好色一代女卷一 (Koshoku Ichidai Onna) | ||
2. 好色一代女巻二
目録
- 淫婦中位
自慢姿ほどもなくむくひの種
天神にさがり口買置
算用はあはぬむかしの男
みな/\かはるならひぞかし - 分里數女
十五夜半それ/\の勤め程
世にをかしきはなし
揚屋の別れもつぼねのさらばも
名殘はをしき三藏さま - 世間寺大黒
なるれば人燒匂ひも
白菊といへる伽羅にかはらず
魚はくふぬれは有
寺程すむによき所はなし - 諸禮女祐筆
かへす%\戀しりとおもひまゐらせ候
かねで作りし男も
いつとなくおとろへて
人ころしさままゐる
2.1. 淫婦中位
朱雀の新細道をゆきて。嶋原の門口につひに見ぬ圖なる事あり。大津馬に四斗入 の酒樽を乘下に付。立嶋の布子に鍔なしの脇指竹の小笠をかづき。右に手綱ひだりに 鞭持て心のゆくにまかせてあゆませ行に。揚屋町の丸屋七左衞門方へ馬かた先立て送 り状をわたしぬ。越後の村上より此人女郎買にのぼらるゝのよし。隨分御馳走申其里 の遊興の後大坂も見るべきとの望み。住吉屋か井筒屋へそれより人を添らるべし。諸 事其元わけよく我等同前に頼むと御状付られし御かたは。越後の幅さまとて前の吉野 さまの御客。今の世には稀なる大じんさま。中二階の普請をおひとりしてあそばしよ き事は今にわすれず。それよりの御引合すこしも如在は先是へと。馬引掛て樣子を見 るによねぐるひの風義にはあらず。都のものに馴たる男ども何とやら心元なく。おま へさまの傾城ぐるひなされますかといへば。田舎大臣にがい皃をして此人が買れます と。革袋ひとつなげ出せば梧のとの角なる物三升程うち明。今くれかぬる一歩を一握 づゝまきければ。かたじけなしと夕暮の寒空になる質どもを請ける。其後お盃といへ ば我國酒を呑つけて外なるは氣に入ず。扨はる%\より樽二つ此酒の有切にあそぶな れば。始末して我獨に呑せよといへば、京の酒がお氣にいらずは女らふさまもやはら かにしてお氣に入まじ。いかなるお物好大夫さまお目に掛よといふ。大じん笑つて床 もかまはず心入もしまぬ物。是よりうつくしきは此里に又なきといふ大夫を。見る迄 もなし取寄よといふ。しかしお慰にもと此夕ざれの出掛姿はしゐして見せまゐらすに 金銀の團にてひとり/\の御名ををしえける。大夫とはいはで金の團をかざし天職は 銀の團にてしらす。其道にかしこき仕業なり。我大夫とよばれし時いやしからぬ先祖 を鼻に掛ぬ。公家の娘やら紙屑拾ひの子やら人はしらぬ昔ぞかし。殊には姿自慢して 手の見えたる男には言葉もかけず。高うとまつて鶏鳴別れにも客をおくらず。いづれ の人もいやな皃してすましければ。おのづと此沙汰あしく次第に淋しく。勤め
はや其日より引舟女郎もなく。寢道具も替りてふとんふたつになし。すゑ%\ も腰をかゞめず樣付し人も殿になり。座付も上へはあげず口をしき事日に幾度か。大 夫の時は一日も宿にて暮さず。廿日も前より遣手を頼み日に四五軒からもらはれ。揚 屋から人橋かけてそこからそこに行にも。向ひ人送り人さゞめき渡りしに今はまた。 ちひさき禿ひとりつれて足音も静かに大勢の中にまじりてゆきしに。丸屋の見せなる 越後の客はじめて見し戀となり。あの君よといひしにけふより天職にさがり給ふとい ふ。我等は國元のぜいばかりなれば大夫てなくば望みなし。あまた見つくせし中にあ れ程うつくしきはまたもなきに。天神になしけるは内證に惡き事のありやと。是非に かなはぬ取沙汰せられてきのふ迄嫌ひし男にあひ。座敷もしめて見ても脇からくづさ れ。持馴し盃を取おとしする事いふ程の不出來に。床も客おそろしくなつて氣に入心 の仕掛。身ごしらへもはやく伽羅も始末心つきて燒かね。上する男お床は二階へと呼 立れは只一二度にて尻がるに立行。宿のかゝつい戸口までつきてぎよしんなりました かと。お客に申女郎にはお休みなされませいと。口ばやに云捨てはしごおりさまに。 爰は蝋燭けして油火にせよ。高蒔繪の重肴は大座敷へ出せといふたに。誰才覺ぞと下 女白眼など。しれたる事ながら聞をかまはずいはれしは。是女郎の威のなきゆゑに萬 かくこそかはれ。むやくしき事此外聞寢入にするを。男に起され心まかせの首尾して 後。情らしく親里をたづねけるに欲の心から殘さず語りて。おのづとうちとけ正月の 仕舞も我とたのみ。大かたに請あふをうれしく二度目になれし別れには。出口の門迄 おくり面影見はつる迄立つくし。其跡より便求めて三枚がさねの文遣しける。大夫の 時は五七度も心よく逢馴し後もたよりはせざりき。引舟遣手氣を付それさまへ御状ひ とつと。機嫌のよき折ふしを見あはせ。お硯の墨すりて奉書取てあてがひけるに。お 定りの文章そこ/\に書ちらし人に疊ませてむすばせて上書してなげやるさへ。かた じけなく拜しまゐらすいよ/\今迄に替らすかはゆがられたしなと。返事をひきふね かた迄遣しやり手迄大判三枚。小袖代として給はりし事。其時は世にほしがる金銀も めづらしからずそれ/\にとらせけるに何惜からじ。大夫の人に物やるもおもへば博 奕の場にての錢のごとし。ない時の今は耻捨て御無心申甲斐なし。惣別傾城買その分 際より仕過す物なり。有銀五百貫目より上のふりまはしの人大夫にもあふべし。貳百 貫目迄の人天職くるしからず。五十貫目迄の人十五に出合てよしそれも其銀はたらか ずして居喰の人は思ひもよらぬ事。近年の世上を見るに半年つゞかざる人無分別にさ わぎ出し。二割三割の利銀に出しあげ主人親類の難義となしぬ。かやうになるを覺え ての慰み何かおもしろかるべし。うき世とてさま%\我天職つとめけるうちに。頼み に掛し客三人迄ありしに。ひとりは大坂の人なるが檳榔子の買置して家をうしなはれ ける。又一人は狂言芝居の銀元にて大分のそん立。またのひとりは銀山にかゝる所あ しく。廿四のうちに三人ともに埓明此里の音信も絶て俄に淋しきさへうきに耳の下に 霜ふり月の比。粟粒程なる物いつとなくなやまして。其跡見ぐるしく是又つらきには やり風にして。我黒髪うすくなりて人なほ見捨ければ。うらみて朝夕の鏡も見捨にけ る2.2. 分里數女
町人のすゑ/\迄脇指といふ物さしけるによりて。云分喧嘩もなくておさまりぬ。 世に武士の外刃物さす事ならずは。小兵なる者は大男の力のつよきに。いつとても嫐 れものになるべき。一腰おそろしく人に心を置によりて。いかなる闇の夜も獨は通る ぞかし。傾城はうは氣なる男をすけるによりて。小尻とがめ出來達にして命のはつる をも更に覺えず。我女郎なれば迚義理には身を捨る事。其座はさらじと明暮思ひ極め しに。是程身のかなしきにも相手なしには死れぬ物ぞ。自大夫から天神におろされけ るさへ口惜かりしに。今又十五になされ勤めけるに。むかしの氣立入替り萬事其時の 心になる物ぞかし。はじめてのお客と呼にくるとひとつも賣を仕合に。其男見にやる 迄もなくもし又入ぬとてへんがへせられては。けふの隙日のせつなさに取いそぎゆく さへ。揚屋の男目が耳こすりいふは十五位の女郎は。人やるといなや使とつれてくる 人をよべ。惡女郎のくせに身拵へそれだけそんじやは。十八匁の物を九匁も人が出す にこそと聲高にわめくもつらし。内義も見ぬ皃して言葉をも掛られず。手持わるく臺 所にあがれば。丹波口の茶屋がそこに居あはせ。其二階へあがれとさしづをする片手 に。尻さくるなどすこしは腹立ながら座敷に入て見れば大じんの數程大夫も有。つれ 衆には天神かたづき。お機嫌とりの若男四五人もありしが。其中へつきまぜによばれ てどれにあふともさだめもせず。下座になほりて行所のない時の盃さゝれ。酒はかい しき請ねども誰氣をつけてあいさつする人もなく。つい隣の太皷女郎にさして日の暮 を待兼。
若い男のこいきすぎた る風俗。正しく町の髪結らしくおもはれける。此男やう/\細奥町上八軒の茶屋あそ びの諸分ならではしらずや。手元へ取まはし我へのぜんせいとおもふか。枕のともし火ちかくよせて前 巾着より二歩ひとつまめいた三拾目程。幾度か數讀て見せける是はあまりなる男目。 物云かくるに俄に腹いたむとて返事もせず。そむきて寢入ば此男つめひらきはおもひ もよらず。私のにが手藥なりと夜明がた迄さすりける程に。あまりいたはしくおもは れ大じん の聲して夜の明るに程近し。我は先へ歸れ髪結人も待かねんと。何のゑんりよもなく 起されける是を聞と。又心ざし替り先に見立し職の人なれば。かさねて浮名の出る事 をうたてく其通に起別れぬる。大夫天神迄勤めしうちはさのみ此道迚もうきながらう きとも覺えず。今の身のかなしき事かくもまたむかしに替る物哉。やぼはいやなり中 位なる客はあはず。帥なる男目にたま/\あへば何のつやもなく。 といふ さてもせはしや。おふくろさまの腹に十月よくも御入ましましたなどいうてすこしは 子細らしく持てまゐれば此男いひも果ぬに。それを四の五のいへばむづかしい事は御座らぬ。さらりといんでもらひまして 女郎かへて見ましよといふが。鼻息に見えすき此男こはく身揚なほおそろしく。帥と おもふとちやくと言葉に色を付て。わけもない事あそばしてお敵さまへのもれての御 申分は。こちはぞんじませぬなどゝいふが十五女郎のかならずおとしなり。それより しなくだりてはしつぼねの事共いふにかぎりもなく聞ておもしろからず。それもそれ /\に大かた仕掛さだまつての床言葉有。先三匁取はさのみいやしからず客あがれば。 ゆたかに内に入其跡にてもめんぎる物着たる禿が油火ほそくむきてさし。是へ御ざりましておろくにと申て切戸 より内に行。同し見世の女郎ながら是にたよる男もむしやうなる野人にはあらず。遣 ひすごして揚屋の門を闇に通る男。又は内證のよき人の手代か武士は中ごしやうの掛 るものなり。女郎手をたゝきて 禿をよび其着物お跡へむさくとも着ませいといふしほらしく。扇に心をつけ此袖笠の 公家は。さのゝわたりの雪の夕暮で御ざんすかなどゝ問より。男たよりとなりいかにも袖うち拂ふ雪の肌に。よかよかなる男もぜいにて。作り口舌して重て咄しにくる事手にとつたる客也。又 親かた掛りの人と見し時はお供もつれられずお獨は。道氣遣しなどいふに拙者は人持 ませぬといふ者なし。かくのせ置ばなじみて挟箱もらふ時人がないとはいはせぬため なり。貳匁取は手づからともし火細め枕に敷紙して嘉太夫ぶしのなづむ所を語りけり して。其引口におまへさまはどれさまにおあひなされます。をかしからぬ是にしばし もおきづまりなるべし宿屋はどれへおこしなされますといふがいづれもさし定まつて のあいさつなり。壹匁取は其時のつくり小哥うたひながら。客のおもはくもかへ り見ず内からのいひ付の通り。着物着替て宵かとおもへば今の鐘は四つじやげな。おまへさまはどれ迄おかへりなさ れますとせはし男に氣を付。やりくりの後やり手よびて天目二つながらにくんで來て。 お茶しんぜましやと口ばやにいふもをかし。五分取は自戸をさして豊嶋莚のせまきを。 片手にして敷足にて煙草盆をなほし。男引こかしてあの人さまはふるうはあれど。絹 の下帯かいてゐさんす奢たお人さまじや。こなたさまを何する人じや違へずいうて見 せましよ。月夜で風のふかぬ時隙じやさかいに夜番さしやりますか。大商人心太の中 買じやといへば。よいかげんな事をいはしやれところてん賣が。此暑い夜あそんで居 てよいもので御座るか。然も今夜は高津の夏神樂仕合がわるくとも。八十もまうけが あらふ物とその道/\に。さてもせちがしこき事を我も京より。十五をくだりて新町 にうられて二年も見せを勤めしうちに。世のさま%\見および十三の年明て。頼む島 なき淀の川ぶねに乘て二たび古里にかへる2.3. 世間寺大黒
脇ふさぎを又明てむかしの姿にかへるは。女鐵拐といはれしは小作りなるうまれ つきの徳なり。折ふし佛法の晝も人を忍ばすお寺小性といふ者こそあれ。我耻かしく も若衆髪に中剃して。男の聲遣ひならひ身振も大かたに見て覺え。下帯かくも似物か な上帯もつねの細きにかへて刀脇指腰さだめかね羽織編笠もこゝろをかしく。作り髭 の奴に草履もたすなど物に馴たる太皷持をつれ。世間寺のうとく成を聞出し庭櫻見る 氣色に。塀重門に入ければ太皷方丈に行て隙なる長老に何か小語客殿へよばれて彼男 引あはすは。こなたは御牢人衆なるが御奉公濟ざるうちは。折ふし氣慰に御入あるべ し萬事頼あげるなどいへば。住持はや現になつて夜前あなた方入ひて叶はぬ。下風藥 を。去人に習うて參つたというて跡にて口ふさぐもをかし。後は酒に亂れ勝手より醒 き風もかよひ。一夜づゝの情代金子貳歩に定め置諸山の八宗。此一宗をすゝめまはり しにいづれの出家も珠數切ざるはなし。其後はさる寺のなづみ給ひ三年切て銀三貫目 にして。お大黒さまになりぬ此日數ふるうちに浮世寺のをかしさ。むかしは念比なる 坊中ばかり集りて諸佛祖師の命日をよげ一月に六齋づゝ。是より外はと誓文のうへ魚 鳥も喰。女ぐるひも其夜にかぎりて三条の鯉屋などにてあそび。常は出家の身持なる 時は佛も合點にてゆるし給ひ。何のさはりもなかりき。近年はんじやうに付て亂りか はしく。
あまり厚く 付て。物いふ聲の外へもらさず奥深に拵へ。晝は是に押込られ夜は迄も出ける。此氣のつまる事戀の外なる身過なればひとし ほかなしかり。いや風坊主に身をまかせて長老 は更に用捨もなく。死だらば手前にて土葬と思ふ皃つきおそろし。なるればそれも惡 からず待夜參のふけるを待かね灰よせの曙も別れと思へばしばしもうたてき。なほ白 小袖の坊主くさきも身に添移香のしたしくもなりぬ。末%\は淋しさ忘れて最前は耳 塞し鉦女鉢の音も。聞馴て慰む態となれり。人燒煙も鼻に入ず無常の重る程お寺の仕 合を嬉しく。夕暮の肴賣ほねつきぬきの小鴨鰒汁椙燒。外へはかほりのせざる火鉢に 盖をかけて少は人を忍ぶ也。じだらく見習ひ小僧等迄も赤鰯袖にかくして。佛名書す てし反古に包燒して朝夕おくればこそ。艶よく身もうるほひ有て勤る事も達者也。世 をはなれ山林に取籠。木食又は貧僧のおのづから精進する人の皃つきは。朽木のごと く成て其隱れなし。我此寺に春より秋の初めつかた迄奉公せしに。そも/\は深く疑 ひて外にゆかるゝ時は戸ざしにも錠をおろされしに。今は庫裏迄ものぞく程に心をゆ るされ。いつとなく大短者に成て諸旦那の參られしにもはやくは迯ず。ある夕暮に風 梢をならしばせを葉亂れ。物すごき竹縁に世の移り替を觀じて。獨手枕の夢もまだ見 ずまぼろしにかしらは黒き筋なく皃に浪をかさね手足火箸のごとく。腰もかなはず這 出聞え兼つる聲の哀に。我此寺に年ひさしく住寺の母親ぶんになつて。身もさのみい やしからぬを態と見ぐるしく持なし。長老とは二十年も違へば物事耻しき事ながら。 世を渡る種ばかりに淺からず。かず/\ の申かはしもあだになしかくなればとて。片陰に押やられて佛の食のあげたるをあた へ。死かねる我をうらめしさうなる皃つきさりとてはむごくおもへど。それはさもな くうらみの日をつもるはそなたは我をしられぬ事ながら。そなたに喰付おもひ晴す べき胸定めて今宵のうちといふ事身にこたへ兎角は無用の居所そと爰を出てゆく手く だもをかし。常なる着物の下がへに綿をふくませ。其姿おもくれて今迄はかくせしが 我が身持も月のかさなり。いつを定めがたしといへば長老おどろき。はやく里にゆき て無事になりて又歸れと。布施のたまりを取集め其間の事ども心をつけて。いかなる 少年親になげかして泪は袖殘るもつらき迚。あがり物の小袖を産着よと有程惜まず、 名は石千代とうまれぬ先から祝ひける。此寺もあき果て年も明ぬにかへらず出家のか なしさはそれとても公事にはならず2.4. 諸禮女祐筆
見事の花菖蒲おくり給はり。かず/\御うれしく詠め入まゐらせ候。京に女祐筆 とて上づかた萬につけて年中の諸禮覺え。みやづかひつかふまつりて後かならず身の おさめ所よき人あまた。是を見ならへとて少女をかよはせける。我むかしはやごとな き御方にありし。其ゆかりなればとて女子の手習所に取立られける。我宿として暮す る事のうれしく。門柱に女筆指南の張紙して一間なる小座敷見よげに住なし。山出し の下女ひとり遣ひて人の息女をあづかる事大かたならずと。毎日おこたらず清書をあ らため女に入程の所作ををしへ。身のいたづらふつ/\とやめて何の氣もなかりしに。 戀を盛の若男やりくりの文章をたのまれ。むかし勤めし遊女の道はさして取ひよく連 理の根ごゝろをわきまへて。其壼へはまりたる文がらに惱せまたは人の娘なる氣を見 すかし。あるひは物馴手たれのうき世女にも。それ/\の仕掛ありていづれかなびけ ざる事なし。文程情しる便ほかにあらじ其國里はるかなるにも。思ふを筆に物いはせ けるいかに書つゞけし玉章も。僞り勝なるはおのづから見覺のして捨りて惜まず。實 なる筆のあゆみには自然と肝にこたへ其人にまざ/\とあへるこゝちせり。我色里に つとめし時あまたの客の中にもすぐれて惡からず此人にあふ時は更に身を遊女とはお もはず。うちまかせて萬しらけて物を語りけるに。其男も我を見捨てざりしに。事つ のりてあはれぬ首尾をかなしく。日毎に音信の文しのばせけるに。男あひ見る心して 幾度かくり返して後。獨寢の肌に抱ていつとなく見し夢に。此文みづからが面影とな り夜すがら物語せしを。そばちかく寢たる人ども耳おどろかしぬ。其後彼客御身の自 由になりてむかしに替らずあひける時。此あらましをかたられしに。毎日思ひやりた る事どもたがはず通じける。さもあるべきかならず文書つゞくる時。外なる事をわす れ一念に思ひ籠たる事脇へは行ぬはづぞかし。我たのまれて文書からはいかに心なき 相手なりとも。おそらくは此戀おもひのまゝにと請合て文章つくせしうちに。いつと なく亂れて此男かはいらしくなれり。有時筆持ながらしばらく物おもふ皃なるが。耻 捨て語り出しけるは。そなたさまに氣をなやませつれなくも御心にしたがはぬは。世 にまたもなき情しらずといふ女なり。はかどらぬそれよりは我に思ひ替たまはんか。 爰が談合づく女のよしあしはともあれかし。心立のよきと今の間に戀のかなふと。さ しあたつてお徳と申せは此男おどろき。物いはざる事しばらくなりしが。先はしれぬ 事近道に是もましぞと思ひ。殊には此女髪のちゞみて足の親指反て口元のちいさきに 思ひつき。かくす事にもあらず仕掛し戀も。金銀の入る事には思ひよらず。こなたと ても帯一筋の心付ならず。中/\なじみて後近付の呉服屋有かなど。御たづねありて も絹一疋紅半端。かならず共請合はならずはじめからいはぬ事は聞えぬといふ。よき 事させながらあまり成言葉がため。にくしさもしく此廣き都の町に。男日照はせまじ 又外にもと思ふ折ふし。五月雨のふり出よりいとしめやかに。窓よりやぶ雀の飛入と もし火むなし。闇となるを幸に此男
そなた百迄とい ふ。をかしや命しらず目。おのれを九十九迄置べきか。最前の云分も惡し一年立ぬう ちに。杖突せて腮ほそらせて。うき世の隙を明んとあんのごとく 此男次第にたたまれて。不便や明年の卯月の毛世上の更衣にもかまはず。大布子のか さね着醫者も幾人かはなちて。髭ぼう/\と爪ながく耳に手を當。きみよき女の咄し をするをもうらめしさうに皃をふりける 好色一代女卷一 (Koshoku Ichidai Onna) | ||