University of Virginia Library

2.3. 世間寺大黒

脇ふさぎを又明てむかしの姿にかへるは。女鐵拐といはれしは小作りなるうまれ つきの徳なり。折ふし佛法の晝も人を忍ばすお寺小性といふ者こそあれ。我耻かしく も若衆髪に中剃して。男の聲遣ひならひ身振も大かたに見て覺え。下帯かくも似物か な上帯もつねの細きにかへて刀脇指腰さだめかね羽織編笠もこゝろをかしく。作り髭 の奴に草履もたすなど物に馴たる太皷持をつれ。世間寺のうとく成を聞出し庭櫻見る 氣色に。塀重門に入ければ太皷方丈に行て隙なる長老に何か小語客殿へよばれて彼男 引あはすは。こなたは御牢人衆なるが御奉公濟ざるうちは。折ふし氣慰に御入あるべ し萬事頼あげるなどいへば。住持はや現になつて夜前あなた方入ひて叶はぬ。下風藥 を。去人に習うて參つたというて跡にて口ふさぐもをかし。後は酒に亂れ勝手より醒 き風もかよひ。一夜づゝの情代金子貳歩に定め置諸山の八宗。此一宗をすゝめまはり しにいづれの出家も珠數切ざるはなし。其後はさる寺のなづみ給ひ三年切て銀三貫目 にして。お大黒さまになりぬ此日數ふるうちに浮世寺のをかしさ。むかしは念比なる 坊中ばかり集りて諸佛祖師の命日をよげ一月に六齋づゝ。是より外はと誓文のうへ魚 鳥も喰。女ぐるひも其夜にかぎりて三条の鯉屋などにてあそび。常は出家の身持なる 時は佛も合點にてゆるし給ひ。何のさはりもなかりき。近年はんじやうに付て亂りか はしく。

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晝の衣を夜は羽織になし、手前に女の置所、居間のかた 隅をふかくほりて、明取の隱し窓ほそく、天井も置土して、壁壱尺
あまり厚く 付て。物いふ聲の外へもらさず奥深に拵へ。晝は是に押込られ夜は
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寢間
迄も出ける。此氣のつまる事戀の外なる身過なればひとし ほかなしかり。いや風坊主に身をまかせて
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昼夜間もなく首尾して、 後にはおもしろさもやみ、おかしさも絶て、次第にをとろへ姿やせけるも
長老 は更に用捨もなく。死だらば手前にて土葬と思ふ皃つきおそろし。なるればそれも惡 からず待夜參のふけるを待かね灰よせの曙も別れと思へばしばしもうたてき。なほ白 小袖の坊主くさきも身に添移香のしたしくもなりぬ。末%\は淋しさ忘れて最前は耳 塞し鉦女鉢の音も。聞馴て慰む態となれり。人燒煙も鼻に入ず無常の重る程お寺の仕 合を嬉しく。夕暮の肴賣ほねつきぬきの小鴨鰒汁椙燒。外へはかほりのせざる火鉢に 盖をかけて少は人を忍ぶ也。じだらく見習ひ小僧等迄も赤鰯袖にかくして。佛名書す てし反古に包燒して朝夕おくればこそ。艶よく身もうるほひ有て勤る事も達者也。世 をはなれ山林に取籠。木食又は貧僧のおのづから精進する人の皃つきは。朽木のごと く成て其隱れなし。我此寺に春より秋の初めつかた迄奉公せしに。そも/\は深く疑 ひて外にゆかるゝ時は戸ざしにも錠をおろされしに。今は庫裏迄ものぞく程に心をゆ るされ。いつとなく大短者に成て諸旦那の參られしにもはやくは迯ず。ある夕暮に風 梢をならしばせを葉亂れ。物すごき竹縁に世の移り替を觀じて。獨手枕の夢もまだ見 ずまぼろしにかしらは黒き筋なく皃に浪をかさね手足火箸のごとく。腰もかなはず這 出聞え兼つる聲の哀に。我此寺に年ひさしく住寺の母親ぶんになつて。身もさのみい やしからぬを態と見ぐるしく持なし。長老とは二十年も違へば物事耻しき事ながら。 世を渡る種ばかりに
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人しれず夜の契の
淺からず。かず/\ の申かはしもあだになしかくなればとて。片陰に押やられて佛の食のあげたるをあた へ。死かねる我をうらめしさうなる皃つきさりとてはむごくおもへど。それはさもな くうらみの日をつもるはそなたは我をしられぬ事ながら。
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住寺と 枕物語聞時は、此年此身になりても此道をやめがたく
そなたに喰付おもひ晴す べき胸定めて今宵のうちといふ事身にこたへ兎角は無用の居所そと爰を出てゆく手く だもをかし。常なる着物の下がへに綿をふくませ。其姿おもくれて今迄はかくせしが 我が身持も月のかさなり。いつを定めがたしといへば長老おどろき。はやく里にゆき て無事になりて又歸れと。布施のたまりを取集め其間の事ども心をつけて。いかなる 少年親になげかして泪は袖殘るもつらき迚。あがり物の小袖を産着よと有程惜まず、 名は石千代とうまれぬ先から祝ひける。此寺もあき果て年も明ぬにかへらず出家のか なしさはそれとても公事にはならず

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