける中戸に草履ぬぎて。廣敷 にまはりて腰掛けるに。年は七十斗にて成程堅固に見えしかみさま出させ給ひ。我姿 を穴のあく程見させ給ひ。どこも尋常にて嬉しやと仰ける。是はおもふたと各別の違 ひかみさまへの奉公ならばこまいものと悔し。されども情らしき御言葉に半季の立は 今の事。此浦の鹽をも踏だがよいと爰に心を届ける。面むきは京に變る事なく内はせ はしく。下男は臺唐臼下女はさし足袋にいとまなし。惣じてしつけがたゞしき所也。 此お家に五七人もめしつかひの女ありしが。それ/\の役有自ばかり隙あり皃に樣子 を見あわせけるに。夜に入てお床をとれと有ける是までは聞えしが。

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かみさまと同じ枕に寢よとは心得がたし。是も主命なればいやとはい はず、お腰などさすれかとおもへば、さはなくて我を女にして、おぬしさまは男にな りて、夜もすがらの御調謔、さてもきのどくなるめにあひぬる事ぞかし。
うき 世は廣しさま%\の所に勤めける。此かみさまの願ひに一度は又の世に男とうまれて したい事をとおほせける

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