University of Virginia Library

6. 好色一代女卷六

目録

  • 暗女晝化物
    上町は藤の花に行女
    お敵次第にもつてまゐる
    色姿衣類も
    そのまゝ替つた事の
  • 旅泊人詐
    小遣帳にも付られぬ
    中間算用
    三五の十八ふり袖に留られて
    馬しや/\春はござれの
  • 夜發附聲
    しのびぢにはあらねど犬に
    とがめられて割竹の音夜は
    八つ聲して君が寢巻
    七藏合點か
  • 皆思謂五百羅漢
    むかしにかへる都の浄土
    死皃を又今見るやうに
    それにこれに諸袖に
    ぬれのおはりを語る

6.1. 暗女は晝の化物

秋の彼岸に入日も西の海原。くれなゐの立浪を目の下に上町よりの詠め。花見し 藤もうら枯て物の哀れも折ふしの氣色。おのづから無常にもとづくかねの聲太皷念佛 とて。其曉の雲晴ねども西へ行極樂浄土ありがたくも殊勝さも。入拍子の撥鐘木聞人 山をなして立かさなりしに。此あたりのうら借屋に住る女の物見強くて。細露路より 立出しをさのみいやしからざる形を。人の目だゝぬやうにはしけれど皃に白粉眉の置 墨。尺長のひらもとゆひを廣疊に掛て梅花香の雫をふくませ象牙のさし櫛大きに萬氣 をつけて拵へ。衣類とかしらは各別に違ひ合點頸のごとし。是いかなる女房やらんと 子細を尋しにいづれも世間をしのぶ暗物女といへり。名を聞さへうるさかりしに我ま た身の置所なくて。居物宿に行て分の勤めも耻かし。すゑものは其内へ客を取込外の 出合にゆかず。分とは其花代宿とふたつに分るなるべし。月掛りの男万金丹一角づゝ に定めて。當座の男は相對づくにてじたらく沙汰なしにする事ぞかし。又暗物といふ は戀の中宿によばれてかりそめの慰みを銀貳匁中にも形の見よきに衣類のうつくしげ なるをきせて。銀壹兩とすこし位を付置ぬ。爰にたよる男は面屋渡せし親仁の寺參に ことよせ。養子にきたる人の萬に氣かねて忍び行など。世間恐れぬ人のたよるへき所 にはあらず。此自由なる大坂にして詫てもかゝる物好是をおもふに始末よりおこれり。 此宿の仕掛面住ゐなれ壹間見せに貳枚障子を入て。竹簾に中古の鐵鍔鑄掫の目貫。羽 織の胸紐むかし扇の地紙又は唐獅子の根付。取集て錢二百斗が物を見せ掛て。夫婦な がら繼のあたらぬ物着て。以上五六人口ゆるりと暮し。五月の比まで冬の寢道具を長 持のうへにつみかさね。節句前をも朔日二日にしやんと仕舞て。二三連の粽巻など幟 は紙をつぎて。素人繪を頼み千人斬の所を書けるに。弁慶は目をほそく牛若丸はおそ ろしく。あちらこちらへ取違へて萬事にわけはなかりき。されども手の届棚のはしに 臺盃間鍋をならへ。堀江燒のはちに飛魚の干物盖茶碗ににしめ大豆。絶ず取肴のある 事ひとつなる客は是も喜悦也。爰にたよる人の言葉十人ともに變る事なし。何とお内 義めづらしいものはないかと庭に立ながらいへば。京の石垣くづれなりと。さる御牢 人衆の娘御なりと。新町で天神して居た女郎の果なりと。おまへさまも見しらしやつ て御さんす事もと。跡形もなき作り物それとは思ひながらこのもしくなつて。其牢人 娘年比は首筋は白いか。女房すぐれたといふは無理じや只きれいにさへあらばようで おじやれといふ是がお氣に入ずば。壹兩の銀子は私かまどひますと慥に請合て。十一 二なる我娘に小語を聞ばお花どのに見よいやうにして今來てくだされというてこい余 所の人があらは帷子をたちます程に。ちつとの間やとひましよといへば合点じやぞ。 是々其戻りに酢買てこよと口ばやにいふもをかし。阿爺は泣子を抱て隣へ四文八文の 雙六うちに行。口鼻は奥の一間をかたよせて暦張の勝手屏風を引立。小倉立のふとん 木枕も新しきふたつ。別してもてなしけるは銀壹兩の内壹匁五分目振間のまうけぞか し。しばしありて裏口より雪踏の音の聞えしが。かゝ目彈して立向ひ揚り口にて色つ くるもせはし。其女もめん淺黄のひとへなる脇ふさぎを着て。手づから風呂敷づゝみ を抱しがそれを明れば。しろき肌かたびら地紅に御所車の縫ある振袖。牡丹がら草の 金入の帯前結にせしを。牢人衆の娘といふて置たと後帯に仕替さすも氣が付過てをか し。野郎紐のうねたびはくなど。延の二折似金の黒骨を持て。忽に姿なほし立出るよ りすこし物云なまりて。いつ見ならひけるつまなげ出しの居ずまひ。白羽二重の下紐 を態と見せるはさもし。酒も身をよけて初心に飲て床も子細なく。男の請太刀ばかり して侍の子といふをわすれず。小櫻をどしといふ具足を京へ染なほしにやらしやつた との。問ず物語聞に腹いたし聞ぬ皃もならずそちの名字はとたづねければ浄土宗とい ふ振袖は着ども年は二十四五ならめ。是程の事はしるべき物をとふびんなり。きどく に座敷をいそがぬは四匁が所と思ふにやしほらし。又かりそめを貳匁の女はそれ程に。 嶋曝のかたびらに薄玉子の帯やはらかにむすび宿へあがるより身をもだえけふの暑は ひの行水せうとおもうて小釜の下へ燒付る所へ人が來て。まつゆるさんせ汗を入て座 敷へと兩肌ぬぐなど興覺ぬ。是は貳匁の内八分宿へ。とらるゝとかや。又當座百の女 は此内四分とらるゝぞかし。正味八分の女身持いやしくきやふのつぎをくろめるも尤 ぞかし。是はかしらからしらけて奈良苧も氣がつきます。客はなし喰ねばひだるしと 摺ばちあたり見渡して今の薤まゐるなお中にあたります。はあ淺瓜/\見るもことし の初物。まだひとつ五文程といふ聞もいやなり。此女も客を勤めてかなしうない事を ないて。跡取置て男は

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下帯もかゝぬ
うちに立出御縁が御ざ らば又もと。歸りさまに花代といふもせはしや

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This part was circles in the Saikaku Zenshu published from Hakubunkan. It has been added to the etext from the Nihon Koten Bungaku Taikei.

6.2. 旅泊の人詐

旅はうき物ながら泊り定めて一夜妻の情。是をおもふに夢もむすばぬたはふれな れど。晝の草臥を取かへし古里の事をも忘るゝは是ぞかし。我また流れの道有程は立 つくして。諸佛にも見かぎられ神風や伊勢の古市中の地藏といふ所の。遊山宿に身を なして世間は娘といはれて内證は地の御客を勤めける。衣類は都上代の嶋原大夫職の 着捨し物にかはらず。所からとて間の山節あさましや往來の人に名をながすと。いづ れがうたふも同音にしてをかしかりき。座つきも春中は芝居ありて上がたの藝子に見 ならひさのみいやしからず酒の友ともなしける。自爰に勤めてすぎにし上手を出して。 帥こかし颯人の氣を取けれど。脇皃の小皺見出れ若きを花と好る世なれば。後には問 ふ人稀に無首尾次第にかなし。片里も今は戀にかしこく年寄女は闇にかづかず、明野 が原の茶屋風俗さりとてはをかしげに似せ紫のしつこくさま%\の染入。赤根の衣裏 付て表のかたへ見せ掛。そばからさへ目に耻かはしきに。脇明の徳には諸国の道者を まねきよせぬ。我古市を立のき流れは同じ道筋。松坂に行て旅籠屋の人待女となりて 晝は心まかせの樂寢して八つさがりより身を拵へ所からの伊勢白粉髪は正直のかうべ に油を付。天の岩戸の小闇より出女の面しろ%\と見せて。講參の通し馬を引込是播 摩の旦那。それは備後のおつれさまと其國里を。ひとりも見違へる事なく其所言葉を つかひ。うれしがる濡掛はや宵朝の極めもなく。爰に腰をぬかし誠はなきたはふれ。 女はすけるやうにむつれ荷物を取込。旅人おちつくと松吹風にあしらひ。大かたの事 は返事もせず莨宕の火ひとつといふも。行燈が鼻の先に御ざるといふ。水風呂がおそ いといそげば。腹に十月はよう御ざつた事と笑ふ。すこし頼む用があると座敷によび よせ。むつかしながら痃癖の盖を仕替てと肩をぬげば。此二三日はそら手が發ました と見ぬ皃をする。明衣の袖の。ほころびを出して。針糸をかせといへば肝のつふれし 皃つきしていかに我々いやしき奉公すればとて。よもや物縫針もちさうなる女とおぼ しめすかと。座を立て行をとらへてせめて宵の程。是にて酒まゐれなどすゝめて我國 かたの名物。それ/\の鹽肴取出しかりそめのたのしみ。醉のまぎれに懷までは手を 入させ。旅やつられでさへいとしらしき男と。笠の緒のあたりしほうげたをさすり。 わらんぢ摺の跟をもんでやれば。いかなる人も晝遣ひし胸算用を忘れ貫ざしを取まは し百紙に包て女の袂に入けるもをかし。三文ねぎつて戻り馬に乘らぬ身さへ此道は各 別也。惣じて客のために抱し女親方の手前より。きふぶん取にもあらず。口ばかり養 はれて其替りに、泊り留てやる事なり一夜切に身を賣ば。外に抱への主人あつて其も とへ遣しける。身のまはりの仕着の外それ/\にちゐんを持て。其人にもろふ事世間 晴ての諸方なり。食燒下女も見るを見まねに色つくりて。大客の折ふしは次の間に行 て。御機嫌を取。是を二瀬女とはいふなり。流れてはやき月日を勤め是も夕暮に見る 形のいやしきとて隙を出されて。同國桑名といへる濱邊に行て。舟のあがり場に立ま ぎれ紅や針賣するもをかし。旅女の見ゆるかたにはゆかずして。苫葺たるかゝり舟の 中に入て。風呂敷包み小袋は明ずして商ひ事をしてくるとは戀草の種になるべし

6.3. 夜發の付聲

今ははや身に引請し世に有程の勤めつきて。老の浪立戀の梅津の國の色所新町に へめぐりて。昔此身に覺えし道筋なれば。よしみある人に情を頼み遣手奉公をする事。 以前に引替て耻かし風俗そなはつて隱れなし。薄色のまへだれ中幅の帯を左の脇にむ すび。萬の鎰をさげ内懷より手を入後をすこし引あげて大かたは置手拭。足音なしの 忍びありき。不斷作り皃して心の外におそろしがられ。大夫引まはす事よはきうまれ つきをも。間もなくかしこくなして客の好やうにもつてまゐり。隙日なく親かたのた めによきものとなりぬ。女郎の子細をしりすぎて後にはやりくりを見とがめ。大夫も 是におそれ客もきのどくさに。節季をまたず貳角づゝ。鬼に六道錢をとらるゝごとく 思ひぬ。人にあしき事の末のつゞきしはなし。惣じて惡み出し此里の住憂。玉造とい ふ町はずれ見せなしの小家がちなる。物の淋しく晝さへ蝙蝠の飛。うらがし屋を隱住 に世をわたるかくまへもなくて。ひとつもある衣類を賣絶て。明日の薪に棚板をくだ きゆふべは素湯に煎大豆齒にのせるより外なし。夜の雨に人はおそるゝ神鳴を。哀れ をしらば爰に落て我を掴よかし。惜からぬは命今といふ今浮世にふつ/\とあきぬ。 ゆく年はもはや六十五なるに。うち見には四十餘と人のいふは。皮薄にして小作りな る女の徳なり。それも嬉しからず。一生の間さま/\のたはふれせしを。おもひ出し て觀念の窓より覗ば。蓮の葉笠を着るやうなる子共の面影。腰より下は血に染て。九 十五六程も立ならび。聲のあやぎれもなくおはりよ/\と泣ぬ。是かや聞傳へし孕女 なるべしと氣を留て見しうちに。むごいかゝさまと銘々に恨申にぞ。扨はむかし血荒 をせし親なし子かとかなし。無事にそだて見ば和田の一門より多くて。めでたかるべ き物をと過し事どもなつかし。暫有て消て跡はなかりき。是を見るにもいよ/\世を かぎりと思ひしに。其夜明ればつれなや命の捨がたくおもはれし。壁隣を聞に合住の 鼻口三人年の程は皆五十とばかりと見えしが。晝前まで長寢をして何を身過ともしれ ず。不思議さに樣子心懸て見しに。朝夕おのれが相應より美食を好み。堺より賣くる 磯の小肴を調へ。小半酒もなんともおもはず。世のせはしき物語をやめて。行向の正 月着物は薄玉子にして。隱し紋に帆掛舟と唐團と染込に。帯は夜目に立やうに鼠色に 左巻を五色にと。まだ間の有事を今からいふは。内證のよき所あれば也。夕食過より 姿を作りなし。土白粉なんべんかぬりくり。硯の墨に額のきはをつけ。口紅をひから せ首筋をたしなみ。胸より乳房のあたり皺のよれるを。隨分しろくなして髪はわづか なるを。いくつか添入て引しめしまだに忍びもとゆひ三筋まはし。そのうへに長平紙 を幅廣を掛紺の大振袖に白もめんの帯うしろむすび。ふとさし足袋にわら草履。すき かへしの鼻紙を入きやふの紐がてらに腹帯をしめて。人皃のうす/\と見えし夕暮を 待あわせけるに。達者なる若男三人羽織に鉢巻又はほほかぶり。あるひは長頭巾を引 込。ふとき竹杖に股引きやはんわらんぢをはきて。御座莚の細長き巻持て時分は今ぞ とつれて行。南隣は合羽のこはぜけづりて世渡をせし夫婦なるが。是も内義を色をつ くりて五つ斗の娘の子に。餅など買てあてがひ阿爺も鼻口も余所へいてくるぞ。留守 をせよと合點させて二つばかりの子をとゝが懷に抱は。かゝは古帷子うはばりにして 少は近所をしのぶふりにてはしり行。何の事ともわきまへがたし。夜の明がたに宿に かへる風情宵とは各別につかみさがされ。

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ふな/\と腰も定めか ね息つぎせはしく
。素湯に鹽入て飲など白粥をいそぎ。行水しばらくして胸を 押下。其後彼男の袖より見だけ錢を取出し。十文で五文つゝの間錢めのこ算用してと つてかへる。其跡にしてうちよりてさんげばなし。すぎし夜は不仕合にて
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鼻紙持たる男にひとりもあはざる」といふ。「我は又けつきさかんの 若い者に斗出合、四十六人目の男の時は命もたへ%\に、是ではつゞかぬと身をこら しけるが、欲にはかぎりなし。それからも相手のあるを幸に、また七八人も勤めてか へる」
と語る。又ひとりの女われながらくつ/\笑ひ出して。物をもいはざる を何事かとおの/\尋ねけるに。我等は昨夜程迷惑したる事はなし。出がけにいつも の道筋天滿の市に立。河内の百姓舟を心掛てゆきしに。庄屋の三番子ぐらゐならめ。 いまだ年比は十六七なるが角さへ入ぬ前髪。在郷人にはつやある若衆。然もかはゆら しき風俗して女房めづらしさうに。同じ里の野夫とつれて出しが。彼男あれ是目利を して定りの十文にて。各別のほり出しありといふを其間を待兼て。それがしは此子を 好たと我にむつれて。棚なし舟に引こまれおのづからの
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波枕、か ず/\の首尾のうへに、やはらかなる手して脇腹を心よくさすりて、
そなたは いくつぞと。年とはれし時身にこたへて耻しく。物しづかに作り聲をして十七になり ますといへば。さては我等と同年とうれしがりぬ。闇の夜なればこそ此形をかくしも すれもはや五十九になりて十七といふ事は。四十二の大僞世の後に鬼がとがめて舌を ぬくべし。是も身をすぐる種なればゆるしたまへ。それより長町に浮れまはりて。順 禮宿に呼込れて四五人も念佛講のごとくならび居て。燈かゞやかせし中へ皃はそむけ て出けれども。皆々興を覺して言葉もかけず。田舎者の目にも是は合點のゆかぬはず なり。此時のせつなさ是非もなくどれさまぞお慰みなされませぬか。泊りは各別さき へいそぎますといへば。此聲を聞てなほなほおそれて身をちゞめける。其中に子細ら しき親仁三指を突て。女郎若い者ともかくおそるゝを。努々おこゝろに掛給ひそ。宵 に猫またの姥に化たる咄しをせしか。此事をおもひ出しておそろしがるなり。いづれ も後世の道をいそぎ三十三所をまはるものが。わかげにて女ぐるひに氣をなすがゆゑ に。こなたをよふでまゐつた是觀音の御ばちぞかし。こなたに戀も恨も御ざらぬ只は やうかへつてくだされいといふ。腹は立ながら此まゝかへるもそんと思ひ。庭を見ま はし手元にある物。十文に加賀笠一かい取てかへつたと語りぬ。免角は若いが花も せゝしよき娘もあり。風義天職に見かはすもありける。此女になるこそつたなけれ。 上中下なしに十文に極まりしものなれば。よい程がそれ/\の身のそんなり。此勤め に願はくは月夜のない國もかなといふこそをかしけれ。其物語をこまかに聞にぞさて は人の申せし。惣嫁といへる女なるべし。いかに世をわたる業なればとて。あの年を して天おそろしき事ぞと。其身を笑ひ死ば濟事ぞと思ひしが。扨も惜からぬ命さへ捨 がたくてつらし。同じ借家の奥住ゐして七十あまりの姥。かなしき煙を立かね明暮足 の立ぬをなげき。我にいさめられしはそなたの姿ながら。うか/\と暮し給ふは愚か なり。ひらさら人なみに夜出給へと進めける。此年になりて誰が請取者のあるべきと いへば。彼姥赤面して我等さへ足の立事ならば。白髪に添髪して後家らしく作りなし て。いつぱい掴す事なれども身が不自由なれば口惜や。こなた是非/\と申けるにぞ。 又こゝろひかされて喰で死るかなしさよりはと。それに身をなすべし。されども此姿 にて。なりがたしといへばそれは今の間調へる子細ありと。いふ言葉の下より仁體ら しき人をつれきて。我を見せけるに此親仁よく/\のみ込て。なる程闇には錢になる べしと。宿に歸りてから風呂敷包みを遣しける。此中に大振袖のきるもの帯一筋二布 物壹つもめん足袋一そく。是皆かし物に拵へ置てそれ/\のそんれう。布子ひとつを 一夜を三分帯一つを壹分五リきやふ壹分足袋壹分。雨夜になれば傘一本十二文ぬりぼ くり一そく五文に極め。何にても此道にことのかけざるかり道具ありて。ざんじが程 に品形をそれ仕替て。此勤めを見覺え聞ならひ君が寢巻の一ふし。うたうて見しに聲 をかしげなれば牛夫に付聲させ。霜夜の橋々をわたりかねたる世なればとていと口惜 かりぬ。今時は人もかしこくなりて是程の事ながら。大臣の大夫をかりて見るより念 を入。往來の挑灯を待あはせ又は番屋の行燈の影につれ行かりなる事にも吟味つよく。 むかしと替り是も惡女年寄はつかまず。目明千人めくらはなかりき。やう/\東雲の 天鐘かぞふるに八つ七つにせはしく。馬かたの出掛る音鍛冶屋とうふやに見せ明る比 迄。せつかくありきしに是にそなはらぬ風のあしきにや。ひとりもとふ男なくて。こ れを浮世の色勤めのおさめに思切てぞやめける

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6.4. 皆思謂の五百羅漢

萬木眠れる山となつて櫻の梢も雪の夕暮とはなりぬ。是は明ぼのゝ春待時節もあ るぞかし。人斗年をかさねて何の樂しみなかりき。殊更我身のうへさりとてはむかし を思ふに耻かしせめては後の世の願ひこそ眞言なれと。又もや都にかへり爰ぞ目前の 浄土大雲寺に參詣殊勝さも今。佛名の折ふし我もとなへて本堂を下向して。見わたし に五百羅漢の堂ありしに。是を立覗ば諸の佛達いづれの細工のけづりなせる。さま% \に其形の替りける。是程多き事なれば。必ずおもひ當る人の皃ある物ぞと語り傳へ し。さもあるべきと氣をつけて見しに。すぎにしころ我女ざかりに枕ならべし男に。 まざ/\と生移なる面影あり。氣を留て見しにあれは遊女の時。又もなく申かはし手 首に隱しぼくろせし。長者町の吉さまに似てすぎにし事を思ひやれば。又岩の片陰に 座して居給ふ人は。上京に腰元奉公せし時の旦那殿にそのまゝ。是には色々の情あつ て忘れがたし。あちらを見れば一たび世帯持し男。五兵衞殿に鼻高い所迄違はず。是 は眞言のありし年月の契一しほなつかし。こちらを詠めけるに横太たる男。片肌ぬぎ して淺黄の衣しやう姿。誰やらさまにとおもひ出せばそれよ/\。江戸に勤めし時月 に六さいの忍び男。糀町の團平にまがふ所なし。なほ奥の岩組の上に色のしろい佛皃 その美男是もおもひ當りしは。四條の川原ものさる藝子あがりの人なりしか。茶屋に 勤めし折から女房はじめに我に掛りさま%\所作をつくされ間もなくたゝまれ。挑灯 の消るがごとく廿四にて鳥邊野におくりしがおとがいほそり目は落入それにうたがふ べくはなし。又上髭ありて赤みはしり天窓はきんかなる人有。是は大黒になりてさい なまれし寺の長老さまにあの髭なくば取違ゆべし。なんぼの調謔にも身をなれしが此 御坊に晝夜おびやかされてらうさいかたきに成けるが。人間にはかぎりあり其つよ藏 さまも煙とはなり給ひし。又枯木の下に小才覺らしき皃つきをして。出額のかしらを 自剃して居所。物いはぬ斗足手もさながら動くがごとし。是も見る程思ひし御かたに 似てこそあれ。我哥比丘尼せし時日毎に逢人替りし中にある西國の藏屋敷衆身も捨給 ふ程御なづみ深かりき。何事もかなしき事嬉しき事わすれじ。人の惜む物を給はりて お寮の手前を勤めける。惣じて五百の佛を心静に見とめしに。皆々逢馴し人の姿に思 ひ當らぬは獨もなし。すぎし年月浮流れの事どもひとつ/\おもひめぐらし。さても 勤めの女程我身ながらおそろしきものはなし。一生の男數万人にあまり身はひとつを 今に。世に長生の耻なれや淺ましやと。胸に火の車をとゞろかし泪は湯玉散ごとく。 忽に夢中の心になりて。御寺にあるとも覺えずして。ふしまろびしを法師のあまた立 寄。日も暮におよびけるはと撞鐘におどろかされ。やう/\魂ひたしかなる時。是な る老女は何をかなげきぬ此羅漢の中に。其身より先立し一子又は契夫に似たる形もあ りて。落涙かと。いとやさしく問れて殊更に耻かはし。それに言葉もかへさず足ばや に門外に出。此時身の一大事を覺えて。誠なるかな名は留まつて皃なし。骨は灰とな る草澤邊。鳴瀧の梺に來て菩提の山に入道のほだしもなければ煩惱の海をわたる艫綱 をとき捨て彼岸に願ひ是なる池に入水せんと。一筋にかけ出るをむかしのよしみある 人引留て。かくまた笹葺をしつらひ。死は時節にまかせ今迄の虚僞本心にかへつて佛 の道に入とすゝめ殊勝におもひ込。外なく念佛三昧に明暮の板戸を。稀なる人音づれ にひかされて。酒は氣を亂すのひとつなり。みじかき世とは覺えて長物語のよしなや。 よし/\是も懺悔に身の曇晴て。心の月の清く春の夜の慰み人。我は一代女なれば何 をか隱して益なしと。胸の蓮華ひらけてしぼむまでの身の事。たとへ流れを立たれば とて心は濁りぬべきや

貞享三丙寅歳 大坂眞齋橋筋呉服町角 林鐘中浣日 書林 岡田三郎右衞門 版