University of Virginia Library

5. 好色一代女卷五

目録

  • 石垣戀崩
    京といふ氣色爰なるべし
    大鶴屋海老屋山屋姫路屋くるみや
    二階の色引さわぎ踊此/\
    やつこの/\此女
  • 子哥傳受女
    にしの板付にきいたお聲
    ざつと一風呂うきなのたゝぬうちに
    ぬれて見てをかしきもの
    一夜切におもひも殘らぬ/\
  • 美扇戀風
    商口のすあひ女
    見だれかゝる糸屋もの
    あふぎやはうれおもて ある心
    かくし繪を男も合點
  • 濡問屋硯
    中宿の樂寢
    はすは女はしらぬ身のうへ
    まぎれものは
    異名つけてよぶ

5.1. 石垣の戀くづれ

色勤めにふつ/\と飽果しか。ならぬ時には元の木阿彌。胡桃屋の二木がやりく りを見習ひ身をそれになして都の茶屋者とはなりぬ。又脇明きる事もいやながら。小 作りなる女の徳は年はふれどもむかしに成かへりぬ。唐土本朝ともに若いを好事替る 所なし。扨こそ東破も二八佳人巧樣粧と作れり。まことに一双玉臂千人枕。晝夜のか ぎりもなく首尾床のせはし。されとも好女はをかしき勤め。或時は人手代職人なを出 家衆又は役者。客の品替りてたはふるゝをも殊更に嬉しき事なく。諸人に逢馴ししば しの間を思へば。すいた人も心に乘らぬ人も舟渡しの岸に着迄のこゝろざしなり。我 氣に入れば咄しを仕掛それもうちとくるにあらす。いやな男には皃振て

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ひとつの埓あけさすまでは、天井の縁をかぞへて、外なる事に心をな して、
うき世に濁りて水の流るゝごとく身を持。石垣町に在し時は色白にして 全盛の男、しのび慰みの花車座敷。伽羅でかためし御肌豊なる風情。跡にてことしり にたづねしに。あれは都の分ある大臣と聞に我ながら耻ける。折ふしは形艶なる風俗 して見えさせ給ふが是もいかなる御方なるべし。茶屋とはいへと此所には一軒に七八 人づゝも有て衣類の仕出しよき人相手に分里の事も聞覺えて盃のまはりもすこしはさ ばきて。上京の歴々にも氣のつきぬやつといはれて。願西にもまれ神樂に太皷を見習 ひ。亂酒に付ざしあふむにかる口。おのづから移して此道はかしこくはなりぬ。是又 いつとなく醜き姿となりて。隙出されて同じ流れもかく變る物ぞ。祇薗町八坂はせは しく。簾越に色聲掛てよらしやりませいといふもよしなや。爰を又心掛て清水より坂 の下迄くだりてあかり。五七度も見競て草臥足の棒組客は。白かね細工の氣晴し屋ね 葺の雨日和に申あはせて宿を出より壹人前を貳匁千年に一度の遊山岩に花代ぞかし。 貳人あるよねに客五人座に着よりはや前後の鬮取。酒より先に鹽貝喰て仕舞。手元に 塵籠もあるに栢のから莨宕盆に捨。花生の水に鬢櫛をひたし。飲でさせば正月やうに 元の所へもどし。さばけぬ人の長座敷あくびも思はず出。さりとてはうたてかりしに 又次の間の客をあげて。奥の衆は追付立人先是へ/\と口鼻がもてなし。又一連茶釜 のほとりに腰掛てお内義是は御はんじやうと申せば。あれはくるしからぬお客さあ是 へと中二階へあげ置。又門から二三人立よりて靈山へまゐる程に下向にとしらせて行。 さてもいそがしき遊興
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角にかたつき屏風引廻し、さし枕二つ、立 ながら帯とき捨、つらきながらも勤めとて、ふし所を口ばやに語り、すこし位を取男 を耳引、「錢の入事でもないに、こゝらを少洗はんせ。こちらへ御ざんせ。さてもう たてや、つめたい足手と」、そこ/\に身動して其男起出れば、「どなた成とも御ざ んせ」といふ言葉のしたより半分寢入し、鼾かくを又こそぐりおこされ、其人の心ま かせになりて、
やう/\手水つかへば。すぐに待客へおし出されそこを仕舞ば。 二階からせはしく手をたゝきて、酒が飲れぬかせめてひとり成とも出ぬか。たゞしか へれといふ事か同じ銀遣ひながら。淋しきめをいたすは迷惑。おそらく我等百十九軒 の茶屋いづれへまゐつても。蜆やなど吸物唐海月ばかりで酒飲だ事はない。一代に惡 銀つかまして立た事もなし。傘借てかへさぬ事もなし。ゑりつき見立らるゝが口惜い もめん布子でこそあれ。繼の當たを着事は御ざらぬと。八寸五分の袖口をひけらかし て腹立るを。とやかく是をなだめるうちに。お龜殿干でありしきやふが落たととやく。 猫が今出す鮒鮨を引たとわめく。奥からはさい前の客立ながら一包置て出て行。手ば しかく取内に大かた銀目引て。いまだ面影の見ゆるうちに秤の上目に掛。隣へ見せに 行など獨狂言よりはいそがし。いかに世をわたる業なればとて。是程まで身をこらし 淺ましき勤め。尤給銀は三百目五百目八百目までも段々取しがそれ/\に手前拵への 衣類。うへしたの帯ふたの物鼻紙さし櫛。楊枝壹本髪の油迄も銘々に買なれば。身に 付る事にはあらずそれのみか親のかたへ遣し。隙の夜の集錢出し萬に物の入事のみ。 何始末して縁につくべきしがくもなく。年月酒にくれて更に身の程を我ながら覺ず。 美形おとろひて後若女房の煩ひのうち。客しげき内へ三十日切にやとはれて色はつく れどすぢ骨たつて鳥肌にさはりて。人の聞をもかまはずあの女は賃でもいやと。いは れては身にことへてかなしく。是より外に身過はなき事かと愛染明王をうらみ。次第 にしほるゝ戀草なるに又蓼喰むし有て。ふるき我におもひつきて情かさねて。黒茶う の着物をしてくだされ。おもはくの外なる仕合なほ見捨給はずして。此勤めやめさせ て門前町の御下屋敷におかれ折ふしの御通ひ女とはなりぬ。其御かたさまは廣い京に もかくれなき。分知大臣にして今に高橋にあひ給ひて。大夫に不斷肩骨うたせてした い事しておはせしに。我縁ありてのうれしさどこぞにお氣に入た所ありしや。殊京都 は女自由なるに我又あまらぬ事は。よき目利のないかとおもはれし。新茶入新筆の繪 をかづきながら其家にて。よき物になりぬ吟味するは賣物にする女也

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This part was circles in the Saikaku Zenshu published from Hakubunkan. It has been added to the etext from the Nihon Koten Bungaku Taikei.
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This part was circles in the Saikaku Zenshu published from Hakubunkan. It has been added to the etext from the Nihon Koten Bungaku Taikei.

5.2. 小哥の傳受女

一夜を銀六匁にて呼子鳥是傳受女なり。覺束なくてたづねけるに。風呂屋者を猿 といふなるべし。此女のこゝろざし風俗諸國ともに大かた變る事なし。身持は手のも のにて日毎に洗ひ。押下て大嶋田幅疊のもとゆひを菱むすびにして其はしをきり/\ と曲て五分櫛の眞那板程なるをさし。暮方より人被ける皃なればとて。白粉にくぼた まりを埋み口紅用捨なくぬりくり。おのづから薄鼠となりし加賀絹の下紐を。こどり まはしに裾みじかく。柳に鞠五所しほりあるひは袖石疊。思ひ/\の明衣きびすうつ てゆきみしかに。龍門の二つ割を後にむすび。番手に板の間を勤めける。入に來人の 名を口ばやに御ざんせとゆふべ/\のぬれ氣色座をとつて風呂敷のうへになほれば。 分のあるかたへもなき人にも。揚場の女ちかよりて今日は芝居へお越か。色里のおか へりかなど外の人聞程に。御機嫌とれば何の役にも立ぬぜいに。鼻紙入より女郎の文 出して大夫が文章。どこやら各別と見せかくる。荻野よし田藤山井筒武藏通路長橋三 舟小大夫が筆跡やら。三笠巴住江豊等。大和哥仙清原玉かづら。八重霧清橋こむらさ き志賀か手をも見しらず。はしつぼねの吉野に書せたる文見せらるゝにしてから。犬 に伽羅聞すごとくひとつも埒はあかずあひもせぬ大夫天神の紋櫛など持事。心はづか しき事なれども若い時には。遣ひたき金銀はまゝならずせんしやうはしたし。我も人 もかならずする事ぞかし。それ/\に又供をつれざる和き者も。新しき下帯を見せか け預ゆかたを拵へおもはく。女銘々に出しを入するも。相應のたのしみ是程の事もや さし。あがれば莨宕盆片手にちらしを扱てひとしほ水ぎはを立もてなす風情。似せ幽 禪繪の扇にして凉風をまねき。後にまはりて灸の盖を仕替鬢のそゝけをなでつけ。當 座入の人の鼻であしらふなどかりなる事ながら是を羨敷。戀の中宿を求て此君達をよ ぶに。仕舞風呂に入て身をあらため色つくるまに茶漬食をこしらへ箸したに置と。借 着物始末にかまはず引しめ。久六挑灯ともせば揚口よりばた/\歩み宵は綿帽子更て は地髪夜ありき足音かるく其宿に入て。耻ず座敷になほりゆるさんせ着物三つが過た と肌着は殘してぬき掛して。是こなたきれいにして。水をひとつ飲さしやれ。今宵程 氣のつまる事はない。屋ねに煙出しのない所はわるいと。用捨もなく物好して身を自 由にくつろぎしはさりとはそれと思ひながらあまりなり。されとも菓子には手をかけ す盃をあさう持ならい。肴も生貝燒玉子はありながら。にしめ大豆三椒の皮などはさ むは。色町を見たやうにおもはれてしほらしければ盃のくるたび/\にちと押へまし よ。是非さはりますとお仕着の通り。百座の參會にもすこしも色の替りたる事なし。 ことかけなれはこそ堪忍すれ。是を思ふに難波に住なれて。前の鯛を喰なれし人の熊 野に行て。盆のさし鯖を九月の比も珍敷心に成ごとく。傾城見たる目を爰にはわすれ 給へぼんなうの垢をかゝせて水の流るゝに同し遊興なり。世間にはやる言葉を云勝に。 夜半の鐘に氣をつけ皆寢さんせぬか。こちらは毎夜のはたらき身はかねてした物でも なし。夜食も望みなしとはいへども。そば切是よしと取居の膳の音。其跡は床入女三 人に嶋のふとんひとつの布子貳つ。木枕さへたらぬ貧家の寢道具。戀は外に川堀の咄 し身のうへの親里。跡はいつとても芝居の役者噂。肌に添ばおもひなしか手足ひえあ がりて鼾はなはだしく我身を人にうちまかせ。男女の婬樂は互に臭骸を懷といへるも。 かゝる亂姿の風情なるべし。我も亦其身になりて心の水を濁しぬ

5.3. 美扇戀風

くすし。此ごとく看板掛て。四条通新町下る所に女ながら醫者をして住ける。表 に竹がうしを付て奥深に小闇き家作り。盆山に那智石を蒔て。石菖蒲のねがらみ青々 としたる葉末を詠め。淫酒のふたつをかたくやめさせ樂寢をさせず壁に寄添目の養生 する女爰に集る。常の聲にして角大夫節佐夜之助が哥を移し。立居もいそがず腹立ず 萬事心ながうと申渡しぬ。淋しき折ふし銘々身のうへの事を語りし。獨は室町の數間 女。是は諸國の人遊山作病の逗留。借座敷を心がけさま%\の染衣賣しが。男ありな しにかぎらず目にたゝぬ色つくりて。相手次第の御機嫌をとりて浮氣を見すまし酒の 友にもなりて。其跡は首尾によりて分もなき事。世をわたる業とて胸算用して。たと へば九匁五分の抱帯一筋十五匁に賣も。買人も其合點つくなり。又ひとりは糸屋者是 も見せ女に拵へ侍衆をあしらはせ樣子によりて。お宿までも持せて遣しける。時の首 尾によりて名古屋打の帯重打の下緒おもひの外なる商事をするぞかし。鹿子屋の仕手 殿も見へける。是はさのみおし出してのいたづらにはあらず。紅むらさきに色を移し て物やはらかに人のおかためきたる仕掛是を珍重がりて好人ありて。仕着合力にてし のび逢の男絶ず。此外かやうのたぐひの女身をぞんざいに持なし。むかしの惡病山歸 來などにして置しが土用八專つらく寄年にしたがひて上へとりあげてしつけ目を煩ひ いづれもすぎにし身の耻を語り慰ぬ。我も亦同じ病難を請て此宿に來て。髪はつひ角 ぐり皃に白粉絶て。早川織にそぎ衣裏をかけて。さのみ見ぐるしからぬ目の中の雫を。 黄色なる絹の切にてすこしうつふき拭たる風情。何とやらおもはくらしきものぞかし。 折から五條橋筋にかくれもなき大扇屋有ける。此亭主子細者にて敷銀付女房もよばず。 京のことなればうるはしき娘も有に。是を皃ふつて金銀は涌物と色好うちに。五十余 歳になりぬ。自を見るより身をもだえ。葛籠片荷櫛筥ひとつなくとも。丸裸で我女房 にほしきとしきりにこがれ。色々と氣をつくして媒を入て。頼樽をしかけておくられ ける。女はしれぬ仕合のある物にて。扇屋のお内義さまとよばれて。あまたの折手ま じりに見世に出。目に立程の姿自慢諸人爰にたよりて。五本地三本といふまゝにねぎ らず。出家は禮扇あつらへ此女房見に。さんじも人絶なくていへ榮え御影堂も物さび 幽禪繪もふるされ。當流の仕出しもやう隱し繪の獨わらひ。うつくしき所見えすきて 此家の風をふかしける。はじめの程はつれあひも合點にして。人の手にさはり腰を扣 く程の事は。余所見して置しが色ある男。毎日壹本一歩の扇調へにくる人有。心には なきたはふれ後にはいつとなく眞言になつて。夫婦の中をうたてく身が自由にならぬ を。明暮悔を見かねて追出れ彼男たつねてもしれずして。いたづらの身かなしかりき。 それより是非もなく御池通に牢人して。有程の身のかはを日算用すまして。よき事を 願へど京に多きものは寺と女にておもはしき奉公もあらず當分の世わたりに。西陣に 糸くりにやとはれ。月に六さいの

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夜間男、
是もをかしからず。上長者町に さる御隱居のぜんもん樣。七八軒の借家賃とりて酢にも味噌にも慰みにも。是を年中 にもりつけて明暮干肴より外なく。遊ぶを仕事に女壹人猫一疋。是へ二瀬の約束して 晝は水扱茶をわかし。夜は親仁さまの足でもさするはずに極めし。何も手いたき事は なし外に機嫌とるかたもなし。此うへの仕合にあのぼんさま四十斗年若にして。夜の 淋しさをわするゝ事ならばと。女ごゝろにくや/\といふても叶ぬ罪つくりし。此親 仁衣裏にわたばうしをまき夏冬なしのほうらくづきん。揚口より下へおりるに一時も かゝり。立居不自由さ年は寄まじきものと。いとしきおもひながらそこ/\にあしら ひ。風ひかぬやうにして寢さしやれませひ若も目がまはゞ起し給へ是に寢ますと。戀 慕の道おもひ切て九月五日までの事をおもひしに。此親仁
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つよ藏 にして、夜もすがらすこしもまどろむ事もなく、今時の若いやつらがうまれつきおか しやと、明暮こそぐられ、色々佗てかまはず、いまだ廿日も立ぬに、明ても枕あがら ず、鉢巻して色青く、
やう/\御斷を申て。せめては死ぬうちにとおそろしく 中宿へ人におはれて歸りぬ。地黄丸呑若き人に語れば齒切をして口惜がりぬ

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5.4. 濡問屋硯

萬賣帳なにはの浦は、日本第一の大湊にして諸國の商人爰に集りぬ。上問屋下問 屋數をしらず。客馳走のために蓮葉女といふ者を拵へ置ぬ是は食炊女の見よげなるか。 下に薄綿の小袖上に紺染の無紋に。黒き大幅おひあかまへたれ。吹鬢の京かうがひ伽 羅の油にかためて細緒の雪踏延の鼻紙を見せ掛。其身持それとはかくれなく隨分つら のかはあつうして。人中をおそれず尻居てのちよこ/\ありき。びらしやらするがゆ ゑに此名を付ぬ。物のよろしからぬを蓮の葉物といふ心也。遊女になほ身をぞんざい に持なし。旦那の内にしては朱唇万客嘗させ。浮世小路の小宿に出ては閨中無量の枕 をかはし。正月着物してもらふ男有盆帷子の約束もあり。小遣錢くるゝ人有一年中の もとゆひ白粉つづけるちいん有。はうばいの若い者に絹のきやふかきつき。久三郎に あうても只は通さず。繼煙管を無理取に合羽の切の莨宕入をしてやり。貳分が物もと らぬがそんと欲ばかりにたはふれ。されどもすゑ/\身のために金銀ほしがるにもあ らず。出替の中宿あそび女ながら美食好み。鶴屋のまんぢゆう川口屋のむしそば小濱 屋の藥酒。天滿の大佛餅日本橋の釣瓶鮨椀屋の蒲鉾樗木筋の仕出し辨當横堀のかし御 座芝居行にも駕籠でやらせ。當座拂ひのかり棧敷見てかへりての役者なづみ。角のう ちに小の字舞鶴香の圖無用の紋所を移し。姿つくるに一生夢の暮し人に浮されて親の 日をかまはず。兄弟の死目にもあそびかゝつてはゆかず。不義したい程する女ぞかし。 春めきて人の心も見えわたる淀屋橋を越て中の嶋の氣色雲静にして風絶。福嶋川の蛙 聲ゆたかに雨は傘のしめりもやらぬ程ふりて。願ふ所の日和萬の相場定まりて。米市 の人立もなくて若い者けふの淋しさ。掛硯に寄添て十露盤を枕として。小竹集をひら きて尻扣て拍子を取。ぬれの段程おもしろきはなしと語るに付て。家々に勤めし上女 の品定めいづれもならべて貳つ紋といへる惡口。見るにをかしげなる皃つき八橋の吉 と濱芝居の千歳老。不斷眠れど見よきもの。くだり玉が風俗お裏の御堂の海棠。とう から出來いてかなはぬ物。金平のはつが唐瘡高津の凉み茶屋。夜光て世に重寶。猫の りんが眼ざし杖に仕込挑灯にぎやかに見えて跡の淋しき女。釋迦がしらの久米座摩の ねり物。泣てからおもしろうないもの。徳利のこまんが床今宮の松の烏。長けれど只 なら聞物。越後なへが寢物語道久が太平記。花車に見せて切賣。にせむらさきのさつ が無心谷町の藤の花。明て見て其まゝにおかれぬ物。合力のしゆんが古裏。松はやし の觸状。是非ともにくさい物鰐口の小よしが息づかひ長町の西かは。ひがし北南その 方角に奉公せし蓮葉女數百人かそふるにくどし。年よれば其身は梧の引下駄の踏捨の ことく。行がたしれずなりて朽果るならひぞかし。我又京の扇屋を出てひとりの閨も 戀しく。此津に來りて此道に身をなし。人をよく燒とて野墓のるりと名によばれて。 はじめの程は主を大事に酒さへ洒さず通ひせしに。じだらく見ならひて後には。燭臺 夜着のうへにこけかゝるをもかまはず。菓子の胡桃を床のぬり縁にて割くらひ。椀近 敷のめげるをかまはず。いそがし業にふすましやうじ引さきてこよりにし。ぬれたる 所を蚊帳にて拭ひ。家に費をかまはずなげやりにする事なれば惣じての問屋長者に似 たり。中々あやうき世わたりふたつどりには聟にはいやなものなり。自一二年同じ家 につかはれしうちに。秋田の一客を見すまして晝夜御機嫌をとりて。おぼしめしの正 中へ諸分を持てまゐる程に衣類寢道具かず/\のはづみ。酒のまぎれどさくさに硯紙 とりよせて。墨すりあてがひ一代見すてじとの誓紙をにぎり。おろかなる田舎人をお どし。ちんともかんともいはせずお歸りにお國へつれられたがひに北國の土にと申程 に。國元の首尾迷惑していろ/\詫ても堪忍せず。けもない事をお中にお子さまがや どり給ふなどいひて。よろこびてつきりと男子には覺えあり。お名はこなたさまのか しら字新左衞門さまをかたどり。新太郎さま追付五月の節句。幟出して菖蒲刀をさゝ せましてといふをうたてく。ひそかに重手代のあたまにばかり智慧の有男を頼み。跡 腹やまずに仕切銀のうち。貳貫目出してつくばはれける