University of Virginia Library

3. 好色一代女卷三

目録

  • 町人腰元
    養生しらずの命
    一代持男を氣の短かき女有
    人はしれぬ物ぞかし
    腰元のおゆきが仕掛
  • 妖はひの寛濶女
    表使の女役をせし時
    おした屋敷の悋氣講
    さても/\おそろしや
    御前さまの皃つき今にわすれがたし
  • 調譫歌船
    大坂川口の浮れ比丘尼
    戀はれんりのたばね薪
    ひよくのさし鯖にかゆる
    浪枕もをかしき有さま此津に
  • 金紙匕髻結
    面影は髪かしらなるに
    つれなや猫にそばえられて
    かくせし事のあらはるゝもよしなや
    御梳あげの女の時惡心

3.1. 町人腰元

十九土用とて人皆しのぎかね。夏なき國もがな汗かゝぬ里もありやと。いうて叶 はぬ處へ鉦女鉢を打鳴し。添輿したる人さのみ愁にも沈まず跡取らしき者も見えず。 町衆はふしやうの袴肩衣を着て珠數は手に持ながら掛目安の談合。あるは又米の相場 三尺坊の天狗咄し若い人は跡にさがりて。遊山茶屋の献立禮場よりすぐに惡所落の内 談それよりすゑ%\は棚借の者と見えて。うら付の上に麻の袴を着るも有。もめん足 袋はけども脇指をさゝず。手織嶋のかたびらのうへに綿入羽織きるもをかし。とりま ぜての高聲に。鯨油の光のよしあし判事物團の沙汰。すこしは人の哀もしれかし。何 國にもあれ脇から聞にあさましくおもひ侍る。有増皃を見しりて御幸町通誓願寺上る 町の人といふ。それならば此死人は西輪の軒に橘屋といへる有。そこの亭主なるべし 子細は其家の内義すぐれてうつくしさにそれ見るばかりの便に。入もせぬ唐紙を調へ に行などをかし。一生の詠物ながら女の姿過たるはあしからめと。祇園甚太が申せし を何仲人口とおもひしに。男の身にして心がゝりなる事のみ。只留守を預くるためな ればあながち改むるにおよばし。美女美景なればとて不斷見るにはかならずあく事。 身に覺て一年松嶋にゆきて。はじめの程は横手を打見せばや爰哥人詩人にと思ひしに。 明暮詠めて後は千嶋も礒くさく。末の松山の浪も耳にかしましく鹽竈の櫻も見ずに散 し。金花山の雪のあけぼのに長寢小嶋の月の夕もなにとも思はず。入江なる白黒の玉 を拾ひて。子ども相手に六つむさし氣をつくす事にもなりぬ。たとへば難波に住馴し 人都に行て稀に東山を見し心。京の人は又浦めづらしく見てこそ萬おもしろからめ。 此ごとく人の妻も男の手前たしなむうちこそまだしもなれ。後は髪をもそこ/\にし て諸肌をぬぎて。脇腹にある瘤を見出され。有時は樣子なしにありきて左の足の少長 いしられひとつ%\よろしき事はなきに子といふ者生れて。なほまたあいそをつかし ぬ。是をおもふに持ましきは女なれども世をたつるからはなくてもならす。有時吉野 の奥山を見しにそこには花さへなくて。順の岑入より外に哀しる人影も見ざりき。は るかなる岨づたひに一つ庵片びさしにむすびて。晝は杉の嵐夜は割松のひかり見るよ り。何のたのしみもなかりしに廣き世界なるに。都には住でかゝる所にはと尋しに。 野夫うち笑ひて淋しさも口鼻をたよりにわするゝと語る。さも有べき捨がたくやめが たきは此道ぞかし。女も獨過のおもしろからず手習の子どもをやめて。大文字屋とい へる呉服所へ腰元づかひに出ぬ。むかしは十二三四五迄を腰元ざかりといへり。近年 は勝手づくにて中女を置ば寢道具の揚下風。乘物の前後につれても見よげなるとて。 十八九より廿四五迄なるをつかへり。我後帯は嫌ひなれどもそれそれの風義に替て。 黄唐茶に刻稲妻の中形身せばに仕立。平曲の中嶋田に掛捨のもとゆひ。よろづ初心に して雪といふ物には何がなつてあのごとくにふりますと。家さばかるゝお姥さまにと へばもまた其年も年なるに。あだなや親の懷そだちぞと其後は萬に心をゆるしてつか はれける。人手をとれば上氣をし袖にさはればおどろき。座興いふにも態と聲あぐれ ば。すゑ%\名は呼でうつくしき姿の花は咲ながら。梢の生猿/\といひふれて。ま んまと素人女になしぬ。をかしや愚なる世間の人はや子斗八人おろせしにと。心には 耻かはしくおそばちかく勤しうちに。

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夜毎に奥さまのたはぶれ、 殊更旦那は性惡、誰しのぶともなくに枕屏風あらけなく、戸障子のうごくにこらへか ねて
用もなき自由に起て勝手見れども男ぎれのないこそうたてけれ。廣敷の片 隅にお家久しき親仁肴入の番の爲に獨うづくまひてふしける。
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是 になりとも思ひ出させんと
覺えて胴骨の中程を踏越れば。南無あみだ/\と申 て火もともしてあるに年寄を迷惑といふ。けかに踏しが堪忍ならずはどうなり共しや れ。科は此足と
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親仁がふところへさし込ば
。是はとびくり して身をすくめ。南無觀世音此難すくはせ給へと口ばやにいふにぞ。此戀埓はあかず と横づらをくはして身をもだへてかへり。夜の明るを待兼けるやう/\廿八日の空星 まだ殘るより。佛壇のさうじせよなど仰ける
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奥さまはゆふべけに て、今に御枕もあがらず
旦那はつよ藏にて氷くだきて皃を洗ひ。かた絹ばかり 掛ておぶくまだかと。お文さまを持ながらとひ給ふに近寄。此お文はぬれの一通りで 御入候かといへば。あるじ興覺て返事もなし。すこし笑て表の嫌ひはなきものと。
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しどけなく帯とき掛て、もや/\の風情見せければ、あるじたま り兼て、肩衣かけながら分もなき事に仕なして、あらけなき所作に御眞向樣をうごか し、蝋燭立の鶴龜をころばせ
佛の事をもわすれさせて。それよりしのび/\に 旦那をなびけて。おのづから奢つきて奥さまの用など尻に聞せ。後にはさらするたく み心ながらおそろしや。去山伏を頼みててうぶくすれども其甲斐なく。我と身を燃せ しがなほ此事つのりて。齒黒付たる口にから竹のやうじ遣て祈れども。更にしるしも なかりきかへつて其身に當り。いつとなく口ばしりてそも/\よりの僞り。殘らず耻 をふるひて申せば亭主浮名たちて。年月のいたづら一度にあらはれける。人たる人嗜 むべきは是ぞかし。それより狂ひ出てけふは五條の橋におもてをさらし。きのふは紫 野に身をやつし。夢のごとくうかれてほしや男をとこほしやと。踊小町のむかしを今 にうたひける一ふしにも。れんぼより外はなく情しりの腰元がなれの果と。舞扇の風 しん/\と椙村のこなたは稲荷の鳥居のほとりにて。裸身を覺えてまこと成心ざしに 替り。惡心さつて扨も/\我あさましく。人をのろひしむくひ立所をさらずと。さん げして歸りぬ女程はかなきものはなし。是おそろしの世や

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This part was circles in the Saikaku Zenshu published from Hakubunkan. It has been added to the etext from the Nihon Koten Bungaku Taikei.
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3.2. 妖はひの寛濶女

蹴鞠のあそびは男の態なりしに。さる御かたに表使の女役を勤めし時。淺草の御 下屋形へ。御前樣の御供つかふまつりてまかりしに。廣庭きり嶋の躑躅咲初て。野も 山も紅井の袴を召たる女らうあまた。沓音静に鞠垣に袖をひるがへして。櫻がさね山 越などいへる美曲をあそばしける。女の身ながら女のめづらしく。かゝる事どもはし めて詠めし。都にて大内の官女楊弓ものし給ふさへ。替り過たる慰のやうにおもひし は。是はそも/\楊貴妃のもてあそび給へると傳へければ。今も女中の遊興に似あは しき事にぞ鞠は聖徳太子のあそばしそめての此かた。女の態にはためしなき事なるに。 國の守の奥がたこそ自由に花麗なれ。其日も暮深く諸木の嵐はげしく。心ならず横切 して色をうしなひけるに。しやう束ぬぎ捨給ひておはしけるが。何かおぼしめし出さ れける。俄に御前樣の御面子あらけなく變らせ給ひ。御機嫌取ぐるしくつき%\の女 らう達おのづから鳴をしづめて。起居動止も身をひそめしに。御家に年をかさねられ し。葛井の局と申せし人輕薄なる言葉つきして。かしらを振膝を震せ。こよひも亦長 蝋燭の立切まで。悋氣講あれかしと進め給へば。忽に御皃持よろしく。それよ/\と 浮れ出させけるに。吉岡の局女らうがしら成けるが。廊下に掛りし唐房の鈴の緒をひ かせ給ふに。御末女渡し女にいたる迄憚りなく。三十四五人車坐に見えわたりし中へ 我もうちまじりて事の樣子を見しに。吉岡の御局おの/\におほせ聞られしは。何に よらず身のうへの事を懴悔して女を遮て惡み男を妬しくそしりて。戀の無首尾を御悦 喜とありしは。各別なる御事とは思ひながら。何事も主命なれば笑れもせず。其後し だれ柳を書し眞木の戸を明て。形を生移しなる女人形取出されけるに。いづれの工か 作りなせる姿の婀娜も。面影美花を欺き。見しうちに女さへ是に奪れける。それより ひとり/\おもはくを申き。其中にも岩橋どのといへる女らうは。妖はひまねく皃形 さりとは醜かりし。此人に

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昼の濡事は
おもひもよらず。夜 の契も絶てひさしく。男といふ者見た事もなき女房。人より我勝にさし出。自は生國 大和の十市の里にして夫婦のかたらひせしに其男目。奈良の都に行て春日の弥宜の娘 にすぐれたる艶女ありとて通ひける程に。僣に胸動かし行て立聞せしに。其女切戸を 明て引入。今宵はしきりに眉根痒ぬればよき事にあふべきためしぞと。耻通風情もな く細腰ゆたかに。靠りをる所をそれはおれが男じやといひさま。かねつけたる口をあ いて。女に喰つきしと彼姿人形にしかみ付るは。其時を今のやうにおもはれ恐さかぎ りなかりき。是を悋氣の初めとして。我を忘れて如鷺々々と進て。女ごゝろの無墓や いへばいふ事とて。私は若い時に播磨の國明石にありしが。姪に入縁を取しに其聟目。 なんともならぬ性惡すゑ%\の女迄只をかねば。晝夜わかちなく居眠ける。それをき れいにさばき其まゝに置ける。姪が心底のもとかしさに。夜毎に我行て吟味して。寢 間の戸ざしを外から肱壼うたせて。姪と聟とを入置て無理に宵から寢よと。錠をおろ してかへりしに。姪程なく。やつれて男の貌を見るもうらめしさうに。
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兎角は命がつゞかぬと
身ぶるひしける。然もひのえ午の女なれ どもそれにはよらず。男に喰れてこゝ地なやみしに。其つよ藏目も此女に掛て。間な くころさせたしと彼人形をつきころはし。姦しく立噪てやむ事なし。又袖垣殿といへ る女らうは。本國伊勢の桑名の人なるが。縁付せぬ先から悋氣ふかく下女どもの色つ くるさへせかれて。鏡なしに髪をゆはせ身に白粉をぬらせず。いやしからぬ生付を惡 くなしてめしつかひしを。世間に聞及て人うとみ果ければ。是非なく生女房にて爰に くだりぬ。こんな姿の女目が氣を通し過て。男の夜どまりするをもかまはぬ物じやと。 科もなき彼人形をいためける。銘々に云がちなれども中/\こんな悋氣は。御前さま の御氣に入事にあらず。それがしが番に當る時くだんの人形を。あたまから引ふせ其 うへに乘かゝつて。おのれ手掛の分として殿の氣に入。本妻を脇になしておもふまゝ なる長枕。おのれ只置やつにあらずと。白眼つけて齒切をして。骨髄通してうらみし 有樣。御前さまの不斷おぼしめし入の直中へ持てまいれば。それよ/\此人形にこそ 子細あれ。殿樣我をありなしにあそばし。御國本より美女取よせ給ひ。明暮是に惱せ 給へども女の身のかなしさは申て甲斐なき恨み。せめてはそれ目が形を作らせて。此 ごとくさいなむと御言葉の下より。不思義や人形眼をひらき。左右の手をさしのべ。 座中を見まはし立あがりぬる氣色。見とめる人もなく踏所さだめずにけさりしに。御 前さまの上がへのつまに取つきしを。やう/\に引わけ何の事もなかりし。是ゆゑか 後の日なやませ給ひ。凄しく口ばしせらるゝ人形の一念にもあるやらんと。いづれも 推量して此まゝに置せ給ひなば。なほ此後執心すかぬ事ぞ。菟角は煙になして捨よな ど内談極め。御屋敷の片陰にて燒拂ひ其跡。灰も殘さず土中に埋みし。いつとなく其 塚の恐るゝにしたがひ。夕暮毎に喚叫事嫌疑なく。是を傳へて世の嘲哢とはなりぬ。 此事御中屋敷に洩聞て殿樣おどろかせ給ひ。有増を御たづねなさるべきとて。表使の 女をめされけるに。役目なれば是非もなく御前に出て今は隱しがたくてありのまゝに。 人形の事を申上しに皆/\横手をうたせ給ひ。女の所存程うたてかる物はなし。定め て國女も其思ひ入に命を取るゝ事程はあらじ。此事聞せて國元へ歸せと仰せける。此 女嬋娟にして跪づける風情。最前の姿人形のおよぶべき事にはあらず。それがしもす こしは自慢をせしに。女を女の見るさへ瞬くなりぬ。是程の美女なるを奥さま御心入 ひとつにて。悋氣講にてのろひころしける。殿も女はおそろしくおぼしめし入られて。 それよりして奥に入せ給はず生別れの後家分にならせ給ふ。是を見て此御奉公にも氣 を懲し。御暇申請て出家にも成程のおもひして。又上方に歸る。さら/\せまじき物 は悋氣。是女のたしなむべき一とつなり

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3.3. 調謔哥船

多くても見ぐるしからぬとは書つれども人の住家に塵五木の溜る程。世にうるさ き物なし。難波津や入江も次第に埋れて。水串も見えずなりにき。都鳥は陸にまどひ。 蜆とる濱も抄菜の畠とはなりぬ。むかしに替り新川の夕詠め。鐵眼の釋迦堂是ぞ佛法 の晝にすぎ芝居の果より御座ぶねをさしよせ。呑掛て酒機嫌やう/\ゑびす橋よりに しに。ゆく水につれて半町ばかりさげしに。はや此舟すわりてさま%\うごかせども 其甲斐なく。けふの慰みあさなくりておもしろからず。爰に汐時まつとや心當なるれ うりもばらりと違ひ。三五の十八燒物のあまた數讀て。膳出し前に下風鱠の子もなく あへて。先のしれぬ三軒屋より。爰でくうて仕舞と夕日の影ほそくなりしに。竿さし つれて棚なし舟のかぎりもなくいそぐを見しに。是かや今度の芥捨舟。よき事を仕出 し人の心の深く川も埋らず。末%\かゝる遊興の爲ぞとよろこぶ折ふし。此五木の中 にわけらしき文反古ありしに。其舟へ手のとゞくを幸につい取て見しに。京から銀借 につかはせし文章をかしや。銀八拾目にさしつまり内證借にして。其代には朝夕念ず る。弘法大師の御作の如來を濟す迄預け置べし。うき世の戀はたがひ事さる女を久し くだました替りに。いやといはれぬ首尾になりて子を産うちの入目。是非に頼たてま つる平野屋傳左衞門樣まゐる。加茂屋八兵衞より。此文の届賃此方にて十文魚荷に。 相わたし申候との斷り書。よくよくなればこそ目安書やうなる樣書てはる%\十三里 の所を。無心は申つかはしけるに。しらぬ事ながら是はかしてもとらさいで。京にも ない所にはない物は銀ぞと。おの/\腹包て大笑ひしばらくやむ事なし。人を笑ふ 人々を町代かなじやくし吸物椀を持ながら。身體の程をおもひやるに。京のかね借者 よりはいづれも身のうへのあぶなし。ひとりは來月晦日切に家質の流るゝ人。又ひと りは安札にて普請する人。今獨は北濱のはた商する人。年中僞と横と欲とを元手にし て世をわたり。それにも色道のやまぬはよい氣やとつぶやくを聞て。皆々心のはづか しく向後身にあまりての色をやめぶんと。おもひ定めしうちにもなほやめがたき此道 ぞかし。そも/\川口に西國船のいかりおろして。我古里の嚊おもひやりて淋しき枕 の浪を見掛て。其人にぬれ袖の哥びくに迚。此津に入みだれての姿舟。艫に年がまへ なる親仁居ながら楫とりて。比丘尼は。大かた淺黄のもめん布子に。龍門の中幅帯ま へむすびにして。黒羽二重のあたまがくし。深江のお七ざしの加賀笠。うねたびはか ぬといふ事なし。絹のふたのゝすそみじかく。とりなりひとつに拵へ文臺に入しは。 熊野の牛王酢貝耳がしましき四つ竹。小比丘尼に定りての一升びしやく。勸進といふ 聲も引きらず。はやり節をうたひそれに氣を取。外より見るもかまはず元ぶねに乘移 り分立て後。百つなぎの錢を袂へなげ入けるもをかし。あるはまた割木を其あたひに 取又はさし鯖にも替。同じ流れとはいひながら是を思へば。すぐれてさもしき業なれ ども。昔日より此所に目馴てをかしからず人の行すゑは更にしれぬものぞ我もいつと なく。いたづらの數つくして今惜き黒髪を剃て。高津の宮の北にあたり高原といへる 町に。軒は笹に葺て幽なる奥に。此道に身をふれしおりやうをたのみ。勤めてかくも 淺ましくなるものかな。雨の日嵐のふく日にもゆるさず。かうしたあたま役に白米一 升に錢五十。それよりしもづかたの子共にも。定て五合づゝ毎日取られければ。おの づといやしくなりてむかしはかゝる事にはあらざりしに。近年遊女のごとくなりぬ。 是もうるはしきは大坂の屋形町まはり。おもはしからぬは河内津の國里%\をめぐり 麥秋綿時を戀のさかりとはちぎりぬ。我どこやらにすぎにし時の樣子も殘れば。彼ふ ねよりまねかれ。それをかりそめの縁にして後は小宿のたはふれ。一夜を三匁すこし の露に何ぞと思へど。戀草のしげくして間もなう三人ながらたゝきあげさせて。跡は しらぬ小哥ぶしつらやつめたや。そのはづの事。いかなる諸方にもつかへばかさのあ がる物。その心得せよ上氣八助合點か

3.4. 金紙匕髻結

鳥羽黒の髪の落。みだれ箱十寸鏡の二面。見しや假粧べやの風情。女は髪かしら 姿のうはもりといへり。我いつとなく人の形振を見ならひ。當世の下嶋田惣釣といふ 事を結出し。去御かたへ御梳にみやづかひをつかふまつりける。其時にかはり兵庫曲 ふるし。五段曲も見にくし。むかしは律義千万なるを。人の女房かた氣と申侍りき。 近年は人の嫁子もおとなしからずして。遊女かぶき者のなりさまを移し。男のすなる 袖口ひろく居腰蹴出しの道中。我身を我ままにもせず人の見るべくを大事に掛。脇皃 にうまれつきしあざをかくし。足くびのふときを裾長にして包み。口の大きなるを俄 にすぼめ云たい物ををもいはず。思ひの外なる苦勞をするは今時の女ぞかし。つれそ ふ男さへ堪忍せば。ゆがみなりにやれ扨浮世と思へども。ふたつ取には見よきにしか じ。惣じて九所共に揃ふたる女は稀なるに。見よく大かたなる娘に敷銀付ての縁組。 いつの世にはじめて是程無分別はなし。其ようぎ次第に男のかたより金銀とるはずの 事なるべし。我四度の御仕着に八拾目に定め。一とせ勤めし初の日二月二日に曙はや く其御屋形にまかりしに。奥さまは朝湯殿に入らせられ。しばらくあつて自をこぶか き納戸にめさせられ御目見えいたしけるに其御年比は。いまだ廿にもたり給ふまじさ りとてはやさしく。御ものごししほらしく又世の中にかゝる女らうもあるものかと。 女ながらもうらやましく見とれつるうちに。したしき御事ども仰られて後。ちかごろ 申かねつれども内證の事ども何によらず。外へもらさじと日本の諸神を書込。誓紙と の御のぞみすゑ%\の樣子はしらぬ事ながら。主人に頼み身をまかせつるうへは。そ れをもるゝにあらず御心にしたがひ。筆取て書つるうちにも。我さだまる男もなけれ ば。いたづらは佛神もゆるし給へと。心中に觀念しておぼしめさるゝまゝに書あげゝ る。此うへは身の程を語べし人におとらぬ我ながら。髪のすくなくかれ%\なる事の なげかし。是見よと引ほどき給へば。かもじいくつか落て地髪は十筋右衞門と。うら めしさうに御泪に袖くれて。はや四年も殿とはなじみまゐらせ。折ふしは夜ふけての 御かへり只事にあらねば。すこし腹立て枕遠のけて。空寢入仕掛口舌の種とはなしけ れども。もしや髪とかれては戀の覺ぎはをかしく。思へば口惜年ひさしくかくしぬる せつなさ。かまへて沙汰する事なかれ。女はたがひと打掛給ひし地なしの御小袖をく だし給はりし。よく/\耻給へばこそとひとしほ御いとしさまさりて。影身に添て萬 をくろめ見せざりしに。其程すぎて筋なきりんきあそばし。我髪のわざとならず長く うるはしきをそねみ給ひ。切とはめいわくながら主命是非なく。見ぐるしき程になし けれども。それも亦むかしのごとく頓てなりやすし。額のうすくなる程抜捨よとは。 仰せながら情なく兎角は御暇乞しに。それも御ひま出されずして。明暮さいなみ給へ は。身はやつれてうらみ深く。よからぬ事のみたくみいかにしてか。奥さまの髪の事 を殿樣にしらせて。あかせましてとおもふより。飼猫なつけて夜もすがら結髪にそば へかしける程に。後は夜毎に肩へしなだれける。あるとき雨の淋しく女まじりに殿も 宵より。御機嫌のよろしく琴のつれびきあそばしける時。彼猫を仕かけけるに。何の 用捨もなく奥さまのおぐしにかきつき。かんざしこまくらおとせば五年の戀興覺し。 うつくしき皃ばせかはり絹引かづきものおもはせける。其後はちぎりもうとくなり給 ひ。よの事になして御里へおくらせける。其跡を我物にして首尾を仕掛ける。雨おた やみなく人稀なる暮がたに。旦那は物淋し氣に御居間の床縁を枕にし給ひ。心よく夢 を見かゝり給ふ折ふしを。濡のはじめのけふこそはとおもはれ。呼もあそばさぬにあ い/\と御返事申て。おそばちかく行て申/\と起したてまつり。御呼なされました が何の御用と申せば。おれはよばぬがと仰せける程に。さては私の聞違へましたなど 申て。其まゝはかへらずしどけなく見せかけ。おあとへおふとんきせまして本の御枕 にしかえさせまゐらせければ。そこらに人ないかと尋させらるゝ時。けふにかぎつて 誰もをりませぬと申せば。

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我手を取給ふより手に入て、こちの物 になしけ

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