4.4. 榮耀願男
女ながら渡り奉公程をかしきはなし。我ひさ/\江戸京大坂の勤めも。秋の出替りよ
り泉しう堺に行て此所にも住ば又めづらしき事もやとおもひ。錦の町の中濱といふに
しがはに。人置の善九郎といへる有しに。此許に頼み居て一日六分づゝの集禮せはし
く。日數をふるうちに大道筋の何がし殿の御隱居とかや。中居分にして御寢間ちかく
の夜の道具のあげおろし斗に召かゝへられしとて。たづね來りて自を見しより是ぞ年
の程。はづれうるはしく身の取まはし。ひとつとしてあしき所なく。御氣に入給ふ女
房衆なりと取替銀もねぎらず其お家ひさしき姥らしき人よろこびてつれかへる道すが
ら。はや我ためになるこゝろをいうて聞されける。其皃は惡さげなれどもやさしき心
入。世間に鬼はなしと嬉しく耳をすまして聞に。第一内かたは悋氣ふかし面屋の若い
衆と物云事も嫌ひ給ふなり。それゆへ人の情らしき噂は申までもなし。鶏のわけもな
き事も見ぬ皃をするぞかし。法花宗なればかりにも念佛を申さぬがよし。首玉の入し
白猫御ひさうなれば。たとへ肴を引とても追ぬ事なり。面の奥の大きに出られて横平
なる言葉は尻に聞かしたまへ。はじめの奥さまのめしつれられし。しゆんといふ腰元
目をおくさま時花風にてお果なされました後。旦那物好にてあれがよい女でもあれば
なり。今はなりあがり者のくせに我まゝをぬかして。駕籠にかさねぶとん腰の骨がを
れぬが不思義と。さん%\にそしり行耳の役に聞程をかしや。朝夕も余所は皆赤米な
れども。此方は播しうの天守米味噌も入次第聟殿が酒屋にてとる。毎日湯風呂は燒其
身無詳で洗ぬそん。大節季に一門中から寄餅なら肴物なら。それは/\堺がひろけれ
ども大小路かぎつて南に。此方の銀からぬ者はひとりもなし。是から二町行て鬼門角
も内かたから出た手代衆。こなた住吉の祭を見さしやつた事が有まい。長い事じやが
其時はさだまつて宵宮から。家内ゆく所があるそれより追付湊の藤見に。大重箱に南
天を敷て赤飯山のやうにして行ます。とても奉公をする身もこんな内かたに居ますが
仕合。此内から世帯持て出やうとおもはしやれ。只御隱居さまおひとりの御氣に入て。
何事をおほせられますともすこしも背かず内證の事努々外へもらし給ふな。尤お年寄
れたれば物毎氣短かなれどもそれは水のでばなのごとく。跡もなく御機嫌なほるなり。
隨分おこゝろに叶ふやうにしたまへ。人はしらぬ事隱居銀大ぶん御座れは明日でも目
をふさぎ給はゞ。いかなる果報にかなるべし。もはや七十におよび身は皺だらけにし
て。先のしれたる年寄何をいうても心斗。なじみはなけれどそなたをいとしさに。萬
事を底たゝいて語ける。ざらりと聞て合點して。そんな年寄男は此方のあしらひとつ
なり。縁あつて手をかさねば透間を見て脇に男を拵へ腹かむつかしう成なば。其親仁
さまの子にかづけて御隱居の跡を我物に書置させましてすゑ%\世わたりと。分別お
ちつけて行程にさあ爰じやはいり給へと。姥先に立て入ける中戸に草履ぬぎて。廣敷
にまはりて腰掛けるに。年は七十斗にて成程堅固に見えしかみさま出させ給ひ。我姿
を穴のあく程見させ給ひ。どこも尋常にて嬉しやと仰ける。是はおもふたと各別の違
ひかみさまへの奉公ならばこまいものと悔し。されども情らしき御言葉に半季の立は
今の事。此浦の鹽をも踏だがよいと爰に心を届ける。面むきは京に變る事なく内はせ
はしく。下男は臺唐臼下女はさし足袋にいとまなし。惣じてしつけがたゞしき所也。
此お家に五七人もめしつかひの女ありしが。それ/\の役有自ばかり隙あり皃に樣子
を見あわせけるに。夜に入てお床をとれと有ける是までは聞えしが。
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かみさまと同じ枕に寢よとは心得がたし。是も主命なればいやとはい
はず、お腰などさすれかとおもへば、さはなくて我を女にして、おぬしさまは男にな
りて、夜もすがらの御調謔、さてもきのどくなるめにあひぬる事ぞかし。
うき
世は廣しさま%\の所に勤めける。此かみさまの願ひに一度は又の世に男とうまれて
したい事をとおほせける
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This part was circles in the Saikaku Zenshu published from Hakubunkan. It
has been added to the etext from the Nihon Koten Bungaku Taikei.